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パメラとメウルニが出会ったのは、帝都にある学園に通っている時だった。
この教育機関は選帝侯の子弟が側近候補や治癒の力を持つ一族の男を従者にする絆を深めるのが目的で設立されたものだが、選帝侯の推薦があれば誰でも入学することができる。パメラはこの推薦で入学した。
女性であるパメラが推薦を貰えたのは、ガレリアという国の複雑さに由来する。ガレリアは皇帝を戴く国だ。その皇帝は世襲制ではなく、選帝侯たちが自分たちの中から選んでいる。
元来は宮廷内の学校で治癒の力を持つ一族の娘の心を射止められなかったリベンジをする場所でもあった学園は次の皇帝選出、はたまた、その次の皇帝選出に備えて選帝侯とその側近たちの子弟だけでなく、子女も送り込まれているのだ。
選帝侯麾下の有力貴族の令嬢たちは実家と属する選帝侯の繋がりを強くしたり、同じ選帝侯に仕える貴族と繋がりを強くする目的で婿を探す。勿論、相手は見目の良い者が好ましいし、主家の覚えの目出たいことも外すことはできない。
そんな裏事情があるものの、親の干渉も及ばない閉鎖された空間で学生たちは恋や友情に浮かれる日々を送っていた。
パメラはメウルニの住むエンデパンとは帝都を挟んで反対側の地域から来ていた。パメラの父の仕える選帝侯はメウルニの家ではなく、逆に前回の皇帝の選出で反対陣営にいたので、学園内では逆境の恋人たちと呼ばれた。
そんな事情がありながらもパメラとメウルニが結婚できたのは、メウルニがエンデパンの次の選帝侯であり、彼が選帝侯になったらパメラの家の主家の意向に屈すると思われたからである。
そもそも、選帝侯たちの仲は支配地域ではなく、帝都で会うほど悪い。支配地域が隣り合う選帝侯は互いに行き来できるだろうと思われるかもしれないが、整備された道は他の選帝侯が攻め入ることの手助けになると忌避されているくらい互いに虎視眈々と相手の隙を窺っている関係だ。だから、異なる選帝侯の支配地域には帝都を通る以外、整備された道はない。
実家の所属していない選帝侯の地域に一度嫁に行ったら二度と戻れない。そんな覚悟をして、パメラは嫁に来た。
二度と戻れぬ故郷に別れを告げたにも関わらず、馬車は帝都を抜け、故郷へと向けて走っている。
すべてはパメラがメウルニの愛人に耐えられなかったからだ。まだお腹が目立っていないが、これから大きくなるお腹に彼の子どもがいるかと思うと、パメラには我慢できない。
実家に戻るのは一時的なことにしておきたいが、愛人が子どもを産んだ後も家にいるのなら、もう戻るつもりもないことはメウルニにも伝えている。その時はアウルムだけはメウルニの元に帰すつもりだ。
それが最低限、パメラが妥協できることだった。
馬車の中で正面に座る夫の冷たく見えるグレーの目を見たパメラは、学生時代から変わらぬその瞳の優しさに間違った選択をしたのだろうかと思い始めた。
充分な護衛を付けているとはいえ、別の選帝侯の支配地域への里帰りまで送り届けてくれるメウルニ。
ガレリアの選帝侯同士が利害関係でしか関係を築けないことからいえば、わだかまりのある選帝侯の支配地域に行くことはとても危険なことだ。
愛人への怒りと嘆きで我を忘れていたパメラも、帝都を抜けて主家の選帝侯の支配地域に近付くにつれて正気を取り戻していく。
まだ選帝侯への忠誠が緩い帝都の周辺地域だから馬車を留めさせて戻らせようと、パメラは口を開こうとした――
「襲げっ――!!」
馬に乗った護衛の途絶えた声とシュッと小さな空気を切る音、ゴゴゴと地を這うような重低音がした。
馬車が傾く。
パメラに手を伸ばすメウルニ。
「パメラ!!」
一瞬の浮遊感。
長く感じるその一瞬にこれはただごとではないと、パメラは横にいたアウルムを抱き締めた。




