第63話:雪辱を晴らす結果──もちろん龍生は蹴落として
サッカー部は県大会で優勝し、全国まで勝ち進んだ。
俺と零を主軸に、他の部員も死に物狂いで倒れるまで走り続けた。
全国優勝──とまではいかなかったが、中学の時の雪辱を晴らすことができた。
しかも、因縁の相手だった龍生を蹴落として。
「ひーくん……ッ!」
応援者として父さんと見に来ていた妃菜は、観客席から「よかったよかった」と涙を流していた。
わけもわからず、俺の頬を熱い何かが伝った。
……嬉しかったわけじゃない。
ただ、泥水をすすり、地獄の底を這いつくばって耐えた結果が、ようやく一つの形になった。
その事実だけに、目頭が熱くなったんだ。
「おい響、いつまで泣いてんだ。ほら、整列するぞ」
「……泣いてない。汗だ」
隣で呆れたように笑う零に背中を叩かれ、俺は慌ててユニフォームの袖で顔を拭った。
かつて俺の居場所を奪い、俺を嘲笑った連中は、もう誰もこのグラウンドを見下ろせる場所にはいない。
俺たちの反撃は、ここからさらに加速する──。
この結果はゴールではない。
ようやくスタートを切れた。
それだけは忘れてはいけない。
◇
「お邪魔しまーす!」
大会が終わった次の日の放課後。玄関を開けるなり、妃菜は遠慮のない足取りで俺の部屋へと入ってきた。
手にはどこかのコンビニで買ってきたらしい、菓子パンやジュースが詰まった袋が握られている。
「ちょっと妃菜、急に来てどうしたんだよ。連絡くらいしろって」
「だって、連絡したら『疲れてるからダメ』って断るでしょ? ひーくん、ずっと部活で全然構ってくれなかったんだから、これくらいのご褒美はあってもいいと思う!」
ぷくー、と頬を膨らませて、妃菜は俺のベッドの端にちょこんと腰掛けた。
大会が終わるまでは俺も余裕がなくて、妃菜からの誘いを何度も断ったり、ろくに話せない日が続いていたのは事実だ。
寂しい思いをさせたのは少しだけ申し訳ないと思う。
「……悪かったよ。でも、おかげで結果は残せたから」
「うんっ! 本当に本当にかっこよかった! 私、スタンドで感動して、おじさんと一緒にボロ泣きしちゃったんだからね?」
立ち上がった妃菜が、一歩、また一歩と俺の目の前まで歩み寄ってくる。
いつもより少しだけ、距離が近い。
「あ、おい……っ」
たじろぐ俺の腕を、妃菜はきゅっと抱きしめるように両手で掴んできた。
柔らかい感触と、女の子特有の甘いシャンプーの香りが一気に鼻腔をくすぐる。心臓が跳ね上がるのが自分でも分かった。
「もう、どこにも行かないでね。ひーくん不足で、私死んじゃうかと思ったんだから」
上目遣いでじっと見つめてくる妃菜の瞳は、冗談抜きで潤んでいるように見えた。
付き合っていないはずなのに、この距離感はさすがに心臓に悪すぎる。
もしかして、知らないうちに付き合っていた?
──いやいや、そんなことはないはず。
「……近くないか?」
「んー? 今まで会えなかった分、チャージしてるの」
悪びれもせずにへらっと笑う妃菜の顔が、いつもよりずっと大人っぽく見えて、俺は慌てて視線を逸らした。
地獄のような日々を忘れるくらい、俺の部屋の空気は一瞬で甘く染まっていく。
妃菜とくっついていると、俺も元気が湧いてくる。
どうやらチャージしているのは妃菜だけではないらしい。
最近は何もかもが上手くいきすぎている。
それが却って、俺の精神を疲弊させていた。
今日だけは羞恥心も忘れて頼るのもいいかもしれない。




