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まもののかどわかし  作者: toe
まもののかどわかし
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19.けっちゃく

鷹を追って走り続けて朝が来た。朝が来て、夜が来て、また朝が来る。シランの魔術のおかげで痛みは感じないし息が切れることはない。ただ時折シランを休憩させるために立ち止まって、川に顔を映して心臓がきゅうと引き絞られる。手首や首まで紋は随分と侵食して色を濃くしていて、嫌でも残り時間を意識させられる。最近体が焦げ臭いのも関係しているかもしれない。


休みなく走り続けていたせいで騎士のブーツは穴だらけになっていたし、足は豆だらけ水ぶくれだらけで酷い有様だった。けれど痛みはない。反動が恐ろしいと感じながらまた抱えて走る。その繰り返しが三度目になった夜、たどり着いた先は王城だった。


見張りの目を掻い潜って城壁を登って、その先で獣が窓を破るのを目撃する。それを確認したシランの行動は早かった──星座が組み合わさった煌めく道を作り出して、そこを駆けろと指示が飛ぶ。踏み込めば足元でシャリ、と軽やかな音がした。そのまま駆け抜けて、破られた窓から飛び込んで──獣が壮年の男性に向かって突っ込んでいくのを視認する。咄嗟に飛び降りて、気づけば手に握っていた剣で殴り飛ばしていた。


「あぁ、やっぱり頭は効くんだな」


「あっぶなぁぁ間に合った……!……着いたんで降ろしてくださいよ、騎士様!」


「あぁ」


シランを降ろしてふと壮年の男性に視線を向ける。私はこの人を知っている──直感でそう思った。闇の中でも輝く白金の髪も、皺がより始めた目元も、青みがかった緑の瞳も覚えがある。思わず膝をつきそうになった時、さらに背後から声をかけられた。


「……ミーネ?」


振り返れば剣を構えた黒髪の騎士が唖然として女騎士を見つめていた。


ああ、と思う。何度も夢の中で声を聞いた。全てを忘れても、この声は私を呼び続けていた。過去を覆った暗闇が、亀裂が入って割れていく感覚がする。私の名前。私の記憶。私の過去。色鮮やかな記憶が泉のように溢れ出してくる。


「あぁ、……私の名前は、」


手の中の剣がどろりと溶けて、ハルバートの形を取る。殴り飛ばされた獣はやっと立ち上がって、ふらつきながらこちらを睨みつけていた。じわじわと呪いが侵食する。顔まで紋が這い寄っている──それでも女騎士は余裕な笑みを崩さない。記憶さえ戻ればこちらのものだ。なんせ彼女は、


「私の名前はミーネ。国立騎士団副団長、双璧が一。金鹿(きんじか)の異名を持つ、オルヴェン最強の騎士だ。──お相手願おう、呪いの獣」


ミーネが名乗りを上げた瞬間、エドワルドが持っていた鍵のポーチが呼応するように輝いた。ぼろりと頬を蝕む紋が発光して剥がれていく。


──オォ!!


それが気に入らなかったのか獣は雄叫びを上げて襲いかかってきた。振り下ろされる爪を半歩引いて避けるとハルバートを持つ腕に力を込めて、思い切り薙ぎ払う。刃先を避けるようにぐにゃりと首を落とした獣を追って、ハルバートが軌道を変える。巨大な斧を自由自在に操って、ミーネは獣を追い詰めていく。


やけに手慣れていた斧の扱い。剣に感じていた動きづらさ、耳障りだった鍔迫り合いの音。剣を振るには過剰な体力と筋力。それら全ての謎が解けていく。自分の戦い方は初めからこうだった──ハルバートで広範囲の露を払い、それでも潜り抜けてくる相手を隠し玉の拳で吹き飛ばす。


いつかの戦闘とは一転、凄まじい勢いで攻め込むミーネに獣は戸惑ったようだった。ぶんぶんと四方八方から首を落とさんとする刃を避けるのに必死なのかもしれない。呼吸さえ千々にしそうな連撃は止むことなく、獣を確実に追い詰めていく。


そして、幕切れは唐突に訪れた。


「これで終わりだ、呪いめ──!!」


大きく踏み込んだその一振りを、獣はぐにゃりと上に首を伸ばすことで回避した──回避したつもりだった。目の前で浮いた女騎士の体がぎりぎりと音が鳴りそうなほど身を捩って──獣は悟る。踏み込みはブラフだった。自分の頭をあえて逃がして、逃げ道を奪うために振り下ろしたのだと。


大きく一回転した斧の刃は獣の顔を叩き割り──そのまま体ごと真っ二つに引き裂いた。


──オォオオオオ!!!


呪いが断末魔を上げて消えていく。その体内から逃げ出すように、あるいは標的を最後まで捉えんとするように呪詛が手を形作ってミーネに襲いかかるが、それらは全て矢のような星座に撃ち落とされた。いつのまにかけたのかミーネはもちろん、この部屋にいるアダンとエドワルドにもシランの加護がかかっている。抜け目のない見事な天才だった。それがなんだか誇らしくて、ミーネは笑う。


そうして獣が霧散する。遠くの空が白んでいる。朝が来た。


「……ミーネ、ミーネか?!」


「ミーネ!」


聞こえる二人の声に振り返って、ミーネは微笑む。やっと帰って来れた。ここは私の居場所で、帰り道だった。やっと、たどり着いた。

エドワルド。自分が仕える王弟であり、騎士団の上司。

アダン。肩を並べる、呼吸を共にした──古くからの友人。


「……こんな姿で、申し訳ありません。“金鹿”ミーネ、ただいま……」


不意に体の力が抜ける。視界が暗転する。全身を蝕む痛みが意識をぶつんと断ち切って、その場にミーネは崩れ落ちた。

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