3.天才魔術師の尋問
アダンの合流で一度話を切り上げることにしたのか、あの後エドから仮眠を取れと医務室のベッドに押し込まれた。ここ数日の嵐のような出来事の連続に慣れてしまって、微睡みながら天井を眺めている時間がひどくゆっくり動いているように感じる。そうしている間に夕方になって、アダンが起こしに来たのを機にシランは起き上がった。
「ああ、起きてるな、少年。気分は……あまり良くなさそうだな」
「正直に言うとまぁ……そうですね。でもおかげさまで休めました、ありがとうございます」
「強がらなくていい、俺としてもまだ顔が青いから休ませておいてやりたいんだけどな。団長が話を詳しく聞きたいらしい。動けるか?」
「はい。僕も早くそういうことは終わらせたいので」
じゃあ行くかとアダンがカーテンを開いて、促されるままシランはベッドから降りて外に出る。医務室を出る前にミーネが眠るベッドの前を通った──穏やかな呼吸に胸が上下しているのを安堵する。机に向かっていた医務室員に頭を下げるとお大事に、と見送られた。
そうして連れてこられたのは騎士団本部の中にある執務室である。普段副団長格以上はここで書類と睨めっこをしていることが多いらしい──ミーネにはに合わなさそうだと思った。あの人は太陽の下で斧を振ってる方が似合ってそうだ。
すでにエドは来ていて、山となった書類に埋もれながら忙しそうにペンを走らせている。アダンが開いたドアをコンコンと叩くと顔を上げてふ、と表情を崩した。よく来たなと立ち上がると応接用のソファに移動して、シランにも向かいに座るように促してくる。ソファは思ったよりもふかふかで、思わずはしゃぎそうになったのをなんでもない顔をして飲み込んだ──く、とおかしそうにエドが目を細めたのには気づかないふりをする。
アダンは座らずにドアの前で後ろ手を組んで陣取っていた。それがなんだか引っかかって、は、とシランは気づく。これはただ話を聞くだけではなくて、尋問も兼ねているのだと。アダンの立ち位置は逃げ道を塞ぐ障害物そのものだった。ピリリとシランの体を緊張が支配する。
「改めて自己紹介しよう。俺が国立騎士団団長のエドだ。で、こっちが」
「国立騎士団副団長、アダン・シュヴァリエだ。よろしく頼む」
「……ル・ティーヴァの魔術師、シラン・アヴァです」
「はは、そう身構えなくていい。いい、が君が本当にこちらの……ミーネの味方だと信用できるものが欲しいんだ。俺たちが聞くことには偽りなく答えてくれ。いいな?」
「はい」
「いい返事だ。それじゃあ順番に行こう。まず君たちの出会いから聞こうか」
そうして尋問は始まった。雪山で出会った最初から、彼女に呪いがかかっているのを看破し一つを解いたこと。山を降りて薪割りを宿賃にしたり、村人の手伝いで貴重な一日が潰れたこと。砦で襲われ、犯人を魔術の痕跡を辿って追おうとして刺客に会ったこと。その隠れ家から飛び出して、王城まで駆けてきたこと。
尋問と言いながらエドはまるで子供の話を聞くように穏やかだった。時折呪いや魔術について質問は飛んでくるがそれはミーネに答えたことを繰り返せばよいだけで、ル・ティーヴァの魔術師だからといった偏見も感じない。話し続けて喉が乾いたなとふと手を当てれば、お茶と菓子をメイドが運んできたりもした。あまりにも穏やかなものだから本当に話をしているだけのような心地になってくる。
「……こんなところです。他に聞きたいことはありますか?」
「んん……そうだな。君達はリーズ領の森で刺客に襲われ運ばれた。その刺客の根城がどこにあるかはわかるか?」
「分かりません。ミーネ様なら何か分かったかもしれませんが、僕はあまりこの国の地理に詳しくないので……」
「それもそうか。いやなに、最近高額な金を払って素行の悪い連中を雇ってるお貴族や商人の話をよく聞くものでな。そっちの手がかりも掴めたらと思ったんだが」
「……あの、正直だいぶ難しいと思います。ミーネ様もだいぶ苦戦してましたし、僕ら脱出する時あいつらを縛る余裕がなくて、」
「なら今もそこにいるか分からんな。よし、この話は後だ──アダン、聞いてたな?」
「はい」
いつのまにメモを取っていたのかアダンがペンの手を止める。随分と使い込まれてボロボロになった手帳をパタンと閉じると壁の本棚を漁り始めた。突然のアダンの行動に困惑しているとふ、と穏やかな声でエドが声をかけてくる。
「手柄だ、シラン殿。これで一人、厄介者の尻尾を捕まえられそうだ」
「は?」
「リーズ領領主は貴族院の古株……正確には血筋の古株でな。だが今代の当主はどうにも小物の器だ、はっきり言うと使い物にならん。ならんくせに口と欲は一人前ときた」
「はぁ、」
「……呪いをかけた本人に協力者か指示を出した者がいるやもしれんと言ったな、シラン殿。再三聞くがその魔術師は己が欲で人を殺めないのだな?」
「誓って。彼女の魔術への興味は新たな魔術具の開発や既存の改良に絞られていましたから」
「ならその手を殺害に染めさせようとした奴がいる。ああ、ミーネが……身寄りのない庶民が副団長を拝命するのをリーズ卿は嫌がっていた。魔法だか魔術だかを追ってリーズ領にたどり着いたのなら、無関係ではあるまいさ」
そこでアダンが分厚い本を抱えて戻ってきた。机の上に広げるとばらばらと目当てのページを捲り出す。個人情報があるからシラン殿は見ないように、そして少し待っててなとエドまで資料を見に行ってしまった。呼び出しておいて……と少々不満を覚えるものの、仕方がないので茶菓子を摘みながら茶で喉を潤すことにする。さすが王城、大変美味だった。
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