第61話:浮気女の怒り
放課後、サッカー部のグラウンドの前。
龍生の部活が終わるのを待っていると、予定よりも早く彼の姿が見えた。
怒っている……?
歩き方が普段より乱暴に見える。
石を蹴飛ばし、花を踏みつけていた。
「りゅ、龍生くん!」
声をかけると、鋭い眼光を向けられた。
私が怯む前に、龍生は普段通りの優しい眼差しを浮かべる。
勘違い……なのかな。
「申し訳ないが、今日は一人にしてくれ」
「どうしたの。何か嫌なことでもあった?」
「響」
「──え?」
「平野響に全て狂わされた」
それだけ言って、龍生は先に帰ってしまった。
私は彼を追いかけることはできず、ただ呆然と丸まった背中を眺めていた。
平野響……まだ生きていたの?
私に浮気されていたんだ。てっきり精神が死んでいると思っていた。
「まだ足りないってことね」
だったら、響の精神が死ぬまで痛ぶってやればいいの。簡単じゃない。
自然と足取りが軽くなり、そのまま一人で帰宅した。
◇
ピンポーンと、間抜けな音が部屋に響いたのは、土曜の早朝だった。
「はーい」
とだけ玄関に向かって声を上げ、急いで着替えを済ます。
上下が黒一色になってしまったが、誰も気にしないだろう。
「お待たせしまし──んッ!?」
口が柔らかい感触に塞がれ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
この匂いは…………冬美だ。
咄嗟に、目の前にある肩を両手で突き放した。
「なっ、なにをするんだよ」
「ええー。響にとってはご褒美でしょ。付き合ってた時、唇と胸ばかり見ていたことに気づいてないとでも思った?」
何も言い返せなかった。
冬美が言ったことは事実で、ぐうの音も出ない。
だが、理由はそれだけじゃなかった。
彼女の行動が意味不明すぎて、言葉を探すことすらできない。
「私たち、またやり直さない?」
やり直す……?
「龍生と一緒にいて思ったの。響はとっても良い彼氏だったな、って」
どういうことだ。
もう別れたってことか?
「だから、お願いっ! 私ともう一度付き合って!」
こんなにも軽々と……俺が知っている冬美は、もう目の前の冬美とは別人のようだ。
「…………断る」
「は?」
「ごめん。もう俺は冬美のことが好きでもないし、鬱陶しいとすら思ってる」
一息に言って顔を上げると、冬美の目から光が消えていた。
まるでゴミを見るかのような、冷たい瞳だ。
「馬鹿じゃないの」
軽蔑の眼差しに怯んでいると、冬美は続けて口を開く。
「私が告白したんだよ? 本来は、響が散々頭下げないと一生聞くことができないものだよ」
「たしかにそうかもしれない」
「だったら──」
「だが、冬美のような尻軽女と再び付き合っても、幸せになれないに決まっている」
「尻軽ッ……?」
冬美は唇を噛み締めて、言い放つ。
「元からアンタと付き合う気なんてないし! クソダサい服装で出てきやがって……学校で言いふらしてやる」
「それが知られたら、学校のみんなはどう思うかな?」
「うるさいッ」
グダグダのまま、冬美は走り去っていった。
いまだに混乱している反面、計画が上手くいっていることを知れてラッキーだと思った。




