「生きていた家」
この世界に属さないものがある。
それらは呼吸しない。
思考もしない。
私たちが理解するような形では、存在していない。
それでも——
それらは、いつもそこにいる。
瞬間と瞬間の隙間から見つめている。
私たちが見ようとしない場所で、待っている。
ほとんどの人は、それに気づかない。
だが、気づく者もいる。
その者たちは、もう元には戻らない。
これは怪物の物語ではない。
これは、それらを見てしまった後に残るものの物語だ。
その家は生きていた。人が普段言うような意味での「生きている」ではない――呼吸しているわけでも、考えているわけでもない。だが、音が音の上に重なり、静けさが入り込む余地を失うような在り方で、生きていた。リビングでは声が重なり合い、会話はぶつかり合いながらも決して完全に収まることはない。笑い声はリズムもなく上がっては下がり、途中で途切れた言葉に割り込み、それを別の形へと変えていく。キッチンからは油の鋭いはぜる音が聞こえ、その直後に「触るな!」と鋭い声が飛ぶ。一瞬の沈黙のあと、再び笑いが弾ける。今度はさらに大きく。皿が触れ合い、誰かが火傷したと文句を言い、別の誰かがそれをからかう。音は膨れ上がり、まるで壁そのものがそれを支えているかのようだった。
散らかっていた。騒がしかった。普通だった。
カイトはソファの端に座り、片脚を折りたたみ、手にはスマホをだらりと持っていた。親指は気だるく画面を滑っているが、実際には何も見ていない。こういう集まりでは、いつもそうだった。声が多すぎる。会話が重なりすぎる。何気ない瞬間の中に、見えない期待が多すぎる――ここで反応しろ、そこで笑え、適切なタイミングで何か言え。端にいるほうが楽だった。関わらずに存在しているだけのほうが。
「おい。」
軽く肩を叩かれる。思考から引き戻されるには十分な強さだった。カイトが顔を上げると、レンが立っていた。すでにテーブルからスナックを取ろうとしながら、見慣れた笑みを浮かべている。
「またそれやってるな」とレンが言う。
「何を?」
「“ここにいるけど、ここにいない”ってやつ」
カイトは小さく息を吐いた。「聞いてるよ」
「いや、聞いてない」レンは断りもなく隣に座り、腕を後ろに伸ばしてくつろぐ。「この五分、何にも反応してないぞ」
「面白いことがなかっただけだ」
レンは笑った。「よくそれ、この状況で言えるな」
「カイト!」母親が部屋の向こうから呼ぶ。「せめて楽しんでるふりくらいしなさい!」
「してるよ」
「嘘つき」
レンが身を寄せる。「完全に嘘だな」
カイトは軽く押しのけた。「黙れ」
レンはまた笑った。大きくて、飾り気がなくて、少しうるさい。それなのに――なぜか安心する。許可を求めずに空間を満たす音。ずっとそこにあったから疑うことすらしない音。
背景では父親たちが仕事や修理の話をしている。その声は落ち着いていて、すべてを支えているようだった。何もおかしくない。何も不安定ではない。
安定しすぎている。
カイトはわずかに体を動かす。違和感は突然だった。背筋をなぞるように這い上がる感覚。痛みでも恐怖でもない。ただ――何かがおかしい。視線が階段へ向く。部屋の端、影に半分沈んでいる。静かで、動かない。
何もない。
それでも、見続けてしまう。
「……大丈夫か?」レンが聞く。
カイトは瞬きをした。「……ああ」
「……本当に?」
一瞬のためらい。「……ああ」
レンはしばらく見つめ、それから肩をすくめた。「ならいいけど」
部屋の騒音は戻る。だが違和感は消えない。何かがおかしい。はっきりとは分からないが、確かに存在している。
そして――
ドン。
音がすべてを切り裂いた。大きいわけではない。だが重い。重すぎる。何かが落ちた音ではない。何かが壊れた音でもない。
別の何か。
部屋が凍りつく。
笑いが止まる。会話が消える。すべての視線が階段へ向く。
「……何か落ちた?」誰かが小さく言う。
カイトはわずかに身を起こす。「違う」
その言葉は早すぎた。確信的すぎた。
全員が彼を見る。
「あれは何かが落ちた音じゃない」
レンも冗談を言わない。「……ああ」
空気が変わる。温もりが薄れ、冷たく締め付けるものに変わる。カイトの父が立ち上がる。「見てくる」レンの父も続く。「何か倒れただけだろ」
声は落ち着いている。落ち着きすぎている。
二人は階段へ向かう。足音が必要以上に響く。カイトはそれを見つめる。胸に奇妙な圧迫感が生まれる。
「……遅くないか?」レンが呟く。
「もう少し待て」と誰かが言う。
一分。
さらに一分。
何も起きない。
足音も声もない。
完全な沈黙。
普通ではない沈黙。
おかしい沈黙。
カイトはゆっくり立ち上がる。「……父さん?」
返事はない。
言葉が届く前に消えたようだった。
レンが前のめりになる。「……変だな」
カイトは一歩、階段へ。内側で何かが止めようとする。やめろ、と。しかし理由が分からない。
そのとき――
ステップ。
音がした。
階段から。
歩く音ではない。
引きずる音。
ステップ。
照明が一度、二度点滅する。
影が現れる。
ゆっくりと。
不自然に。
何かが動きを思い出そうとしているかのように。
カイトの呼吸が止まる。「……父さん?」
その影が前に出る。
そして世界が壊れる。
それは父だった――あるいは残骸。胸から上が存在しない。裂けた肉と血だけ。下半身だけが動いている。あり得ない形で。
誰かが叫ぶ。ガラスが割れる。鉄のような匂いが広がる。
カイトは動けない。
一瞬――その体がこちらを見る。
「……にげ……」
声はほとんど存在しない。
そして崩れ落ちる。
すべてが壊れる。
「子どもを連れて行け!」
混乱が爆発する。椅子が擦れ、声が重なり、人がぶつかる。
「……カイト!」
母親が強く腕を引く。「見るな!」
遅い。
もう見ている。
レンの母がレンを抱き寄せる。「離れるな!」
「何が起きてるんだ?!」レンが叫ぶ。
誰も答えない。
なぜなら――すでに“それ”がいたから。
カイトは感じる。音でも形でもない。存在。
重く。
見ている。
「動け!」母が叫ぶ。
走る。
廊下が長すぎる。壁が伸びる。空気が重い。息が苦しい。
背後には何もない。
それが最悪だった。
そして――
何かがぶつかる。
見えない。
冷たい。
速い。
母の手が一瞬強くなる。
「……走りなさい」
そして――消える。
カイトは止まる。「……母さん?」
返事はない。
レンが震える。「……カイト……」
振り返らない。
走る。
外へ出る。
通りは空だった。
静かではない。
空っぽだった。
「……みんなどこだ……?」カイトが呟く。
レンが袖を掴む。「止まるな」
走る。
それは追ってくる。
近い。
さらに近い。
「……感じるか?」レンが言う。
カイトは答えない。
そのとき――
レンがつまずく。「カイト――!」
カイトが振り返る。「立て!」
立ち上がる。
そして――
掴まれる。
何もない場所から。
「カイト――!」
手が伸びる。
「助けて――!」
カイトは一歩前へ。
そして――
逃げる。
「俺は――」
呼吸が壊れる。
「俺は――」
思考が止まる。
振り返れない。
「カイト――!」
そして消える。
カイトは走る。
止まる。
意思ではない。
何かに止められる。
圧力。
重い。
見ている。
振り返るな。
だが分かっている。
「……これで終わりか……」
記憶が浮かぶ。
母。
父。
レン。
胸が締まる。
そして緩む。
「……また会える」
目を閉じる。
受け入れる。
何かが動く。
すぐ近く。
前に。
目を開けない。
必要ない。
もう分かっている。
そして――
『エクソシスト:オリジンズ 』第1章を読んでいただき、ありがとうございます。
この章は、不快さを感じてもらうために書かれました――何が起きるかだけでなく、すべてがどれほど一瞬で変わってしまうのかという点も含めて。ある瞬間までは日常がそこにあり、次の瞬間には、それが消えている。
カイトの物語は、力から始まるわけではありません。
それは、喪失から始まります。
次の章では時間が進み――あの夜が何を残したのかが描かれます。
もしこれを読んで何かを感じたなら、それだけで私の役目は果たされたと思います。
それでは、第2章で。




