十三話 線路の上
「パパ~。起きてよぅ。大変、ここ何処~?」
子供達が和頼を揺する。すると、みよが和頼の少し伸びた髭に気付き、ほっぺたをスリスリとくっ付け始めた。
「きゃはっ。くすぐったい」
「私もする~」
かわるがわる頬を摺り寄せる。
お腹の上にうつ伏せに乗り、和頼の顎におでこをこすり付けたりもする。そんな中、もえみがカーテンを開けると、陽の光が和頼の瞼を照らした。
「ん~ん~。もう朝か? 何時?」
和頼の台詞に、まやかが八時半と答えた。
和頼が寝てから約三時間。眠い目を擦りながら大きな欠伸と共に目覚める。子供達全員にその欠伸がうつる。
「パパ、おしっこ行きたい。どこ?」
「私も~」
なずほとゆりなの言葉に、和頼は一気にベッドから飛び起きる。そして、部屋を出ると既にチェック済みのトイレへと誘導する。
「ここだよ。揺れるから二人共気を付けてな」
頷くと二人は急いで入る。
トイレは全部で三つ。少ないと言えばそうだが、和頼が所有いているトレーラーハウスはトイレが一つのもあり、子供達が我慢できずに、お風呂場でしてしまったというエピソードに比べれば、随分と良心的だ。
今回はたまたま来客が多いだけで、家族で使用するならば三つは充分過ぎるかも知れない。
和頼もトイレに入った。出てくるとみよやまやか達も全員きた。やっぱりトイレと、もぞもぞしている。
皆が用をたし終えると、小さな洗面所で、スペアミント味のマウスウォッシュを順番に口に含む。
ガラガラ、クチュクチュと漱ぎ終えると、指で歯の具合を確かめる。
「うん、キュッキュしてる」
本当なら歯磨きをしたいが、ヘタすれば洗面所さえないと思い、その時はうがい薬をトイレに吐き出すつもりで用意したのだ。
部屋に戻るとすぐ着替えを始めた。
「パパ。今日おはよう言った?」
「あ、そうだね。おはよう」
「おはようパパ」
皆が挨拶を交わす。
そして早速問う、ここは何処と。
和頼は、これが予定してた電車だよと告げるが、子供達は、車に乗った記憶さえなく、目覚めてすぐ電車の中というのが信じられないようだ。
「電車? 家みたいだね」
楽しそうにしているが、乗る前ほどははしゃいでいない。
「お腹減った~。どこかで下りるの?」
「いや、下りないよ。途中で運転手さんの交代はあるみたいだけど、途中下車とかそういう予定は書いてなかったな」
予定表を思い出しながら和頼が笑う。
「ごはん、食べに行こうか」和頼の言葉に子供達も頷く。
部屋を出てキョロキョロしながら車両を移動する。するとすでに大勢の者が席に着いていた。
「お早う御座います美輪さん。お先に頂いています」
「お早う御座います」通路を通りながら和頼も会釈する。
何処に座ろうかと迷いそうになった時、スタッフが案内にきた。
「美輪様、お早う御座います。御席はこちらになります」
四人席が溢れる中、美輪家の席だけ特別に用意されていた。
子供達は恒例のあっち向いてホイをし席を決める。するとそこへ、悦苗と留寧が寄ってきた。
「お早う御座います。昨日はありがとう御座いました。これ、上着です。本当は、クリーニングしてお返ししたいのですが、お寒いかと思いまして」
「どうも。あ、お早う御座います」
「ゆりなのパパ様、お早う御座います。三組、束咲留寧です。昨日はわがまましてごめんなさい」
もじもじとしている留寧の頭を和頼が撫でる。そして「おはよう、留寧ちゃん。ごめんなさいよりありがとうの方が可愛くていいと思うな」と諭す。
留寧は「はい」と頷く。
「ごきげんよう留寧」
「ごきげんようゆりな」
子供達も挨拶を交わす。
「留寧? ちょっと質問だけど、昨日パパと何かあったの?」ゆりなが問う。
すると留寧が少し照れたように「抱っこして寝かしつけてもらった」と俯く。
その台詞に皆が顔を見合す。嘘でしょと疑う。ありえないと苦笑う。
「パパ? 本当? パパが? 嘘でしょ? 私達以外の子を? パパが……ナンでなの? いつ?」
「ぁんで? 嘘。だって私のパパだよ。ないよ」
和頼は怒涛の質問にタジタジにされていく。
吐かせるだけ吐き出させたあと、子供達の頭を撫で「ごはん食べようか」と笑いかけた。子供達も渋々頷く。
「頂きま~す」皆で挨拶する。
束咲親子も席へと戻り、食事を始めた。
まず最初に運ばれてきたのは、パンプキンスープ。
次にサラダの豪華盛り合わせ、次が生ハムの花作りの中に、スクランブルエッグとコーンにクリームがかかった物、ウインナーやスモークサーモン。
そして可愛いバスケットに入った、色々な種類のパン。
最後は、キュウイやイチゴなどのフルーツに、ヨーグルトのかかった物。
飲み物はフルーツジュース、野菜ジュース、ミルクやコーヒーから選べるようになっていた。
楽しそうに雑談しながら食べていく美輪家。そして――。
「ごちそうさまでした」残さず食べたテーブルにナプキンが散らばる。
立ち上がる子供達にスタッフが近づき、何かを手渡してきた。
「御嬢様、どうぞ、これをお使い下さい」
モコモコとした手持ちの棒をみよが眺める。するとなずほが、徐に服に付いたクロワッサンをはたき落とす。それを見て、皆もパンくずを払っていく。
綺麗になった服でくるりと一回転すると、ニッコリとした顔でポーズ。
そして和頼に「このあとどうするの?」と尋ねた。
「そうだなぁ。ん~、外の景色でも見ようか」
「お外を見るの?」
子供には退屈な提案だ。和頼も退屈かなと思っているが、電車内ですることなど思い当たらない。けど、元々が紅葉を見るといった趣旨だったから仕方がない。
子供達も電車でお泊りという物珍しさに魅かれただけで、その目的も、果たしてしまった。あとは明日の終着時間まで暇を潰すしかない、ということだ。
美輪家より早く食べ終わった者達が、和頼の元へと改めて挨拶にきた。父親達はあまり寝ていないのか、それともお酒でも入っているのか、白目の部分が、だいぶ赤らんでいた。
「さて、これからどうしましょうか。美輪さんはどうされます?」
「外でも眺めようかと思いまして……」
「いや、それはあまりおすすめできませんよ。大人はまだいいですけど、お子さんは酔ったりしますから。前にウチの息子が――」
意表をついた言葉に、なるほどと感心する和頼。
確かに自分も、大阪支店まで新幹線での移動時に、本を読んだり外を眺めて少し酔ったことがあったのを思い出した。
体調にもよるが、特に一人でじっと外を見ていると、そういうこともある。
「ちょっと銭葉さん。なにを今回の趣旨の、全否定みたいなことおっしゃってるんですか」
仲込が焦ったように割り込んできた。
軽い言い争いのまま、とりあえず、先頭車両にあるという展望車へ移動することになった。
一方その頃。この列車の停車予定駅に数台の高級車が先回りしていた。
成見家。財前家。富蔵家。幸坂家。奏枝家。喜多河家。柴宮家。その他多数。
「どうします?」
「どうするもこうするも、強引に乗り込むしかないですよ。このまま引いてたら、それこそウチの会社まで衰退しますから」
何かに追い詰められているように焦っている。
女性同士の裏の駆け引きと同じように、お金持ち同士の駆け引きもまた、一般の者には到底計り知れない世界なのかも知れない。
先頭車両からの景色を堪能する美輪家は、全身で詰まらないと感じていた。
確かに凄く綺麗だし、写真とは違う味わいもある。しかし、五分でイイ。
美術館なら、色々な作品に移動できるが、ここでは同じ絵、もしくは同じ作者の作品をずっと見続けている感じだ。
トンネルや鉄橋などがあればいいが、そう都合良くはいかない。仮にあっても、その間隔は果てしなく遠い時間。地形に依存しているから当然だが、遊園地にあるような無駄のない楽しみ方ができない。
「いや~、飽きましたね」金築が口を開く。
「確かに。よくて一時間が限度ですね」宝生も言う。
それを仲込が不愉快そうに見ている。
和頼も子供達も、正直、金築や宝生よりも退屈が溢れている。他所の子供達も、行儀良くはしているが、我慢している感じだ。これが現実。
「あの、美輪さん。ウチの娘が、昨日のお礼に一曲ダンスを披露したいと、言ってまして、もし宜しければ見て頂けますか?」
「ここで、ですか? 揺れて危なくないですかね?」
広さ的にも揺れも全然平気だという。
すると、他の親御さん達がそれはいい余興だと騒ぎ出した。
「いや、ウチの娘も踊れますよ」吉形家も口を挟む。
「それなら、ウチの娘は大会で優勝していますし、相当な実力ですよ」豊増家。
何やら不穏な空気が漂う。
自分の可愛い子供のこととなれば、親は目くじらを立てて争うのは何処の家でも同じ。更にプライドの高い者同士となれば、それはヒートアップする。
「面白い。それじゃあ、美輪さんに決めてもらいましょうよ」
「いいですよ。そのダンスバトルやりましょうよ」
女の子を持つ親達が争い出した。
「いや、俺はそういうの詳しくないし、ダンスがどうとかいうのは……」
必死に拒む和頼に、皆が言う。和頼以外の者では、自分の娘に有利な採点をし、そうなる為の小細工で、ヘタの子に票を流す恐れもあると。
つまりややこしくなると。
どうせポイントになるのは、公平な立場で見れる和頼ただ一人にかかると。それならば最初からと。
「そんな、ダンスのバトルって、やめましょう。恥ずかしいですよ」和頼は拒む。
「美輪さんが言うように、大人げないし、恥ずかしいですよ皆さん」仲込も言う。
和頼の言う恥ずかしいと仲込の言う恥ずかしいの意味はまったく違う。大の大人が娘のことで争うなんてという主張の仲込と、ダンスでバトルという発想が恥ずかしいし、その審査をさせられるなんて困るという恥ずかしさ。
しかし、振りかざした拳を何もなく下げる術はなく、また、子供のダンスを披露したい気持ちもあり、話は進んでいく。
そこに居る者達も、これ以上景色を見続けるのも、それこそ酔ってしまいそうで怖いといった考えに至っていた。
「分かりましたよ。それじゃ、改めて誰が勝者とは決めず、それぞれが、心の中で選べばいいのでは、ウチはそれでも構いませんよ。なにせ、実力の差は歴然としていますから」豊増家はいう。
仲込は、自分も午後に出し物を用意しているから、あまり派手なことされると、それらが霞んでしまうからと困っていた。
すでに景色で失敗しているから焦っている。
女の子達が部屋へと戻る。着替えか何かだろう。
それにしても、そんな用意がされていること自体不思議でしょうがない。
いつでも踊れます、ということなのだろうか。
「パパはあの子達のダンス見るの?」
「んっ? まぁ、そうなるな」
もえみもなずほも不愉快そうにしている。もちろん他の娘達も渋い顔だ。
電車内のスピーカーなのか、それともネット放送の者が用意した物からか分からないが、大音量で派手な音楽が流れてきた。
するとそこへ綺麗な衣装を着た子が走り込んできた。――束咲留寧だ。
和頼はその衣装を見てすぐにピンとくる。それはひとつ前のデザインで、自分が娘達にデザインしてあげた物の色違い。それも百五十万はする代物。
ピンクのストーン地にレオパード柄のようなキスマークをアメジストとトパーズで描き、恒例のコルセットにアミアミの紐。スカートも金魚のように、フワフワの四段重ね縫い。至る所に光る宝石が散りばめてある。
「いっくよ~」留寧が和頼を指さす。
和頼はそれにドキッとし驚く。美輪家の娘達は眉をひそめた。
ノリノリの曲に合わせ可愛く舞う。まるでアイドル……に憧れた子。
ただアイドルには遠く及ばない。プロと素人の差は歴然としている。
しかし和頼は、目の前で可愛く踊る留寧を見て、やはり小学生の若さは無敵だと実感した。
見ている内に段々と引き込まれていく。
そして和頼は思い出す。自分が小学生だった頃を。それこそアイドルも、一流のスポーツ選手も、テレビの主役も、映画のアクションスターさえ、憧れはしても、自分の方がいつかきっと凄い人になれるって、信じて疑わなかった日を。
それは和頼だけではなく、大抵の小学生はそういう自信に満ち溢れていた。
だから、どんなスターが来ても、本当の主役は自分だと振る舞う。
あの頃は皆……そう未来を信じて立っていた。
和頼はそんな幼心を少しだけ思い出した。
それ程までに、留寧のダンスは自信満々で可愛く、ヘタな部分が垣間見えても、伸びしろにしか思えない無敵さがあった。
曲が終わる少し前に、留寧が和頼へと近づき、そして首に抱き付いた。
「昨日はありがとうございました」そう和頼に告げた。
大きな音楽が鳴っているが、和頼にははっきりと聞こえた。先程の食事前、謝るよりも感謝の言葉の方が可愛いといったセリフを、覚えてくれていたのかと、胸がキュンとした。
中央へと舞い戻り、音が止むと同時にポーズを決めてフィニッシュした。
和頼が透かさず拍手すると、他の大人達も遅れて拍手する。
娘を持つ親達は、まるで間違えた一本締めのように、一度だけ手を叩いて、まだまだねといった表情で見下していた。
留寧がお辞儀をしながら母親の元へと向かうと、すぐに次の曲が流れてくる。
飛び込んで来たのは、古堂乃子だ。
恥ずかしいくらいのヒップホップ。
和頼は、ただでさえダンスの良さが分からないのに、ここまでハッチャケられると脳内がバグってしまう。
どうにか恥ずかしさを堪えながら曲を乗り越えると、次に益来果鈴が飛び込んで来た。
留寧と同じくアイドルしている曲だ。
可愛く踊りポーズを決める。お尻をフリフリし、笑顔で大人を虜にしていく。
美輪家の子供だけでなく、この年頃の子で、可愛いとされるレベルの子は誰もが魔性の何かを秘めている。仕草一つで男を跪かせる魅力。化け物だ。
キラキラと輝く目。これからを担う真っ白な閃光。
曲が終わると、果鈴は和頼の前に来てお辞儀をした。和頼も「上手だったよ」と目の前で拍手をする。それを見て嬉しそうに母親の元へと駆けていった。
和頼は正直、もう勘弁して下さいとその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。恥ずかしさで破裂してしまいそう。
ダンスの恥ずかしさというよりも、可愛らしい女の子達におもてなしされているようで、耐えられないのだ。
シングルマザーの家が終わると、いよいよ、一番言い争っていた吉形家と豊増家を残すのみとなった。子供が出て来るギリギリまでいがみ合っている。
ただ、実際どれほどのダンスが披露されるかは見てみるまで分からない。
――ただの親バカなのか? それとも本物なのか?
すると、洋楽ダンスミュージックがいきなり流れてきた。機械音と重厚なベースドラムがズンズンと鳴る。
そこへ吉形綾音がノリノリで入ってくる。
一瞬、恥ずかしさが過るが、それを打ち消す魅力がある。
技も凄いし動きもヤバイ。
しかし、全てに優れたそのダンスを見ながら和頼は、綾音の表情に、子供らしさの良さがないと感じていた。
大人達は皆、その多彩な技の数々にどよめくが、プロのアイドルの様な作り笑顔と動きが逆に……。
確かに、エンターテイメントとしてはこっちの方が優れているし、お金も取れるかもしれない。
けど、子供の顔ではなく……恥ずかしい感じの一生懸命さと和頼は感じていた。
子供の頃に、生で見たアイドルを思い出す。年上のお姉さんの作り笑顔と、怖いくらいオーバーな歌や踊り、ストッキングと化粧の違和感。
上手くは言えないが、子供だけが感じ取る、作られた偽物の表情と声と動き……不気味という迫力と印象が蘇る。
曲が終わり、全身で息継ぎする綾音が、和頼の前に来て「私、どうでしたか?」と聞く。
「うん、一番上手だし、プロの子みたいだったよ」と最高の賛辞を述べた。
しかし本当は、留寧の方が良かったと。
似た意味で、果鈴も可愛かったし、もっと言えば、恥ずかしさを感じた乃子のハッチャケ度でさえ、子供らしくて良かったと。
けして綾音がダメだったわけではない。ただ、和頼のセンスとは合わなかった、というだけだ。現に、ここに居る大人達は綾音を絶賛している。それが世の常識。
最後は豊増奈緒だ。
これまたとんでもないグレードのダンス。途中で危険ではという動きもいくつかあり、動く電車内ではやめましょうと、止めたくなるほどハードなダンスだった。
奈緒もダンスを踊り終えると和頼の元へと来た。
「綾音とどっちが上手だったですか?」ハァハァと肩で息をしながら尋ねてくる。
「凄く上手だったよ。ただ、どっちが上かは分からないな。圧倒的な差を付けてくれないと、オジさんダンス詳しくないから。皆の意見はどうなのかな?」
和頼は質問をかわした。
奈緒と一緒に「皆はどっちだって?」と責任転嫁した。逃げた。
皆は、和頼と違い、平気で順位を付ける。
どこにその自信があるのか分からないが、誰がどの程度だと、事細かに採点していく。ダンス知っているの? と聞きたくなるくらいにプロフェッショナル風な、順位を語る。
色々な意味で凄い。世の中には、そういうジャッジメントが多々いる。
デタラメな審査が続く中、美輪家の子供達が立ち上がった。
「パパ。私達のダンスも見てよ。関係ない娘のなんか見てないでさ」
「そうよ。見て、今から踊るから」
そう言って子供達が歩き出した。その途端、ネット放送のカメラが和頼の真後ろへと位置を変え、ピリピリとした空気が流れた。
「二カメラはそこの端からね。動く時に絶対に転ばないでよ、一度きりのチャンスだから失敗したじゃ済まないわよ」
あまりの気迫に和頼が振り返ると、スミマセンとお辞儀して、ここが一番の撮影ポイントなのでと承諾を得てくる。
美輪家の子供達が踊るのは久しぶりだ。三度程イベントで踊ったことがあったが、そのどのダンスもとんでもなく話題になった。
ネットに流れた動画は何度も再生され、ダンス業界からも一目置かれている。
そのことを和頼も当の子供達も知らない。
とはいえ子供達は、基本、ダンスなど踊れない。綾音や奈緒のような知識も技もないのだ。だがそんな子供達のダンスが、巷では、ゴーストパーティや小鳥乱舞、という新たなジャンルとして呼ばれていた。
しばらくすると、美輪家の子供達が通路の方から歩いてくる。全身に長いマントをすっぽりと被る。
マントといっても、本当はただのカッパだ。和頼がデザインした物で、薄い傘の素材を使い、襟とフードの付いたお洒落なカッパマント。
市販の物はどれも張りつくし、機能も見た目もそれほどではなく、どうせなら、とびきりカッコイイレインコートをとデザインしたのだ。
縦一列に並び、車両の手前で止まる。顔が見えているのはみよ。
まだ音楽はなっていない。
すると、いきなりクルクルと横回転しながら車両内へと入ってきた。
マントの広がりがプリーツスカートの様になびく。コマが回るように。
途中でしゃがみ、計六回転してピタリと止まった。
ありえないくらいカッコイイ視線。車内の大人達が生唾を呑み込む。
カメラのズーム音さえ聞こえる静けさ。
次にもえみとなずほが回りながら飛び込んでくる。体に巻き付いた紐を後ろの者に引かれ、まるで時代劇で生娘が着物の帯をクルクルとされているように踊る。
そして舞いながらみよの斜め後ろにしゃがんでポーズを決めた。
俯いた二人のシリアスさが、とても幼くて可愛い。
そして最後はゆりな、まやか、れせの順番で回転して飛び込んで来た。
とその瞬間、車内に曲が流れる。
誰の演出かは分からないが、和頼は子供達を見てドキドキしていた。
連結部分に落ちないで良かったとひと安心。
が、無理して大けがしないでなと、また不安になる。
和頼のそんな気持ちもお構いなしに、子供達は着ていたマントを脱ぎ捨てド派手な衣装で舞い始めた。
小鳥が羽で舞う。良く言えば鶴の舞、分かり易くいえば盆踊り。
ピタリとリズムに合わせ、自由に踊る。
足を踏み鳴らし、途中何回もポーズを決める。
美輪家の最も得意とするポージングダンス。更に、エアーケンカで鍛えた動きも混じる。
すると、ここ二日間塞ぎ込んでいたれせが前へと出てきて、舞い踊る。
和頼はその光景に、ここ数日で一番嬉しい気持ちになった。
れせは指で作った拳銃を両手に宿し、四方八方に撃ちまくる。それを他の子供達が舞いながら避けていく。
音に合わせてはしゃぐ。
百面相よりも顔を持つ子供達が、ポーズを決めながら可愛く笑う。時には冷たく流し目をし、時には誘惑するように顎と片頬を突き出す。
三分ちょっとのド派手な曲の中で、子供達は和頼を誘惑し魅了する。それを和頼の真後ろから余すことなく盗み撮る。
そして静かに曲は終わった。ダンス界の凄い難度のテクニックなどは一切ない。
ただ和頼に見て欲しくて舞うだけの乱舞。
見て見てと全身で叫んでいた。
表情も、指も、髪の動きも、スカートの動きも、いや、逆に決まった基礎ダンスじゃない分、そういった部分を動かす動きをワザとしている。
ダンスをしている動作で、スカートがヒラリ、フワリではなく、そうさせる為に腰や首、膝、足、そういった全てで舞っていた。
「ふぅ~。疲れた~」れせが和頼に抱き付く。
ついでまやか。みよも。
「ずるい」という声と共にゆりな、もえみ、なずほもくっ付く。
「今の撮れた? ねぇ。やった?」
ネット放送の者達がカメラの赤い録画マークを確認する。テープ入ってるよねと今更言う。
子供達が来る前に、何度も確認して「大丈夫」と声だし確認までしていたのに。
撮り終えた途端、興奮して不安になったようだ。
シーンとする車内。和頼に甘える子供達の声だけが響く。
つい先ほどまでの、誰が一番ダンス上手いかという審査は、自然消滅でもしてしまったのだろうか? 止んでいる。
そんなことはお構いなしに、和頼は子供達の頭を撫でる。
れせを抱っこし、髪の毛をくしゃくしゃとする。
「パパ、髪の毛が~くちゃくちゃになるぅ」
れせの可愛い笑顔に喜ぶ和頼。その横で、なずほが頭を差し出しながら「パパ、私のはやらないでね」と嫌がっている。当然、やる。
逃げるなずほの腕を捕まえて、グチャグチャにする。
その光景を皆が唖然と見ていた。
三分ほど時が経ち、子供も和頼も落ち着くと、ようやく周りに目を向けた。
「あれ? もう誰が一番か決まったの?」ゆりなが大人達にいう。
「そ、それは……、お嬢ちゃん達だよ。本当に凄かったし。ねえ」仲込が横に同意を求める。
「ええ。段違いで。ここまで差があると……」
そう答える吉形綾音の父の言葉を、遮るようにまやかが言う。
「私達は関係なしで。だって六人で踊ったし、それにダンスとは少し違うかも」
和頼はその言葉の意味が分かった。
いつも見ている遊びの延長であって、確かに曲やリズムに乗っていたが、モデルが曲に乗せてするポージングが、ダンスかと言えば、少しだけ違う気もする。
限りなくダンス寄りだが、ダンスを知らない和頼も子供達も、それがダンスかは分からない。
ダンスを知り尽くした者がダンスだよと言えば、それが正解で、そうじゃないと言えば違うとなる。そこはプロの目と知識を持つ人だけが決めれることだろう。
「そっか。そうだね。六人だったね。それじゃあ、ウチの娘かな」
豊増奈緒の父親がいう。それに吉形家が夫婦揃って「冗談じゃない。美輪さんのとこが抜けるなら絶対にウチの娘。さっきそうまとまりかけたでしょうが」と。
何がどうまとまりかけたのかは分からないが、まったく決まらなそうだった。
この中で、和頼ただ一人だけが『それぞれが心の中で決める』ンじゃなかったかと、始まりの約束を思い出す。しかし、世の中は大抵あやふやで適当なものだ。
大人達が話していると、次の駅で一端停車し運転手の交代を行いますと、車内にアナウンスが流れた。
和頼は子供達に「トイレに行きたくない? 大丈夫?」と確認する、と「大丈夫だけど込むと大変だからいく」と言い、トイレへと向かった。
トイレの前に並び、順番に用を足していると、そこへ星丘が走ってきた。
「すみません。つい寝過ごしてしまって」
「いや、大丈夫だよ全然。それよりも疲れは取れた?」
「はい。本当に済みませんでした。疲れは完全に取れました。もうすぐ十一時ですので、六時間近く寝てしまって……」申し訳なさそうに星丘が反省している。
和頼と子供達が、お腹減ってないのと聞くと、今起きたばかりなので、お昼まで待っていますと畏まる。
トイレも済み、先頭車両へ戻った時、丁度電車が駅のホームへ着いた。十分ほど停車しますというアナウンスが流れてすぐ、車内が慌ただしくなってきた。
ダンスの順位うんぬんではない。
駅のホームから招かざる客が乗り込んで来たのだ。
「ちょっと、何を勝手に人の所有車に乗り込んできているんですか?」
他の者達も仲込側へと付き、侵入して来た者達を排除にかかる。
しかし――。
「冗談じゃない。これは卑怯過ぎる。どうしても出てけというのなら、美輪さんも一緒にこの電車を降りて頂きたい。それなら喜んで下りる――」
何とも言えない言い合いが続く。まったく話が掴めない。
子供達同士も向かい合い、敵対するように牙を剥く。
「陽時、ズリィ~ゾお前。なに美輪さん独り占めしてンだよ。他のヤツはしらねぇけど、俺とは友達だったンじゃないの? 何で誘わねンだよ、裏切りかよ」
財前雅幸が目をしかめる。仲込陽時は困ったように言い訳しだした。
「だって、船の時に呼んでくれなかったジャン。それに……」
「しらねぇよ。アレ、大護の誕生会なンだから。それに俺も勝手に紛れ込んだし」
そこら中で口論していく。
「とりあえず、ここは私の電車ですから出て下さい」仲込が強くいう。
「だから、出てもいいけど、それなら美輪さんにも出てもらいますよ。美輪さんはあなたの所有物じゃないでしょ? 私らは美輪さんに用がある」
スパークする火花がチリチリと美輪家に降りかかる。そして当然のように――。
「美輪さん。頼みますよ。電車、詰まらないですよね? ネットでずっと確認してましたけど、昨日の夜も、話が合わないようでしたし、降りませんか? 私共で、美味しいランチをご用意しますから」
奏枝のそのセリフに、銭葉や金築が、話は盛り上がったと割って入る。
更に富蔵が和頼に問いかける。
「なんでウチの息子の誕生日会は断って、仲込家のは参加なのですか? あんなにお誘いしたじゃないですか?」
和頼がその問いを軽く受け流そうとしたその時、横からみよが飛び出してきた。
「光徳のお父さん。なんでパパのせいなの? 断ったのは私達だけど、文句があるなら直接私達に言えば? 何? 私は断っちゃダメってこと? ですか?」
みよが大分キレている。それに富蔵が困っている。
美輪家の子供にヘタな口を利けば、和頼の導火線に火が付くのは知っている。
和頼本人に対しては、ある程度の許容範囲があることは見ていて分かる、しかし子供達のことは即死事故。
「みよちゃんごめんなさい。お父さんのこと責めているのじゃなくて、どうしてもお友達になりたくて、必死なの。だからつい、ごめんね。この通り」
頭を下げる富蔵の態度に、和頼の怒りは沸いていない。
しかし、困ってはいる。
確かに電車もつまらない。子供が男の子なら電車に興味もあるだろうけど、運転席さえ見にもいかない。このまま夜まで楽しくいられる自信もない。かといって、電車を降りて楽しいことが待っている保証はもっとない。無計画過ぎる。
謝られたみよも、パパに文句言わないなら許してあげると引っ込む。
元々、美輪家の子供達は大人に偉そうなことを言ったり、基本は食って掛かることはない。実際、みよだけである。それも和頼が攻められた時にのみ、勇気を振り絞っての反撃だ。
子供達は皆、パパを守りたくて必死なのだ。
子供とは、時に、親のことでそうなることがある。
貸積と甘値が成見と幸坂と言い合う。母親達もヒートアップしている。
「美輪さん。ウチも引っ込みつきませんよ。お願いします、少しはウチとも仲良くしてくれませんか?」奏枝が和頼に直談判に入る。
聞こえてくる会話から、切羽詰った状況に陥っているのは読み取れる。
ただ、だからといって和頼がそうですかと動くことも出来る訳がない。それこそ大事になる。
それにしても、一体、この必死な状況は何? と不思議がる和頼。
和頼には、仕事関係に何かの影響が出ているのかもと、薄ら浮かぶ程度が限度。
裏で何がどうなっているかは分からない。
そして、この争いの思惑に、美輪家の娘達を、息子の花嫁にするという計画があるなど、和頼にも美輪家の子供達にも分かるはずもなかった。
好きな子を横取りされそうで怒っている男の子達。
もし、美輪家の子供が、自分の我が子になってくれたら、どれほど凄いことかと夢見る大人達。
更に会社も絡む。金も絡む。
美輪家の子供達を通じて、最低六家族が親戚となる。この絆もデカイ。
色々な思惑が交差し、和頼も子供達も困っていた。そんな中、シングルマザー達も動き始めた。
この者達の狙いは子供ではなく、和頼本人だ。和頼の妻の座を狙っている。
もちろんここで口論している者達に悟れたら大変だ。何せ妻といえば、美輪家の半分の権利を保有する存在。子供達の上に立つ事になる。その思惑を知られれば、当然、電車には乗せてもらえていないだろう。
表向きは、娘が仲込家の息子に好意を持っている的な体だが、そこには裏の裏がある。今この場にいる誰しもに、裏があり思惑がある。
それぞれが自分の欲と策を実行に移す。何も気づいていないのは美輪家だけ。
「美輪さん。この前みたく、何かいい提案はないですか?」喜多河がいう。
「提案? どういうことですか? 意味が分からないですよ、それ」和頼も問う。
一斉に皆が黙り、和頼の方を見る。そして何かを求める様に凝視しする。
「船での争いを収めてくれたじゃないですか」
和頼はようやく喜多河が言わんとしていることが理解できた。つまり、ここでもあの時と同じように、それなりの強引さで治めて下さいという趣旨の様だ。
これ以上どう話しても治まる訳がないと、当の本人達も感じているのだろう。
「分かりました。それじゃ、皆さんで勝負するしか方法はないので、ここは、私の仕切でバトルでもしてもらいましょうか。抜ける者は敗北者として扱います」
和頼はそういうと携帯電話を取り出した。
「もしもし、井辺さん。来週の土曜で会場を取って欲しい。これは今までよりも、大きな規模になるから。そうだね~、賞金総額は約一億ちょっとかな。うんそう。ネットで参加者募るから。単純なゲームにするつもりだけど。いや、まだ何も考えてなくて。じゃあ、そういうことで、大至急準備だけは、宜しく頼みます。はい、はいどうも」
携帯を切ると、そこに居る皆を見渡す。
「そういうことで、ウチのイベントに参加してもらいますね。参加費は、一家族一千万円。皆さんのプライドや会社の威信を賭けてやり合いましょう」
ざわざわと波立ち、そこからふつふつと沸騰しだす。
「いいですね。この前のボートの仮も返せますし」
富蔵光徳の父、謙司が腕組みをする。それを見て「ほう、まるで自分が勝つとでも? 勝負事なら銭葉の右に出る者なしってね」と高笑う。
それぞれが己の強さを自慢し始めた。
「それでは、イベントから降りる者はなしですか? 分かりました」
「ところで美輪さん、どんな勝負ですか?」
「まだ何も決めてはなかったですけど、今決めました。本当は二、三日しっかりと考えようと思いましたが、皆さんの会話から大体のこと分かりましたから」
ゲーム内容がどういったものなのか興味津々の様だ。肉体を酷使するものならば若さが物を言うだろうし、それによって相当勝敗は左右される。
「まず、第一のゲームは、ラジコンヘリの撃墜合戦」
和頼がそういった瞬間、大人達が「ラジコンヘリ?」と驚いている。
皆が顔を見合わせる中、美輪家の子供達も「ラジコンって何?」と和頼に問いかける。和頼は星丘を呼び、タブレット・パソコンへ画像を映し出した。
「これだよ」
子供達が覗き込む。和頼はその場にいる皆にも説明し出した。
ラジコンヘリの機体価格は最高で二万円まで。形も大きさも自由だが、素材は、あくまで子供が操作して問題がない範囲のモノと限定した。
なので全て電気。ガソリンなどはもってのほか。
当然プロペラ部分の素材も、あくまでおもちゃの域を出てはいけない。
「つまり、市販されている子供用のラジコンで、二万円以下という縛りですね」
「そうです。それと、今回は、そのヘリを自由に塗装し、垂れ幕でもシールでも、ご自由にお付け下さい。この意味は分かりますよね? 会社の宣伝は自由ということです」
美輪家には珍しいサプライズだ。今まで一切しなかったそれを、今回に限り解禁するようだ。
和頼なりの配慮だろう。
大人達も自分のタブレットから画像を出す。
「お父様、俺、この円盤みたいなヤツがイイと思う。だってプロペラ? も四つもあるしさ」
大人達が、それぞれのタブレットを和頼に向けて「これでもいいの?」と確認を取っていく。
「先ほどの条件内なら、何でもいいですよ。買う時にラジコンヘリとなっていれば、それはすべてオーケイです。問題は安全性だけ。子供も扱うので、これだけは厳しく守ってもらいます」
皆もそれは当然と頷き、タブレット内で検索し続ける。
「このドローンってのはいいのかな?」
「それはダメです。操作し易さもそうですけど、簡単なものは大人に有利というか、大人と子供の差がつき過ぎますから」
なるほどと納得していく大人達。あくまで子供のおもちゃでのバトル。
「え~っと、それと、第二のゲームですが、こちらは少し値が張ります。まず競技の説明ですが、電動一輪バイクというのがありまして。去年発売された物で。それを親子で一台ずつ、計二台を購入して下さい。大きさは、子供用の一輪車位ですかね。重さは十五キロ位です。で、最高速度は六キロ以内に設定して下さい。価格は定価で二十五万円です。安い所では十数万円からありますから」
一家族、約五十万円。
和頼の話しに皆が唖然とする。電動一輪バイク? と。
「ちょっと待って下さいよ。一輪車ですか? そんなの難し過ぎて、一週間では、とても乗れませんよ」
もっともな意見だ。だがそこは、問題はない。
「ああ、平気です。乗るだけならすぐ乗れます。ジャイロ機能かコンピュータ制御なのか、説明書を見なければ詳しく言えませんけど、ウチの娘達も一瞬で乗れましたし、何度かそれでイベントしましたが、全員乗れています。ただ移動が重心移動なので、最初の内は傾くのに勇気が要ります。もしかしたらコレこのまま倒れるンじゃないの? ってね。でもすぐに慣れますから。そこは平気です」
「速度の調節をするのですか?」
「子供達が乗りますからね。それ自体の最高速度は確か、十五キロくらいなのですが、色々試した結果、最高を六キロに設定するのがベストかと。それ以下だと遅過ぎて詰まらないし、それ以上はもしもということが起こる確率が増えるので。まぁ慣れた大人には相当遅く感じるかも知れなせんけど。あと速度を調節する時は、ルームランナーの上で走らせれば、簡単に設定できますよ。本体とルームランナーのメモリに多少の誤差はあると思いますが、本番前に、全機体をそれと同じ方法で確認しますから。安全第一で」
タブレット画面を、ラジコンから電動一輪バイクへと切り替える。
「えっ、こんな危なそうなヤツ?」
「それ違いますよ。こっちの小さい方ですよ。そうですよね美輪さん」
「はい。その一番小さな椅子みたいなのです」和頼が画面を指さす。
色々な種類があるのかと皆が驚く。それにしても、なんて近未来的な乗り物なのだと凝視。
「細かなルールは追って説明しますが、まずは購入する物だけは知っておいていただかないと、と思いまして。そうそう、あと、一輪バイクの戦闘時、弾を避ける傘が必要なのでそれらも独自で用意下さい。なお、こちらも、機体を各自で塗装しシールなど張ってもらって結構です。傘にも社名を入れるなりお好きなように」
皆がタブレットを見ながら楽しそうに「ウチはこれだな」と盛り上がる。
しかし、和頼はこのバトルの本質へと踏み込む。
「えっと、お楽しみのトコ悪いのですが、皆さんは、一千万円という参加費を支払い、いや、寄付ですかね。そして自分と社運を賭けて戦う訳です。つまりここで勝った順位で、今あるわだかまりを少しでも排除する訳です。それぞれの言い分を通す。今回、わざわざここまで乗り込んで来たということは、それなりの何かが起きている、ということですよね? でも今日、勝負すると決まった時点で、ここに居るすべての会社の何かしらに影響が出るということです」
和頼の話で、皆が元々の状況を思い出した。
乗り込んで来た者達にすれば願ってもないチャンス。だが、元からこの列車に乗っていた者達にすれば、とんでもないこととなっていた。
ここ数日、上がったはずのものが揺れる。どこが勝つのかを、もう一度リセットされたようなものだった。それはここに居る者達だけではない。
株主ですら冷や汗が流れる。
上がると踏んでいたそれが、購入額より下がれば破滅だ。そして、相当下がっていた株が戻る気配にホッとしている者達もいるはず。
「そういうことでしたね。一瞬、甘い考えでいました。確かに、私はその為に乗り込んできた。この争いは是が非でも勝に行きますから」富蔵が言う。
和頼は皆に、用意とか色々あると思うが、美輪家がした過去のイベントに、電動一輪車でのゲームがあるから、大学の放送部へ問い合わせてルールや映像の確認をした方がいいと、親切心で勧めた。
「確かにここでいつまでもこうしてはいられない。一週間しかないなら、今すぐにでも準備を始めないといけないな」成見も意気込む。
そして、強引に入ってきた者達がゾロゾロとホームへ降りていった。
男の子達同士も「待ってろ。一週間後、必ず決着を付ける」と捨て台詞を吐く。
美輪家の子供達がヘリコプターの映像を見ながら「コレ怖い。なんか虫みたい」と驚愕している。和頼は、そんな虫見たことないけど、確かにねと微笑む。
それぞれが検索に夢中……。