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「・・・何を、言っているんだ?」
聞き間違えたかとメウルニは耳を疑った。
しかし、ミアナは硬い表情でゆっくりと首を横に振る。
「パメラ様はお亡くなりになっていたのです」
「嘘だ。・・・嘘だ嘘だ嘘だ! お前は治療すると言ったではないか!」
「治療するとは申し上げておりません。死んでしまったものに治癒の力は効きませんから」
治癒の力はどんな病や怪我にも効く。それこそ瀕死でも死なないくらいまでなら、治癒術師なら誰でも回復させることができる。これが回復魔法との大きな違いだ。
回復魔法の使い手で病を癒せるものはいない。
回復魔法の使い手で、瀕死の怪我を治癒術師同様に死なないまで回復させることができるのは非常に少ない。だから、回復魔法の使い手は医術を身に着けて、魔法と併用することで瀕死の怪我から患者の命を救おうとしている。
そんな回復魔法も聖人や聖女と呼ばれる使い手なら、死者をも生き返らせる奇跡を使うことができる。
だが、治癒術師はあくまで病や怪我を癒す力しかない。医術も併用する回復魔法の使い手なら数日かかる怪我を数分で回復させることはできても、死者は生き返らせられない。
「なんで、私より先にパメラを治療しなかったんだ!」
「アウルム様をかばって、頭をぶつけたあの時にパメラ様はお亡くなりになったのです」
「嘘を吐くな! お前がパメラを殺したんだ! 私の一番になりたくて、パメラを殺して手に入れようとしたんだ!」
メウルニが嫌悪と怒気に顔を染めるのを見て、パメラは喜んだ。
(これであの女がメウルニのもとから排除される。わたしを見殺しにした治癒術師を傍に置いておくなんて、メウルニにはできないもの。)
だが、パメラのことが見えない二人には彼女の気持ちを知ることもなく、言い争っている。
「違います。私が治療し始めた時にはパメラ様はお亡くなりになっていたのです」
「なら、どうして私とアウルムの治療を先にした! パメラを殺す理由以外、私たちを優先する理由はないだろう!!」
「メウルニ様はパメラ様のことしか頭にございませんでしたから、ご自身だけでなく、アウルム様も危険にさらして、パメラ様の治療を優先させるところでした。わたくしはお二人だけでも助ける為に行動したまでです。選帝侯とその次に選帝侯の子どもを守ることが選帝侯の愛人や従者がおこなわなければいけないことですから」
「それは選帝侯の妻であるパメラを見捨てるということではないか!」
「いいえ。パメラ様を見捨てておりません。パメラ様は既にお亡くなりになられていたのですから、優先順位など関係ございません」
「選帝侯とその子どもが先だと言ったではないか!」
「わたしが申し上げたのは、生きている場合に治療を優先する順番でございます。それにお言葉に逆らうようですが、メウルニ様は当初からパメラ様のことしか頭になく、もう少しでアウルム様の命を失うところでございました。皇帝陛下を支える御身を軽く見た挙句、何の罪もないアウルム様を危険にさらされたのです。いくらパメラ様のことが大事とはいえ、パメラ様が御産みになられたアウルム様をメウルニ様は見殺しにしかけたのです」
「・・・!」
アウルムを見殺しにしかけたと言われ、メウルニは反論できなかった。あの時、メウルニはアウルムをかばったパメラのことを心配していて、アウルムは無事だと思い込んでいた。自分だけなら、パメラを優先させたいと言ってもいいだろう。しかし、アウルムがいた。アウルムの容体にミアナが気付いていなかったら、アウルムが死んでいた可能性もある。
ミアナが治癒術師で選帝侯や嫡子を優先する教育を受けていなければ、アウルムは死んでいたかもしれない。
パメラはこの点だけ夫の愛人を評価する。夫の愛人が気付いてくれなかったら、痛みで気絶していたアウルムは気付かれることなく死んでいたことだろう。
死んでいたパメラは息子も死にかかっていたことがすぐにわかった。
夫の怪我はひどくても、それはアウルムほどひどくはなかった。
その怪我の治療を優先されたのは今現在、皇帝を支えている選帝侯だからだ。アウルムが優先されて、メウルニが亡くなった場合、アウルムが成長するまでエンデパンの選帝侯の役割は引退している先の選帝侯が担うことになっていても、今まで通りとは言えないだろう。
「うるさい、うるさい、うるさい! お前がパメラを殺したのだ! お前なんかクビだ! 皇帝の元に送り返してやる!!」
「メウルニ様!」
ミアナに図星を刺されたメウルニは癇癪を起こした。ミアナの顔から血の気が引く。
覚悟していたことだったが、現実に聞くのと、想像とは大きく違う。
癇癪を起こしたメウルニをパメラは優しく見守る。
愛人に当たり散らすならいい。
今なら、当たり散らしても大丈夫だ。
今なら愛人を送り返しても、皇帝の気に障らないだろう。
襲撃を指示した者はパメラの家の主家ではないが、他の選帝侯の可能性がある。
もしかしたら、メウルニの麾下の貴族かもしれない。治癒術師の愛人以外は認めようとはしないメウルニに業を煮やし、妻を自分の娘か、エンデパンに忠誠を誓う家の娘と挿げ替えようとしたのかもしれない。
パメラの里帰りの途中を狙ったのは、犯人と動機をわからなくする為だ。
「閣下! 襲撃犯は撃退いたしました。一度、帝都に戻りましょう!」
馬車の外から護衛が声をかけてきた。
メウルニは治療を終えたアウルムを抱き上げて、天井にあるドアを見上げる。
「ドアを開けてくれ! 私とアウルムは無事だ!」
メウルニはミアナの存在を無視して告げる。
「では、失礼いたします!」
護衛が横転した馬車の上に上ったのだろう、馬車が揺れる。
メウルニは開いたドアにアウルムを押し上げる。護衛はそれを受け取り、馬車の上に寝かせるか仲間に渡した後、メウルニを救出しようと馬車の中に手を差し伸べる。メウルニはパメラの遺体を次に渡す。メウルニの番になった時、メウルニはミアナを一顧だすることなく、その手を手に取った。
ミアナは馬車の中に取り残されて、治癒術師の姿がないことを不審に思った護衛に声を掛けられるまで、放置された。
夫の治癒術師が自分の死後もそのまま傍にいることには我慢がならなかったパメラだが、夫の再婚に関しては仕方がないと諦めていた。自分は夫の足を引っ張ってしまっていたのだから、麾下の貴族の覚えのいい娘のほうが役に立つだろう。
パメラがそう思えるのは、メウルニが自分を愛してくれていたからだ。何よりも優先し、パメラを守る為に治癒術師を諦め、パメラへの攻撃を減らす為に一族の望む次代の治癒術師を愛人に産まそうとした。
自分以上にメウルニが愛する女はできないだろうし、ここまで愛されて自分は満足している。
メウルニとアウルムが無事に救出されたのを見届けたパメラの意識が薄れる。
(愛しているわ、アウルム。メウルニ。)
そうして、パメラの存在は地上から消えた。
かつてガレリアと呼ばれた国があった場所には『メウルニの治癒術師』という諺がある。どんな病気や怪我も治す治癒術師を皇帝から与えられた選帝侯が、治癒術師を皇帝に送り返したことから「どんなに素晴らしいものも、価値がわからないものにとっては価値がない」という意味を表す。
本編はこれにて終わります。
後日談である番外編に続きます。
回復魔法は複数に一度にかけることができますが、治癒は一度に一人しかかけられません。




