第十八話 剣を立てろ
俺は突き飛ばされたその瞬間、何が起きたのか理解していなかった。
身体に走る鈍痛、続く風を斬る音。
脳を揺らす痛みに数秒の意識の乱れ。
そして、歪む視界は鮮明になり顕になる視界の先には、俺の代わりに斬られたレムがいた。
「─────────────え」
頭が真っ白になった。
レムの前に立つ、三本の尾のような長髪を靡かせる黒髪の少年。
その手に構える身の丈ほどもある刀で、変身したレムさえも一刀のもと斬り伏せた。
彼の動きはあまりに速くて、きっと今までの俺なら見切る事は不可能だったはずだ。
だがレムとの訓練で速い動きに慣れていた俺は彼の動きを、完璧に見ていた。
遅れて湧き上がる怒り。
レムの四肢は斬り捨てられ、ダルマになったように無力なレムが今にも殺されそうとしている。
見様見真似で身体は動き、俺はいつの間にかレムをその手に抱き抱え、少年に対峙していた。
「お前、何してんだよ」
—
(今こいつがしたのは、まさか忍びの移動術。瞬術か?)
少年は少しだけ瞠目した。
ゼンシンがレムを救出する際に使ったのは、確実に瞬術、その基礎だ。
魔力を使わずに行う、修得するためにまず練習をする魔力なしでの移動術。
「貴様、産まれは?」
「は? こっちの質問に──」
「生まれはどこだと聞いている」
少年の有無を言わさない勢いに、納得がいかないように顔を顰めるゼンシン。
しかし、このままでは話が進まないと折れたのか、視線を逸らして答えた。
「……ノドカ村」
「刹羅ではないのか」
「セツラ……? どこだそれ」
ゼンシンの反応に更に少年は目を開いた。
つまり目の前の男は、たった今やってみせた自分の移動術を一回見ただけでほぼ完璧に自分のものにしてみせたのだ。
(才能がある俺でさえ、修得に半年はかかった。S等級、ドラゴンを使役する者、か)
勝手に上がる口の端を抑える。
高揚する気分はいつだって抑えられないものだ。
この高なりに、相手がついてきてくれることを願わんばかりである。
「夜剣刻影だ。お前と、テイモンバトルをしにきた」
—
その少年──夜剣の申し出に、俺の思考は再び停止を迎える。
「は?」
何を言っているのかわからない。
悪の結社でレムの身体に埋め込まれた宝石が必要で、とか。
殺人鬼が快楽的にレムを殺そうとした、なら理解は出来た。
だが夜剣に、そういった類の狙いがあるとは思えず。
「他に、ないのか?」
「なんだ?」
「レムをここまで痛めつける理由が、他にないのかと聞いてるんだ!」
俺の言葉に夜剣はつまらなさそうに答える。
「邪魔だから斬った。それ以外に理由はない。それとも貴様、理由があれば他者を害しても良いと、そう思っているのか?」
「違う! ただ納得の問題だ。俺の価値観にそぐわないお前の行動は、素直に勝負を受けたいと思うような──」
俺の気持ちは間違いなんかじゃない。
邪魔だから、なんて理由で人を殺しかけるやつの言うことを聞いてやる道理なんてどこにも、
「なら、今度はしっかり殺そうか。そうすれば──貴様もやる気が出るのだろう?」
言葉を失った。
彼はその場から姿を消し、先程見せた歩法で持って俺の手元からレムを奪い、足蹴にして刀を突きつけていたからだ。
「……わかった。やればいいんだろ、勝負を」
「わかれば良い」
と言って、夜剣は胸元から人型の紙を一枚取り出して、その場に捨てた。
するとその紙は一人でに動き出し、その身からは黒い泥を放出する。
「結界忍術・八咫烏」
人型の紙を中心として泥が俺の足元を通り抜け、ドーム状に膨らんでいく。
「な、なんだこれ!?」
「結界だ。貴様が逃げないように、邪魔が入らないようにする外と内を完全に遮断する。バトルの決着がつかない限り、この結界は破れない」
「きゃっ」
「な! くそ!!」
用は済んだと言わんばかりにレムを放り投げやがった。
俺は即座に地面を蹴って、レムを抱き抱えることに成功する。
恨みと怒りを持って睨みつけても、夜剣は気にした様子はなく。
「俺が勝ったらお前の魂をもらう。モンスターとテイマー両方のだ」
「た、魂? それって」
テイモンバトル、魂。
その二つの単語が連鎖して、食堂でのミミとの会話を思い出す。
夜に現れ、テイモンバトルを仕掛け、その対戦相手が皆、体調不良になる話。
「お前が辻斬り……」
「辻斬り……? は。もっとマシな名をつけて欲しいものだ」
不満そうに顔を歪める夜剣。
レムをゆっくりその場に置いて、夜剣に向かい合えば、いつの間にか闘志を瞳に激らせたボルクが横にいた。
二人で覚悟を決めて頷き合う。
「俺が勝った場合は、何か要求できるのか?」
俺の言葉に夜剣は目を開いた。
「潔いな。もう少しごねると思ったが。無論、構わない。万に一つも、ありはしないがな」
「なら、レムさんに土下座して謝ってもらう」
「良いだろう。これで、成立、だな?」
夜剣が含みを持った笑みをする。
彼が纏う魔力が増大する。
魔力感知能力が低い俺でさえ、圧倒される黒い魔力はオーラとなって、彼から立ち昇っていた。
それを刀に凝縮させて、地面に突き刺す。
「──剣を立てろ、デュラハン!!」
言葉と共に闇が夜剣の足元から溢れ出す。
闇に塗れた夜剣の泥は少しずつ地面へと落ちて、その中から這い出るように鉄の腕が飛び出した。
黒泥の結界に、一つ浮かぶ赤い太陽。
赤光が草原を照らし、映し出されるソレもまた闇だった。
まるでゾンビのように、泥の中から姿を現したのは黒鎧だ。
這い出たその姿は力無く、幽鬼のよう。
頭部はない。首元から青い焔を立ち昇らせ、その存在が既に生の理から外れていることを知らしめている。
カテゴリー:不死系モンスター、デュラハン。
比較的、モンスターの中では倒しやすいとされるB等級程度のモンスターだ。
「アレがB等級……冗談だろ」
眼前に立つソレは、倒しやすいと噂のモンスターなどではない。
この俺と彼らとの画を切り抜けばソレはきっと、魔王に挑む村人Aのような構図なのだろう。
デュラハンがその手に持つ巨大な剣を地に刺し、鈍い音が辺りに響く。
「さぁ、テイモンバトルだ」




