第十六話 辻斬りの真実
「全く困った話さ。おかげでベッドはほとんど埋まっちまったよ」
リエナ学園の医務室は大きい。
魔物操術に限った話では無いが、魔物と戦えるようになるためには、実戦形式の授業は多い。
多発する怪我を治療するために、医務室は広大になっていった。
「病気はなし、目立った外傷はなし、魔力欠乏でもない。ただ、気力が失われているね。悪いけどこんな症状は初めてなんだ」
そのベッドが半分近く埋まっている。
三十ほどあるベッドの上に寝るのは皆、やつれたように痩せ細った人間だ。
ガタイが大きかったダイは痩せてイケメンに、元から細いショウはガリガリで目も当てられなかった。
そんな二人の症状に似た患者たちがベッドを占領している。
医療専門教員チユのメイド達が忙しなく、患者の手当てに勤しんでいた。
ナースではなく、メイド達が。
「異例だね。正直、噂は噂とたかを括っていたけど、そう言える状況じゃなくなってきた」
今までは数人の生徒が体調不良を訴える程度の事件性だった。
だが昨日の昼から夜、そして今朝方にかけて搬送されてきた生徒は三十人ほどだ。
その全員が痩せ細り、一人で歩ける状態ではなくなっていた。
言葉は話せても、意識は朦朧とし、ただ一言。
「鎧、と言っていたそうだね」
「そうさ。鎧。最近あんた、見たって言ってなかったかい。鎧のモンスターを」
「言ったね。だから十中八九、犯人は留学生だろう」
二ヶ月と少し前。
一番最後にマスターの儀を終えた者であり、召喚術を知る謎の少年だ。
その風貌よりも、教員に匹敵する強大な黒い魔力。
少年には危うい気配があったが、まさかこんなことをしでかすとは。
問題は、
「なぜ、こんなことをしているのか、さね」
「彼がテイムしたのはデュラハンだ。そう考えれば、モンスター育成のためだろう。魂の吸収こそ、ゴースト系のモンスターの強化に直結する」
「なるほど、だからか」
チユは被害に遭った生徒、その名簿を取り出し目の前の机に放り投げた。
勢いで紙は散らばり、その内容が露わになる。
「全員……モンスターの等級が高い!」
「学年が変わらず、強いモンスターをテイムしたテイマーを狙っていたらしい。はは、去年学園対抗祭で優勝したやつもやられてるじゃないか。つまり彼は」
「実質、生徒内最強、ということか」
リエナ学園は、魔物操術専門の三大学園の中では実力は最下位だ。
実力よりもより良きテイマー像を重視した校風であり、この学園のトップと言っても強さは大したことはない。
だが、まだテイマーになって二ヶ月の若僧に負けてしまうような、人材ではないのだ。
つまりそれだけ、留学生の力が強いということ。
目を疑うには十分すぎる結果だった。
「デュラハンの効率的な強化のために……生徒とモンスターを」
等級が高いモンスターはそのまま強さに直結している。
もちろん、強さだけではなく珍しさで等級が上がる者もいるが、極小数だ。
A等級モンスターはゼンシンが現れるまで、学生が現在持つ最高等級であり、その力は一体で精鋭冒険者五人パーティと同等。
小さな町くらいならば、充分に滅ぼせる力を有している。
そして現在、リエナ学園にいる襲われていないA等級超えモンスターを所有する生徒は──
そこまで考えて、ステルクはハッと気付く。
「ゼンシン君が、危ない……?」
「あのドラゴンの坊やか。確かに、S等級のドラゴンなんて格好の獲物、今までの行動から見ても逃すとは思えない」
ボルクの強さはまだS等級であるドラゴンに相応しいレベルのものではない。
それは彼がまだ幼体だからだ。
幼体であっても龍種自体がS等級と認定されるほどに希少性が高い。
「思えば彼はドラゴンを召喚したことを気にしていた。もし、今までの被害がその予行練習だとしたら」
最悪の予想だ。
だがステルクはその推測がおよそ間違っているものとはとても思えなかった。
その場をチユに任せて、ゼンシンのお目付役としてステルクは医務室を飛び出した。
今は昼。ちょうどゼンシン達が、いつもの集合場所でメイドのレムと訓練をしている頃だろう。
レムの実力は確かなもので学園の生徒レベルであれば、問題なく処理できる。
だが相手があの学園内最強の留学生となるとゼンシンを守り切れるかどうか、わからない。
ステルクは不安に動悸を速くする。
それに呼応するように向かう足も速くなる。
それなのに、ステルクは中庭で止まった。
「……退いてもらえないかな」
不思議な装束を着た三人の少女がステルクを囲んでいた。
一人は屋根上、一人は花畑から、そしてもう一人は堂々と校舎内から姿を現す。
黒づくめで上下の服の繋ぎ目が分からないほど、肌を隠したその服装は、東の隠密が着ると言われる忍び装束そのものだった。
校舎から現れた赤髪の少女。口元を黒布で隠し、表情のわからない少女が手で何かの形を作る。
「若の命だ。暫く付き合ってもらうぞ」
「なに─────────」
同時、他の二人の忍びの少女も高速で手印を刻んでゆく。
東の地で忍びが使うとされる何十通りもあるとされる手の形で魔術を発動する術式、その名も。
「「「結界忍術・八咫烏」」」
三人の掛け声で術式は起動する。
忍び三人とステルクを囲むように黒い幕が地面よりドーム状に伸び上がり、ステルクはすぐさま結界の中心点に向かって跳躍した。
それを屋根上にいた緑髪の忍びが、合わせるように跳躍して、ステルクを蹴り落とす。
「ぐ──────っ」
地面に背を強打する前に身体を起こし、地を蹴り飛ばして衝撃を緩和する。
何度も回転して衝撃を軽くして、ステルクは見事に着地した。
「仕方ないな」
見据える先、相手は忍び三人。
その実力は未知数だが、ステルクは静かにズレたメガネを直す。
胸ポケットから純白の鍵を取り出して空間に差し込み、モンスターを召喚する。
現れるのは白い猿だ。
それはゼンシンがテイムした黒猿に酷似しており、現れると同時胸板を叩いて咆哮する。
三人の忍びも構える。
吶喊する白猿を見守りながら、ステルクは密かに祈る。
(僕が行くまで耐えてくれよ、ゼンシン君!)




