第二十二話 騒動の終わり
黒板をコツコツとチョークが走る音。
ステルクは珍しく教室で教鞭をとり、俺らのクラスで授業をしていた。
その様子を、億劫な気持ちになりながら眺める。
やっぱり外で実戦形式の訓練をしていた時の方が楽しかった気がする。
俺の性に合っているのかもしれない。
窓の外をぼんやりと眺めながら、事の顛末を思い出す。
俺とボルクが発揮した新たな力によって夜剣を撃退した後は、事のほかスムーズに話は進んだ。
学園から派遣された警備員が早々に到着し、ステルクの命によって捉えられていた。
現在夜剣は謹慎中だ。俺の時とは違い、自ら罪を犯していた人間だ。
その日数は一ヶ月と長かった。
『すまなかった』
夜剣は警備員に腕を後ろで固定され、連れてゆかれる最中でありながら、俺との約束を守った。
レムに対して深々と腰を曲げて謝っていた。
それで彼の罪が帳消しになることはないが、どこか憎めないというか、呆気に取られてしまった。
てっきり血も涙もない男と思っていたから、約束も反故にするものと。
雰囲気のある男とは彼のことを言うのだろう。
彼はそのまま警備員に連れて行かれたが、最後まで目を離すことができなかった。
そして、俺の新たな力。“融合進化”。
それはマスタースキルと呼ばれる、マスターレベルが三になったときに発現する力だ。
いつの間にか解けていた龍人化の後、俺とボルクは手を繋いではしゃいだが。
ステルクの様子は想像とは全く違ったものだった。
『人とモンスターの融合……そんなもの聞いたことも見たことも』
口に手を当てて真剣に考える様は、いつもヘラヘラした優男らしくない。
その不穏な雰囲気に俺とボルクの嬉々とした感情もどこかに逃げてしまった。
『このことは誰にも言ってはいけないよ。いいね?』
そう釘を刺されて、早一週間。
訓練は一体休止を迎えて、退屈な日々を過ごしていた。
「俺も少しはテイマーらしく、なれたのかな?」
「どうした相棒?」
窓の外を眺めて黄昏る俺の顔を覗き込むボルク。
自然と机によじ登り、身体を寄せる形になるのでめちゃくちゃ暑苦しい。
離れろ、と言いながら顔を押し除ける。
ボルクはなんでー、と困惑しながら渋々隣に座り直した。
「俺は俺がなりたかったテイマーになれてるかなってさ、ふと思ったんだ」
「相棒がなりたいテイマー? なんだ、憧れの存在とかいたのか」
「そりゃいるさ。金が一番の目的ではあったけど、それより俺の根底には憧れがあったんだ。テイマーへの、な」
「ふぅん」
ボルクは興味なさげに反応する。
なんでい。なら聞くなってんだ。
なんて思うと、ボルクは恐る恐る、問いかけて来た。
「それって──」
そこまで言いかけて。
俺は額に走る強烈な痛みと衝撃に仰け反った。
「「あいたっ!?」」
同時にボルクも仰け反る。
痛みに額をさすれば、白い粉が。
視線を前に向ければステルクが両手の五指にチョークを挟み、笑顔でこっちを向いている。
「僕の授業がそんなに面白くないかな?」
「ま、待て! 今の威力を十本も受けたら!」
「問答無用だよ!!」
教室に俺の悲鳴がこだまする。
今日も清々しいほどの良い天気。
俺はこれからもテイマーへの道を諦めずに走り続ける。
—
リエナ学園の留学生、夜剣刻影は謹慎中、寮の自室で正座をして瞑想をしていた。
カーテンを閉め、暗がりの中、ベッドの上で蝋燭一本を前にひたすらに精神修行をしている。
そんな最中、窓を叩く音。
「……入れ」
「「「失礼します」」」
言葉と共に窓が開き、黒い影が三つ、音も無く部屋に侵入する。
正座をして蝋燭に向かい合う夜剣に、頭を下げ跪く。
黒い影の正体は黒尽くめの忍装束を着た、少女たちであった。
「面を上げろ。顔も隠さなくて良い。俺の部屋でそこまでかしこまる必要はない」
「……では。失礼致します」
そう言うと赤髪の少女が最初にマスクを外した。
続き、青髪、緑髪の少女が顔を覆っていた布を外し、その素顔をあらわにする。
三人とも美少女と呼ばれるに相応しい、端正な顔立ちだった。
だがその表情は暗い。
「ご心痛お察し致します。私どもも長らく拘束されており……お時間を頂戴しての謝罪となりましたこと、重ねて深くお詫び申し上げ」
「やめろやめろ。貴様らの行動に、俺何一つ心を動かしてはいない。そも貴様らは時間稼ぎであった。その任を十二分に全うしてくれた。よくやった」
「時間稼ぎ……と申しますと」
「我らでは勝てなかったと若はと思いか!」
赤かみが恐る恐る聞こうとしたことを遮って、青髪の少女が激昂する。
予想だにしない行動に赤髪は驚いたが、すぐ気を取り直した。
「やめないか! 若の御前だぞ!!」
「エンカ! お前も今の若の言葉には失望したのではないか! 幼き頃より共に研鑽を積んだはずの我らの力を軽んじられたのだぞ!」
「だが、スイナ……それは」
青髪の少女──スイナの言葉は的を得ていた。
三人の実力は折り紙つきだ。
だからこそ、夜剣の護衛を任されている。
それを考えれば、ただの時間稼ぎと言われて頭に血が上ること自体は理解ができる。
しかし、
「やめなよ二人ともぉ、まずは若の話を聞こうよぉ」
「リョクネの言う通りだ。若の言葉をまず聞こう」
「チッ……」
冷静、というよりは深く物事を考えない性格が功を奏したか、リョクネの言葉にエンカは同意し、スイナは不服そうだが従った。
その三人の様子を見て、再び夜剣は口を開く。
「悪いとは思っている。だが、奴に邪魔されれば俺とて十秒と保たないだろう」
「……若が? 奴は一体」
エンカは夜剣の実力を知っている。
刹羅の由緒ある血筋であり、国一番の才能だった。
大人でだって彼に勝てるものは片手で数えるほどしかいない。
そんな彼が弱音を吐くのは相当の。
「奴は、ステルクは“国選”だ」
「「!!?」」
夜剣の言葉に、皆驚きを持って理解を示した。
だからか、と。
ただ一人。
「それって凄いのぉ?」
リョクネを除いて。
ぼんやりと首を傾げるリョクネに、エンカは頭を抱え、スイナは蔑みの目を向ける。
「この国に来るときに勉強しただろ。国選ってのは……国に選ばれたその職を代表とする者だ。確か、この国でモンスターテイマーの枠は」
「二つ、ね」
「……チ、それじゃああの強さも納得がいく。恐らく本気も出してないだろうしな」
スイナは相変わらず不貞腐れていたが、納得はしたようだった。
エンカもまた夜剣の意思を理解した。
リョクネだけは「国選? ん〜?」
と理解しているようでしていないような、表情を浮かべていたが。
「兎も角、力はつけた。後はそれを伸ばすだけだ。次の命を下すまで、貴様らは待機だ。以上」
「「「承知!」」」
三人の少女はまた黒い影となり窓の外へと出ていった。
夜剣は窓から入る強風で消えた蝋燭を見る。
細々とした煙の先、浮かぶのはゼンシンたちの異形の姿だ。
ソレはモンスターテイマーとは名ばかりの、全く別のものに思えて。
「面白い」
静かに微笑む。
俺はまだまだ強くなれる、と。




