14.しかくのひそむよる
今年もよろしくお願いします。
早速戦闘シーンです。
前回より痛々しいのでご注意ください。
どれくらい走り続けたのだろう、気づけばすっかり夜だった。魔術の鷹が漆黒に闇の中でぼんやりと浮かぶ中すん、と鼻を鳴らした女騎士がシランを制止する。
「騎士様?」
「土の匂いがする。……森だ」
「はぁ、それで?」
「夜の森は危険だよ。一度地図を確認しよう」
そう言うと渋々と言った調子でシランも立ち止まって、先行していた鷹を呼び戻した。ぼんやりとした灯りの下、広げた地図はひどく見づらい。陽の沈んでいった向き、満点に輝く星と月の位置、闇の中で聞こえる水の音、月光に浮かぶ景色。それらと地図を照らし合わせて現在地を推測する。
「分かるんです?」
「分かるよ。……今はこの辺りだろう」
言いながら地図を指先で叩く。ヘルゼと真逆の位置だ──ガーラの砦から東に進んだ先にある都市。商人達の巣箱と有名なリーズの郊外、否領内の外れにある森の前。この森の先にあるのはリーズを統べる領主の別宅くらいだろう。
雲が晴れて月光が濃くなる。青白い光に照らされたシランの顔は疲労の色と狙いを付けた猟犬の目をしていた。肩に乗った鷹の魔術が羽ばたいて浮き上がる。
「……物凄く怪しいじゃないですか、この別宅」
「シランの魔術も森を突っ切ろうとしてたみたいだしね」
「……。ここに、あいつが……うわっ?!」
瞬間、白銀の一閃を月光が舐めた。咄嗟に騎士がシランを突き飛ばして自身も身を屈める。グシャリと握りつぶした地図を乱暴にポケットに突っ込んで剣を抜くと、シランを背に庇うように立ち塞がった。肌がびりびりと殺気立つ。月光で照らされたその場には自分達しかいない──闇に沈んだ森の中に潜んでいるのか、それとも背の高い草原に紛れ込んでいるのか。突き飛ばした際に鷹は空高くに飛んだらしく、灯りは月光に紛れてわからなくなった。シラン、と低い声で呼ぶ。
「怪我は」
「な、い、です、」
「ならいい。動くな。身を隠していろ」
そう指示するとシランが身を縮こまらせて息を殺したのを背に感じた。それでいい、と頷いて索敵に神経を尖らせるが、静寂が支配して探り切れない。ただ、森がざわめいている。おそらく、相手は一人じゃない。
敵は獣だけじゃない──自分達の追う魔術師は人も手下にしているのかもしれない。その可能性が抜けていたことに騎士は小さく舌打ちをする。この夜に光源を持って佇んでいれば敵からは丸見えのいい餌だ──森に入る前に一度止まってよかったとそこだけは自分の判断を褒めることにする。鈍く響く頭の傷が思考をばらつかせてこれ以上思考するのは難しいと判断した。
息を吸う。吐く。目を閉じて剣を握りしめると指先が痺れて力が抜けそうになった。この戦闘だけは持たせなくてはいけないと気合いを入れ直して、
──ギィン!
背後から迫る刃を間一髪で受け止めた。黒い影は自分と同じぐらいの体躯をしている。得物は短剣のようだ。顔を隠す頭巾でよく見えないけれど、この重さはおそらく男だろう。
観察するように目を見開いて短剣を捌くと影はく、と喉を鳴らして笑った。弾かれた勢いそのままに女騎士の肩を蹴って宙へ飛び退く。視界から外れたのを一瞬目で追って、音もなく迫っていた二人目を蹴り飛ばした。頭上から降ってくる短剣を再び受け流して、弾き飛ばす。
「上手いな、ココで殺すとしたらもったいない」
「……刺客か」
「ハハ、心当たりはあるだろ?騎士殿?」
三人目が死角から飛び出してきた短剣を剣のつかで思い切り叩き落とすとその勢いで腹に拳を叩き込んだ。ごふ、と口を押さえて蹲るのをシランから遠ざかるように思い切り蹴りつけて、せせら笑う首魁らしき男を睨みつける。その隙を縫うように襲いくる器のつぶてを振り払って、短剣を突き立てに来た首魁と鍔迫り合う。ギリギリと金属が擦れる音が耳障りだった。
ぐ、と首魁の顔が近づく。それは心から楽しげで、嬉しそうで、どこかうっとりとした声音だった。
「もったいねぇなぁ!アンタなんでこんなコトに巻き込まれてる?」
「知らないな」
「本当にもったいねぇよ。酒場でアンタを口説きてぇモンだもんな!」
ギャリ、と剣が擦れて首魁がひらりと身をかわす。追いかけるように剣を振るが深追いはしない。
シランを守るためにはここを動くわけにはいかないし、魔術を使わせるわけにいかない。直感で体が動くままに剣を振り下ろしては薙ぎ払い、近づけば拳を出して蹴りで跳ね飛ばす。シランと自身の安全を確保しつつ、けれどいかに相手を退けられるか、そして情報を得られるかを必死に思考し戦闘を繰り返す。相手の人数は数知れない──三人は確認したし一人は確実に潰した。
「誰に雇われた?」
「素直に吐くと思うか?」
いいや、と首を振って剣を構える。素直に答えるならこんな苦労はしていない。全員を倒して尋問するかと思考を巡らせたその時、軸にしていた左足を鋭い熱がつんざいた。思わず足に目をやれば──ばふばふと鼻息荒く足に噛み付く、昨夜襲われた獣によく似た小さな姿。ゆらめく体毛、傷口から広がる痺れと痛み。シランが悲痛な声で自分を呼ぶのを遠く聞きながら、本能的に騎士はその頭を叩き割る。
次の瞬間、眼前を影が覆った。
「悪いな、騎士殿。オレ達の勝ちだ」
暗い視界に星座が舞う。思い切り殴られて、右足を刺された。
ぶつんと途切れる意識の直前で思ったのは、つい最近も見たななんて呑気な感想だった。
よろしければいいねや⭐︎評価、感想等お願いします!




