15.まじゅつしのどうこく
虚な意識が浮上すると、体が熱くて寒くておかしくなりそうだった。
両足が燃えるように熱い。頭が締め付けられるように痛い。片手が突き上げるような痺れと痛みで動かせない。瞼はまるで縫い付けられてるように開かなくて、苦しい、とうわ言を言った気がする。するとひやりと氷のように冷え切った手がおでこに当てられて、それで少し呼吸が楽になった。
ごめんなさい、と子供が泣いている声がする。小さな手のひらの、無力を嘆く声がする。そんなことはないよと抱きしめて証明してやりたいと心から思った。君は十二分に頑張っていて、何かを謝る必要はない。だって、君は、君は──
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血まみれになって気絶した騎士を人質に取られ、短剣で脅されたシランには抗う術はなかった。身ぐるみ剥がされ連れてこられた半地下のボロ小屋に蹴飛ばされるように中に押し込まれて、女騎士もぽいと放り込まれる。騎士の足がどんどん赤くなって、反対に顔はどんどん青ざめていく。頭が真っ白になって必死になって傷をおさえるシランにぽい、と治療具が投げ込まれた。
「……どういうつもりですか」
「オレその騎士殿タイプなんだ。だから手当させてやるよ、終わったらお前は縛るけどな」
笑う首魁が語るのはくだらない理由だった。それでも、今は縋るしかない己が悔しくてシランの目に涙が浮かぶ。妖精石を奪われた今魔術を行使することは難しい。監視がある前で汚れた傷跡をきれいにするために騎士の服を脱がすのも嫌だった。震える手でできる限りズボンの汚れを拭い去って、布を当ててしっかり包帯を巻いてやる。
どうすればここから逃げ出せるか考えつかない。否、これ以上どうやって抗えばいいかわからない。この人を助けることを諦めたら外に出られるんだろうか。その時自分の契約はどうなるのか。最悪の場合契約破棄とアカデミーの仕事も不達成でオルヴェンからもル・ティーヴァからも追放でもされるだろうか。ここまで考えて、自分のことしか考えていない自分にシランはほとほと嫌になった。
苦しい、と消えそうな騎士の声がした。意識が戻ったのかと顔を覗くが反応はない──うわ言のようだ。緊張で冷え切った手をそっとおでこに当ててやると少し呼吸が穏やかになった気がした。
「……ごめんなさい」
ぱたぱたと頬に雫が降って、泥だらけの頬に白い筋を残していく。もっと上手く立ち回ればこの人はきっとこんな傷だらけにならなかった。最初から相談して、自分の隠し事も全部打ち明けて、推測も話して、そうしていたらきっと──今頃呪いも解けて彼女は元の場所に戻れていたのに。自分一人じゃ、苦しむこの人のいい騎士の怪我を治してやることも帰り道を見つけてやることもできぬ。
──なんて無能な天才だ。
手当を終えたことを確認した荒くれ者がシランを縛って床に転がしていく。半地下のこの部屋には陽の光は入らない。もう今が朝か夜かわからなくなった。
♢
女騎士は目を開けた。全身が怠く息苦しい。やけに冴えた頭は熱を持っていて、おそらく発熱しているらしいと悟る。起き上がって、立ちあがろうとして足に力が入らずベッドから転げ落ちた。……いや、これはベッドですらない。雑に積まれて木箱の上だ。
落ちた拍子に全身を土に打ち付けて痛みに顔をしかめながら、あたりを見渡せば暗い小屋の中にいることを悟る。隅に蹲るシランを見つけて、ほ、と騎士は息を吐いた。どうやら外傷はない。這いずりながらシラン、と声をかける。
「……き、しさま?」
「良かった。怪我はない?」
蹲ったままシランは動かないが、かろうじて首を振ったのは確認した。良かった、と安堵してここに至る経緯を思い出す。森の近くで戦闘になって、両足を潰された。その後の記憶はないが要は自分たちは敵の手に落ちたのだろう。壁伝いにどうにか立ちあがろうとして、激痛が走る両足では踏ん張れずまた床に転がった。痛みと熱で視界が歪んで、目が回る。けれど騎士は諦めなかった。諦める気は毛頭ない。
「……無事ならいい。なんとかここから出ないと」
「……」
「ドアは……あそこだけか。この足じゃ蹴りは使えないな。武器さえ手に入れば……木箱を壊せば棍棒代わりにはできるか?」
「……」
「シラン、下がっているといい。またちょっと荒っぽいことになるけど、隙を作るから君は逃げ出せばいい。あとでちゃんと追いかけて──」
「いい加減にしてくださいよ!!!」
悲鳴のような、涙に濡れた声だった。驚いた拍子に力が抜けて、掴んでいた壁からまた地面に転がり落ちる。ひ、としゃくりあげる声がして、シランの頬を星粒が流れていくのを目にして息を呑む。絶望に染まって、無力に折れて、自罰に走る傷だらけの目だった。傷のない、けれど目を真っ赤に晴らして血の気の引いた顔で騎士に向かって泣き叫ぶ。
「そんな!足で!戦えるわけがないじゃないですか!歩くことすら出来ないのに、立つことすら出来てないのに!なんで、こんな、」
「シラン、」
「なんで諦めないんですか!なんでまだ戦えるとか思ってるんですか?!アハッいいですね、騎士様はまだここでもなんとかなるって思ってるんですね!ほんと、……」
がくり、首が折れる。涙が地面を濡らしていくのが見える。傷にない体。多少汚れているがまだまだ綺麗な彼の服。満身創痍の騎士とは正反対の綺麗な姿を、魔術師は恥じるように身を縮こまらせて、
「……なんで、責めないんですか、なんで、何も聞かないんですか……」
消えそうな声で、そんなコトを口にした。
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