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余命百日の魔王様を負けさせる係ですが、勇者がスライムにも勝てません  作者: sakumaaa
第一章 最弱勇者が勇者と呼ばれるまで

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8/8

第7話 七日目「魔王様の負け台詞が怖すぎる」

魔王の仕事は、勇者へ負けることだ。


 少なくとも、今日の予定ではそうなっていた。


「台詞は覚えましたか」


 俺は黒い通信鏡へ向かって尋ねた。


 鏡の中で、アルマが玉座へ座っている。


 背後には黒い柱。


 左右に家臣はいない。


 これから村の広場へ幻影を出し、勇者を名指しで挑発するため、人払いをさせていた。


「覚えた。『勇者ミロよ。私は黒曜城で待つ。力をつけ、いずれ私を倒してみせよ』」


「そのまま言ってください」


「分かっている」


「付け足さない」


「分かっている」


「殺気を出さない」


「それは難しい」


 そこを分かってほしかった。


 七日目の朝。


 寺院の祝福式へ行けなかった代わりに、俺は村人たちの前で小さな芝居を打つことにした。


 魔王本人が勇者を名指しし、黒曜城で待っている。


 そう見えれば、ミロは一匹も倒していなくても、魔王から名を覚えられた勇者になる。


 昨日助けた六人も証人だ。


 花を受け取るより、よほど強い噂になる。


 もちろん、アルマと話を合わせた芝居だと知られれば、昨日までの評判まで作り物だと疑われる。


 分かっている。


 それでも、黒冠は正直な評判が育つまで待ってくれない。


 問題は、演者だった。


 アルマは嘘が下手だ。


 六年前、月灯り座で初めて悪役を任されたとき、「この毒を飲め」と言う場面で、本当に毒が入っているような声を出した。


 相手役が台本を忘れて逃げた。


 客は喜んだが、芝居は終わった。


 黒曜城の小劇場を作ってからも二年間、改善はしていない。


 兵士への慰問劇で降伏を勧めたところ、最前列の全員が本当に武器を置いた。


 今日は、逃げる相手が世界で唯一の勇者である。


 できれば終わらせないでほしい。


「レオルさん」


 広場の向こうから、ミロが来た。


 肩の傷には新しい包帯。


 五日目に宝箱から得た外套を羽織り、聖剣は背中へ負っている。


 剣を抜かないほうが活躍することへ、本人も気づき始めたらしい。


「村の皆さんが、出発前に見送りをしたいそうです」


「ちょうどいい。勇者様には、ここへ立ってもらいます」


 俺は広場の中央へ白墨で印をつけた。


「何をするんです?」


「少し、勇者らしく見える仕事を」


「梁を動かすより難しいですか」


「動かないでいるだけです」


「簡単ですね」


 その言葉を禁止するのを忘れていた。


 村人が集まる。


 赤い屋根の家族。


 水車小屋で怪我をした男。


 荷車を出した若者。


 宝箱は村へ残り、井戸の横で薬箱として働いている。蓋の銅飾りだけが、朝日に光っていた。


 俺は広場の石台へ、黒曜城から送られた薄い石を置いた。


 通信鏡をその前へ立て、光を合わせる。


 アルマの影が、地面へ細く伸びた。


「何が始まるんです?」


 ミロが小声で聞く。


「驚いても、倒れないでください」


「どういう仕事ですか、それ」


 答える前に、昼の光が消えた。


 広場の中央へ、黒い炎が一本立つ。


 炎は人の輪郭を取り、長い髪、二本の角、金色の目を形作った。


 実物より少し大きい。


 俺は等身大と頼んだはずだが、魔王側の等身には威厳が含まれるらしい。


 村人が息を呑む。


 ミロの右手が光った。


 包帯の下で勇者印が、初めてはっきり反応している。


 幻影のアルマが目を開けた。


「勇者ミロよ」


 広場の窓が全部鳴った。


 鶏が五羽、同時に伏せた。


 村人は十二人が膝をつき、三人が井戸の陰へ隠れた。


 赤い屋根の子どもだけが逃げ遅れ、ミロの外套をつかむ。


 ミロは井戸の陰へ一歩下がった。


 逃げる判断だけなら、村で最も速かった。


 だが外套を握る小さな手に気づき、子どもを自分の背へ回す。そこで足を止めた。


 逃げ道は見つけた。


 使えなくなっただけだ。


 顔は完全に青い。


「わ、私です」


 配達の受取確認みたいに返事をした。


 アルマの幻影が、ほんの少し目を細めた。


 台本にない反応である。


「その矮小な身で、我が前へ至れると思うか」


 付け足した。


「魔王様」


 俺は石台の横で、小声を出した。


 幻影は止まらない。


「おまえの剣は血を知らず、腕は細く、足元には敗北の臭いが染みついている」


 事実を並べるな。


 ミロの膝が震える。


 子どもが外套を握ったまま、見上げていた。


 逃げれば、その子を魔王の前へ残す形になる。


 ミロは一歩だけ前へ出た。


「まだ、スライムにも勝てません」


 村人がざわめいた。


 そこは公表しなくていい。


「でも、ここから逃げたら、魔王城へ荷物を届けられないので」


「荷物?」


 アルマが素で聞き返した。


「僕が行きます。百日以内に」


 ミロの声は震えていた。


 それでも、最後まで言った。


 右手の光が一度強くなる。


 アルマの黒い炎が、その光へ反応して広がった。


 広場の石がひび割れる。


 台本は、もう十分だ。


 俺は石台へ布をかぶせた。


 幻影の上半身が消える。


 だが、アルマの声だけが残った。


「よい。ならば来い。地を這い、絶望を飲み、すべてを失って我が足元へ――」


 石を横倒しにする。


 声が途切れた。


 広場へ昼の光が戻る。


 誰もすぐには動かなかった。


 ミロも立ったままだった。


 正確には、立った姿勢で固まっている。


「勇者様」


 肩へ触れる。


 そのまま後ろへ倒れた。


 今度は四秒もった。


 成長している。


 村人たちが我に返り、ミロへ駆け寄る。


 怪我はない。


 ただ気を失っただけだ。


 昨日助けた男たちが肩と足を持ち、赤い屋根の家へ運んでいく。


「魔王へ言い返したぞ」


「あんなのを前に、逃げなかった」


「スライムには負けるらしい」


 最後の情報だけ、広まる速度が速い。


 それでも村人の目は、昨日までと違っていた。


 剣の強さではない。


 怖いのに一歩出た姿を見た。


 予定していた負け台詞は失敗した。


 勇者の評判は、少しだけ前へ進んだ。


 夕方。


 ミロが目を覚まし、村を出る準備を始めたあと、俺は一人で広場へ戻った。


 倒した石を起こし、通信鏡を合わせる。


 アルマがすぐに映った。


「なぜ途中で切った」


「村を滅ぼす予定はありませんでした」


「幻影だ。滅びはしない」


「石畳が割れました。鶏が五羽倒れました。勇者も倒れました」


「最後は立っていた」


「固まっていただけです」


 アルマは不満そうに口を閉じた。


「演技としては、どうだった」


 聞き方だけが、月灯り座のアナへ戻っている。


 俺は答える前に、彼女の右手を見た。


 玉座の肘掛けへ置いた指先が、小さく震えている。


 本人は左手で押さえたが、止まらない。


「手、震えていますよ」


「少し、力の調整を誤っただけだ」


「ひびも伸びています」


「見えているなら聞くな」


 アルマは右角を髪で隠した。


「百日目まで、もたせる」


「今夜は眠れ、レオル」


「自分の症状を隠しておいて、俺には休めと?」


「命令だ」


 心配するときほど、王の声になる。


 もたせるではない。


 生きると言え。


 喉まで出た言葉を、俺は飲み込んだ。


 代わりに、鏡の角度を直す。


「次から台本どおりに」


「善処する」


 王が使う善処ほど、信用できない言葉はない。


 通信が閉じた。


 百日は予言の期限であって、症状が百日間おとなしく待つという保証ではない。


 今夜から、角のひびの長さと、指が震えた時刻を記録する。


 勇者を前へ進めるだけでは足りない。


 黒冠そのものも調べる。


 街道口では、ミロが村人へ何度も頭を下げている。


 子どもから干した果物を受け取り、配達鞄の空いた場所へ丁寧にしまった。


 百日目、あの少年は幻影ではないアルマの前へ立つ。


 百秒という数字に、神託上の意味はない。


 玉座の間へ入り、名乗り、剣を抜き、アルマまで届く。


 せめて、それくらいは倒れずにいてほしい。


 俺が勝手に決めた仮目標だ。


 今日は四秒だった。


 残り九十三日で、あと九十六秒。


 先は長い。


 期限は短い。

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