00 荷台の少年たち
2021年3月11日です。
とある方からご指摘をいただいておりました。
もうすぐ投稿からちょうど1年ということもあって、新章を少し休みながら、こちらを書き直してまいります。 とある方、ごめんなさい(*- -)(*_ _)、やっとその気になりました(^^;) ご期待に沿えるように頑張ります。
書き直した分は、“#”を除いてただの数字を割り振っていきます。
荷台の少年たち
乾いた風と真夏の太陽に焼かれて、色をさらした丈の低い草木が茂っている。
鉛色の体毛を生やした獣が引く大きな荷馬車は、4本の車輪を小石の上にきしませながら、殺風景な道のりを進んできた。 でもようやく、それが終わる。
ずうっと遠くに見えていた森が間近に迫ってきていて、退屈な景色はもうすぐ変わる。
荷馬車は林道へと入っていく。
森の奥から湿度を含んだ独特の香りが漂ってきて、馬車の周りの気温が下がってくると、荷台では動きがあった。 黒髪の少年だ。
『ぷーっ』と頬を膨らませながら、かぶっていた麻の布袋を脱いで、少年は姿を現した。
少年の左の頬には大きめのカットバンが貼られていて、汗でぬれた長い黒髪の下からは、額に巻かれた包帯がのぞいている。 腕や指先にも真新しい傷があって、埃で汚れた衣服と共に昨夜の戦いの名残りをとどめていた。
少年は、顔の傷を気にしながら袖で汗を拭うと、その手で服の胸元をつまんで服のにおいを嗅いだ。 汗の臭いが気になったみたいだ。
木々の葉が午後の直射日光を遮ってくれていて、荷馬車はひんやりした木陰の中を進みながらその車体に蓄えられた熱を発散させていく。
少年がかぶっていた麻の袋は役目を終え、折り畳まれて、今度は床のラグマットの上に重ねられた。 座りなおした少年の目線は、麻袋の分だけ高くなった。
馬車が王都を出たのは日の出の少し前だったので、そこからでも、もうすぐ10時間くらいにはなるだろう。 ずっと走りっぱなしだったから、王都からはもう随分と遠くに離れているはずだ。 それなのに、立ち昇る黒い煙は木々の隙間からまだ見えていて、まるで静止画みたいに空に張り付いたままになっている。
少年は馬車の進行方向に背中を向けて座っていた。 動かない煙を眺めて、いくらか少年の顔から緊張の色が抜けたように見える。 でも、その代わりに、どこか不安げな表情が浮かんでいる。
また、荷台で動きがあった。
少年の右隣りには麻の袋をかぶったふくらみが1つともう半分あって、その大きい方のふくらみがモゾモゾと動き出した。
少年が麻の袋を脱いでいたことに気が付いたようで、茶色の麻袋の下からばっと顔を出したのは、少年と同じくらいの年の頃の、色白の少女だ。
「優!? もう! ずるい。 言ってよ!」
少女の明るい声がして、曇っていた少年の表情は、何処かへ吹っ飛んだ。
さっきの少年と同じように、額や頬に汗をかいた少女は、赤らめた顔を服の袖で拭い、麻の袋を押しのけて白い両手をぐ~~っと空へ伸ばす。
その脇にも、もう1人。 一回り小さな男の子が少女につられて顔を出し、辺りを見回しはじめた。 男の子はぐっすりと眠っていたようで、柔らかそうなほっぺには麻の繊維の跡がくっきりと付いていた。
黒髪の少年は少女に笑顔を返すと、少女と男の子のかぶっていた麻の袋を剥ぎ取った。
二つ折りにしながら畳んで、それを少年が抱えたまま待っていると、察した少女は腰を浮かせた。
色白の少女は麻袋の上に座りなおすと、ぼーっと森を眺める男の子の肩をトントンとして、『おいでっ』と両手を広げた。
でも、男の子の方はためらいをみせた。 少年の方をちらっと見て1歩さがり、そして、寂しそうにして少女の方に首を振った。 それを見た少女は、『フフッ』と笑った。
少女は前のめりになりながら手を伸ばして、抵抗しようとした男の子の服を捕まえると、おなかに手を回して後ろからぎゅっとしておとなしくさせた。 そして、遠慮がちに顔を伏せる男の子に頬を寄せて、耳元で何かを言って自分の膝の間に座らせた。
隣の少年もそんな男の子を見て、『ニッ』と笑った。
少年は、少年に背中を預けるように座る少女の肩越しに手を回すと、自分の反対側から、少女に抱えられた男の子の頭をツンツンとつっついて遊んだ。
でも、男の子も、すぐにそれが少年のいたずらだと気付いたみたいで、手で払って、面倒くさそうにしてため息をついた。 そして、少年の方を振り向いた。
何か言おうとした男の子だったが、その顔を少女にものぞかれていたのが恥ずかしかったのか、男の子は何も言わず、バツ悪そうにしてまた森の方を向いてしまった。
『やめなさいよ』とでも言いたげに、今度は少女が少年の方を向いた。
でも、少女のぱっちりとしたたれ目は、少年と目が合った瞬間に柔らかく微笑んだ。
少年は男の子をからかった手で、ねぎらうように少女の薄緑色の髪をなでた。
少女が少年に体を預けてきて、さっき男の子をからかった少年の右手は、戻る場所をなくしてしまった。