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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
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mémoires:御伽噺のあとさき

第三話開始です。何卒よろしくお願いします。

同時に二話投稿しています。一話目。

くらいくらい森の中。お日様の落ちた森の中。

木の根に足を取られながら、曲がりくねった枝に頭をぶつけながら、木の葉におでこを叩かれながら。

一歩一歩歩みを進めていく。帰る方向はわかっている。

夜光虫が飛んでがさりとけものがそばを横切った。


すっかり濡れて冷たいくつで、森の中を歩いている。

冷えたつま先が痛い。すり減ったかかとが痛い。

沈み込むこけがまた水をしみわたらせて、剥き出しになったかかとをかたい草葉がくすぐって、ぴんとふくらはぎを痛めつけた。

それでも歩みを進めている。帰る方向はわかっている。

色とりどりの夜光虫が帰り道を照らしていた。


笑い声を聞いた。


ささやき声を聞いた。


──森は途切れることはない。くらやみだけが続いている。


笑い声を聞いた。


あざわらう声だった。


──耳をふさいで前へ進む。きずだらけの両足はなまりのように重く羽のように軽かった。


指先が痛む。力任せにもいだせいだ。

爪がはがれている。血にまみれている。

からだ中が血にまみれて黒く固まり始めている。

指がさけている。血にまみれている。


何を?何をもいだのだっけ。

何の?何の血だったっけ。

ああ、そうだ、これはまものの血だ。私はまものを裂いたのだった。

その身にいかりをたぎらせて、ふかいふかいぞうおのふちで。


──白いまものと黒いまものがいたのだった。


だって取り戻すためには必要だった。

破るためには必要だった。

帰るために必要だった。

だから選んだのだ。


だって知らなかったのだ。


まものの血を浴びたニンゲンが、もうニンゲンに戻れないなんて。

笑い声がささやく。

あなたはもう人ではナイと。

嗤い声がささやく。

あなたはもう戻れナイと。


カエル ほうこう が わかるのに、カエリミチ が わからない。

もう モリ を すすんで ヌケタ とて、もう ワタシ は かえれ ナイ のだと。

ワタシ ハ さとった ノダ。


♢


雨季の終わり、名残惜しげに窓を叩く雨音にミーネは目を覚ました。天井はすっかり見慣れた医務室から久々に戻った自室へと移り変わっている。

最後の雫まで振り絞らんばかりに雨が降り注ぐ黒い雲は厚く空を覆っている。呪いの獣によって割られた窓は眠っているうちに直されて、腐って汚れた床も扉も全て取り替えられていた。

まだ真新しい木の匂いが残る家具に身を委ねて、山と積んだ法律書や書類に埋もれて騎士は体を起こした。座ったまま寝ていたらしい、ぎしぎしと固まった体が痛い。腕を回すとごりごりと音がした。


ばらばらと窓を叩く雨音に耳を傾けながら、騎士は椅子から立ち上がって備え付けられた風呂場を訪れる。洗面台で顔を洗う──ふと鏡を見上げるとインクの跡が頬を伝って黒い筋を残していた。このままではエドや仲間たちに笑われるのは確実だなと苦笑してもう一度顔を洗う。


酷い夢を見た気がした。いいや、あれは夢ではない。あれは──


あれは、誰かの記憶だ。


呪いを破ったミーネには分かってしまった。同じように呪いを破って、けれど違う結末を迎えた誰かの記憶だ。その証拠に何やらただならぬものと意識が繋がったような奇妙な感覚が頭の隅に引っかかっている。頭の中を覗き見られているような、同時に誰かの頭の中を覗き見ているような、あまり気持ちのいい感覚ではない。


「……まもの、か」


すっかり黒いインクが落ちた顔の雫を拭いながらミーネは呟いた。


まもののかどわかし。ル・ティーヴァ──そしてオルヴェン。主にこの二国間で、けれど実際にはこの地方一体に流布する作者不明の物語。ぺちぺちと保湿液を顔に叩き込みながら騎士はしばし思考した。机の上の書類は嵩を増していくばかりで減る様子はない。おそらく自分が調べている暇はないのだろう、なんせ自分はこのあと厄介な大仕事を控えている。そうなると。


「……シランに聞いてみるか」


最近、というより数ヶ月前に知り合った魔術師を頭に思い浮かべて騎士は髪を編み直す。顔に残った呪いの跡を隠すために顎のあたりまでの横髪を作ったがどうにも視界にちらついて落ち着かない。シランは未だにそんなミーネの姿を見ると微妙そうな顔をする。

皺だらけになった騎士服を着替えてベッドに畳んで置く──そして分厚い書類を片手に部屋を出るのだった。自分が呪いにかかってからというもの相棒たるアダンは部屋の前まで迎えに来ない。それにほんの少し物足りなさを感じながらミーネは執務室へ向かっていく。


「頭の中を覗き覗かれている感覚」


「あぁ」


「えぇ……何それ怖……」


執務室前でばったり遭遇した魔術師が発したのはそんな一声だった。最近騎士団の手伝いをしつつ図書館に通って何か調べ物をしているようで、今日も分厚い革張りの本を抱えている。周囲に人の気配がないことを確認しながら、いつもより凪いだ声で心当たりはない?とミーネは続けた。


「いや……冗談は置いておいて。強い魔術をかけられたあと過敏になることはあるみたいですけど」


「戦闘訓練の後に気が立ってるみたいな感じか」


「騎士団にしかわっかんない感覚言われてもなー……。で、誰かが森の中を進む夢?」


「……ああ。まもののかどわかしって御伽話があっただろ?続きってどうなってたかなって」


「少女が呪いを破って終わりだったと思いましたが。うーん……分かりました。ちょっと調べてみますね。ミーネ様の今日の予定は?」


「これを団長に提出した後訓練だ」


「了解です。じゃあ訓練場で会いましょう。それまでに調べておきますね」


「そう急がなくていいよ。しばらく私は忙しいから」


「はいはい」


頷くとひらりとシランは手を振って歩いて行った。さて、と息をついてミーネは執務室のドアを開ける。中でガリガリと机に向かっていたエドが顔を上げて微笑むのを見ながら、ミーネも微笑み返した。

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