1 酔わない女に価値はない
私はエールでもワインでも酔ったことがない。そういう体質と思うしかないけれど、お酒での失態がないことは良いことだと思う。そのことを疑問に思ったことはなかった。今夜の祝宴までは。
「レイラ、お前ワインを何杯飲んだ?」
「マグヌス様……。まだ5杯くらいですかね」
正確には覚えてないけれど、婚約者のマグヌス様に聞かれたので、首を傾げて返事をする。すると、とても嫌なものを見るような目で睨まれた。
「可愛げがないにもほどがある。酒を飲んで酔わない女に価値はない。お前のような女とは婚約破棄する」
「はい?」
酔わない女に価値はない?
女が酒豪で何が悪いの? ザルでもワクでもいいじゃない!
あれ? ザル? ワク? どういう意味だっけ……。
「おい! 聞いているのかレイラ」
「……待って」
私がショックを受けていると思ったマグヌス様の口角が嫌らしく上がる。だけど私は日本人だった前世をたった今思い出して、混乱していただけだった。
「あー、一次発酵タンクに落ちて溺れたんだっけ?」
焼酎蔵での溺死という珍しい死因を思い出して苦笑する。私は前世、焼酎蔵で働く杜氏だったらしい。
私から漏れ出た小さな声に、マグヌス様は怪訝な顔をしながらも婚約破棄の話を続けた。
「お前が嫌だと言っても……」
「わかったわ、婚約は解消しましょう」
「……へ?」
「今、周りにいらっしゃる皆様が証人です。これから書類を作ってしまいましょう」
はっきり言うとマグヌス様は酔っている。明日になれば気が変わるかもしれない。でも私はこんな人と結婚する未来はもう受け入れたくなかった。
「マグヌス様からの申し出ですが、慰謝料は請求しません。それから……」
そんな話をしていると、慌ててマグヌス様のご両親であるラズヴェル候爵夫妻がやってきた。「なんてことを!」などと言っているけれど、ここは夜会の会場の中。見物人の多さに婚約解消を取りやめることができなくなっていた。騒ぎを聞きつけた主催者のユスティアス公爵夫人が部屋を貸してくれたからだ。
心配そうにお父様とお母様が私を見ている。もともとこの婚約はラズヴェル侯爵家から我がフィオレット伯爵家へ申し入れられたもので、断れなかったのだ。学園での私の成績を知って申し込んだと聞いたけれど、本当は領地を狙っていたのだと思う。解消できるなんて運がいい。
婚約解消の取り決めの書類は、ユスティアス公爵家の執事が用意してくれた。その文面を確認したときに、追加の文言を入れたいと彼に相談した。
「互いの将来の財産や事業へ権利を求めない」
彼は、それは当然の内容ですから問題ないでしょうと書類に書き加えてくれ、ろくな確認をしないマグヌス様達はそのままサインをした。名実ともに縁がなくなったことに喜びが込み上げた。
私は前世、鹿児島の小さな焼酎蔵で、女性ながらに杜氏をしていた。女性への当たりも強く、たまに嫌がらせも受けていたけれど、やりがいのある仕事で天職だと思っていた。そして、あの日緩んだ手摺を掴んだときに誤ってタンクに落ちてしまったのだ。
恋人はいなかったけれど、先に死んで両親には申し訳ないし、親不孝だと思う。それに、死人を出した酒蔵が、どうなってしまったのか考えるといたたまれない。
でも私はレイラ・フィオレットとして転生した。
今の世界ではまだ蒸留酒を見ていない。私はあの馥郁とした香りとガツンとしたアルコールの芋焼酎をもう一度飲みたいと思ってしまった……




