2.査問会/gold
お待たせしました!
──数日後。貴族院、議場。
ぐるりと半円を描く議場の中央、つやつやと磨き上げられたテーブルの中央の最下段にミーネは跪いている。一番前のテーブルにはずらりと箱が並べられていた。階段状になった議会椅子からは彼女を見下ろすように貴族たちが値踏みする様な視線を投げかけている。
正面の議長席にはオズワルド王がいた。結った白金の髪を優雅に肩から垂らし、感情の読めない瞳で淡々とミーネを見据えている。その隣、書記席には普段と違い王弟としての衣装を纏ったエドワルドが腕を組んで見つめていた。両脇を固めているのは彼の侍従と近衛騎士団のジャン──アダンの兄──だった。
「……それでは、これより査問会を始める。騎士団副団長ミーネ殿、顔を上げよ」
エドワルドの声がかかるまでミーネはぴくりとも動かず跪いたままでいた。瓏々としたエドワルドの声にゆっくり立ち上がるとミーネはまっすぐオズワルドを見つめる。オズワルドだけを見つめている。ぐるりと周囲を取り巻き値踏みする貴族の視線を一身に受けて、立つ姿はまるで判決を待つ罪人の様だ。
もっともここにあるのは天秤ではない。天秤など存在しない。これから行われるのは貴族院による「品評」であって──査問会なんて名ばかりである。即ち。
──この場は貴族が貴族のために行う、庶民への晒し上げに他ならなかった。
「まず、ミーネ殿。貴殿が副団長を拝命してから任務の執行状況を確認する。過ちがあれば異議を申し立てるがいい」
「御意」
「途中貴殿に発言を求める場面がある。嘘偽りなく貴族院に開示すると誓いを立てるか」
「御意。……私は黎明にかけて真実のみを語ると誓います」
治療に充てていた間に筋肉が落ちたらしいとほんのわずかな騎士服の弛みが如実に事実を伝えてくる。金鹿と称えられるその名に恥じぬ振る舞いを、と心掛けてきた矢先のこの事件である。それに加えて危うくなった副団長の立場もミーネの焦りに拍車をかけていた。苦々しい気持ちを必死に腹の底に押し込めながらそれでも背筋を伸ばしてオズワルドと向き合い続ける。
今ここで俯いたらきっと貴族たちの毒牙の餌食になってしまうのは分かっていた。顔を上げ続けろとは事前にエドワルドと打ち合わせていた話だ。
──「あいつらは腹を空かせた狼よりタチが悪い。弱みを見せればあっという間のそこから蜂の巣だ。立て直すのは難しくなる、が」
──「お前は知っているだろう、ミーネ。交渉と同じだ。虚勢と余裕で突破してこい。期待してるぞ」
記憶がない時──宿代で追い出されそうになった時に同じ言葉をミーネは思い出していた。今ならばわかる。あれはエドワルドの言葉で、直接交渉の指導を受けた師の言葉だ。冷静な視点で周囲を観察し、自信がなくてもあるように笑って突破する。それはきっと今回にも当てはまる。だからこそエドワルドは打ち合わせの時にあんなことを言ったのだろう。であるなら。
オズワルドを見上げるミーネの瞳に力を灯す。その場に立つ背に自信を灯す。どんな不利でもひっくり返すという気概を込めて金鹿は前を見据えていた。
今回のまとめ役だろう貴族が手を挙げて厳しい目でミーネを見据える。それに釣られるように次々と手が上がった。
「任命後一週間にして行方不明。その後一週間でまた帰還したのはいいものの全身に傷をおっており、意識はなく重症だった。その治療のため約三ヶ月眠り続けた。誤りは?」
「ありません」
「では、帰還時の話だ。王城内の警備に気づかれぬように行動し場内に隣国ル・ティーヴァの魔術師を連れて入城した。誤りは?」
「ありません」
「その後件の魔術師は騎士団と協力をして今回の事件の真犯人、リーズ家の罪を暴きこの国に貢献した。現在も治療のために城内に留まっていると聞く。誤りは、」
「……私が伝え聞いた話と同じ内容に思われますが、それはこの場に本人を召喚すれば良い話では?」
「……今はお前の話をしている。……副団長ミーネ、これはお前の罪である。あのル・ティーヴァの魔術師を最後まで監督していなかった罪だ。連れてきたのがお前なら、呑気に寝ているのではなくお前自身も指揮を取るべきだったのでは?」
「あの時の私の状況は意識を取り戻せないほどの重症だったと医務室長から聞き及んでおります。医務室長を召喚して私の治療記録を開示しても構いません」
「帰還時のことを詳しく教えなさい。なぜ正門を通らずに守衛の眼を掻い潜るなど背反とも取れる方法を取ったのです」
「猶予がありませんでしたので。また当時の私はこの王城の中のあらゆる記憶、記録から消えている状態でした。真っ当に正門から入ればエドワルド殿下の危機に駆けつけることも出来なかったでしょう」
「……そもそもなぜ殿下が襲われたと知った。お前が差し向けたのでは?」
追求の言葉は続いているがミーネの表情はさして変わらず、淡々と言葉を返すのみである。エドワルドとて事前に打ち合わせをしていた際にこの展開を想定していなかったわけじゃない。ミーネが気に入らない貴族はここぞとばかりにミーネを攻撃し副団長の座から引き摺り下ろそうとするだろう。対処法は散々に練った。……それにしても。
「……難癖つけんのが早ぇなぁ……」
ふと見上げた兄の顔は何かを企む顔をしていた。時折視線を動かしては侍従に何事か囁いている。どんどん濁りひりついていく空気の中で、ミーネとオズワルドの視線だけが爛々と輝いていた。
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