十四話 レールは続くよどこまでも
それぞれが検索に夢中な中、車掌が仲込へと話しかけ、軽く会話を交わし運転席へと走って行った。
「それでは出発します」
電車のドアが閉まり、ベルが鳴る。そしてガタゴトとゆっくり進み始めた。
「みなさん。そろそろお昼にしましょうか。食堂車にランチを用意しますので」
仲込の台詞に皆が移動を始めた。
出来る限りのことがしたいようで、皆はタブレットから目を離さない。なんならもう電車を降りてもいいという雰囲気さえ感じる。仲込もそれを重々承知だ。
なにせ電車も景色にも興味がないのだから。
仲込家は親子そろっての電車好きで、本当なら、運転手や鉄道関係の仕事に就きたいと、本気で夢見たほどだった。だからこその贅沢な趣味なのだ。
朝よりも遥かにボリュームある料理が運ばれてくる。
パスタ系やオムシチューなど。
美輪家にとっても好物が並ぶ。美味しそうなお肉類も。
近くの席からは中華料理の匂いもする。
美輪家は海老がダメだから、中華料理はあまり食べない。当然、伊勢海老などもパス。各テーブルで料理のコースが違う。
朝食同様に楽しく食べる美輪家。周りの家族も、タブレットを指さしながら盛り上がっている。
やはり物を選んだり、買い物するのは楽しいようだ。
「ごちそうさまでした~」子供達が手を合わせてお辞儀する。
満足そうな子供達。
和頼もお腹いっぱいになったようで、少し眠気が襲ってくる。さすがに睡眠三時間では足りなかったようだ。特に食事の後はきつい。
「どうでしたか美輪さん。お気に召しましたでしょうか?」
「ええ。とてもおいしくて、お腹もいっぱいです」
「ところで、この後なのですが。実はウチでマジシャンを用意致しまして、ぜひ、楽しんでいただければと思いまして」
「マジシャンですか。それは凄い」
和頼は今まで一度も、目の前でマジックなるものを見たことがなかった。いつもテレビの中での映像ばかり、直に見てみたいと常々思っていた所だった。
誰でもそうかも知れないが、マジック以外にも催眠術や気功は直に体験したいと思うものである。
子供達も喜んでいる。そこへ陽時が来て、まやかに対し「ね、ホントでしょ」と自慢げにいう。
どうやら約束かなにかでもしたような雰囲気だ。
まやかがちょっと部屋に忘れ物を取りに行くといい、星丘がすぐさまピタリと付き添う。まやかが席を立ってすぐ、美輪家のテーブルにマジシャンが挨拶にきた。
「初めまして、四季流と申します。お目にかかれて光栄です。前々から、美輪様のご家族のファンでして、何度かイベントの募集にも挑んだのですが、いつも予選で落ちてしまって」
四季流の言葉にビックリする和頼。
食堂車から場所を移すことになった。他の家族にも声が掛かり、皆でゾロゾロと別車両へと移動する。
そこには大きなテーブルがあり、その周りに沢山の椅子が並んでいた。
「美輪様は中央で、その横にお嬢様方――」
マジシャンの指示通りに椅子に座る。美輪家は特等席で、至れり尽くせり。
するとそこに、まやかが遅れて飛び込んできた。
「ちょっと何一人だけオシャレしてるのよ」みよがいう。
気にしないでと恒例のあっち向いてホイで席決めする。まやかは、服装もそうだが、髪の毛も結ってあり、髪の内側からは、ピンクパールやプラチナチェーンなどがジャラジャラと髪飾りとして垂れている。
超ド派手だ。
姉妹はそれを不思議そうに見ている。
いくつかの家族が、いずれ真似する為にまやかの髪型をチェックしている。
「それでは席は決まりましたか? そろそろ始めて行きたいのですが、宜しいですかね。まずはもう一度、自己紹介からさせて頂きます。私が今、この世界で一番のマジシャン、四季流と申します」
四季流は、世界でも最も権威のあるマジック大会で、世界一の称号を手にしている。日本人では四人目の快挙だ。
悠長に話しながらマジックが始まる。
まずはトランプを取り出す。鮮やかな指捌き。和頼は生で見て興奮している。
トランプを選んでと言われ、選ぶ指先が震えている。緊張と興奮が和頼を完全に支配していた。次にコインを使ったマジック。みよやゆりなも半信半疑で挑むが、全て撃沈されていく。
他所の家の子供も皆、四季流の意のままに操られていく。
「さて、次は――」
驚きが止まらない。
四季流もここぞとばかりに腕を見せる。なめらかな指と同じように、なめらかな言葉と進行で、あっという間に全てが終わった。
圧倒されたまま、ただただ拍手するしかなかった。和頼も脱帽といったところ。まるで魔法や超能力。
「どうでしたか? 御満足頂けましたか?」
皆が凄いと絶賛する中――。
「ねぇ、四季流さん。私、もっと凄いマジックできるよ~」まやかだ。
「おお、本当に? 凄いな~。どんなマジックかな?」
「んっとね。これ、これ見て」
そういうとまやかは、胸元から可愛らしい封筒を取り出した。封筒にはハートのシールが貼ってあり、四季流は「開けてもイイの?」と確認する。
まやかは「うん」と頷く。
トランプを封筒にかざし、スッと真横に切ると、中から手紙を取り出す。それを四季流が読み進めるうちに表情を変えていく。
そして腕組みをして考える。
「まやかちゃん。四季流はこのタネ見破ってもいいのかな?」
「タネ? いいよ」
そういうまやかに、洋服の中にいくつか封筒を隠し持っているでしょ、と聞く。しかしまやかは、首を横に振り「ハズレ~」と笑う。
周りに居る者も何が起きているのか興味津々だ。
すると、四季流は和頼や他の姉妹達に封筒を隠し持っているかと聞いてきた。
「封筒ですか? 持ってないですけど、その紙に何が書いてあったンですか?」
そういう和頼に四季流が手紙を手渡す。和頼は手紙を見る。
まやかの可愛い字で、四季流がやるマジックが事細かな手順で書いてある。
まるで予知能力。
「封筒を隠し持っていないとすれば……、数ある私のするマジックを当てることは無理です」
和頼も腕組みして考える。
いくつかの答えを、あらかじめにどこかに隠しておくというタネ、ということかと。そんなタネさえ分からない和頼には絶対に分からない。
他の姉妹達も、他所の家族も驚いている。
「まやかちゃん、降参したら答え教えてくれる?」
「いいよ。降参するの? 本当に分からないの?」
四季流は頷く。
小学五年生相手に、世界一のマジシャンが降参した。長い間考えれば答えは導き出せるかも知れないが、この短時間では無理と踏んだのだ。こういうことを生業にしているからこその決断。そして知りたいのだ、まやかが何をしたのかを。
「パパ~。どぉ、まやか勝っちゃったよ。凄いでしょ。可愛い?」
「まやか。凄いよ。凄いけど、どうやって予知したの? 皆に教えて」
「いいよ。音楽の授業の時、陽時に、四季流っていう世界一凄いマジシャンが来るから、絶対に遊びに来てねって言われたのね。それで」
「それでって、タネは? どうやって順番分かったの? 他に封筒隠してるの?」
「違うよ。だから。四季流で検索するでしょ、そしたら今までやってた動画が出るジャン。そんでそれ全部見たの。あとは、そん中で凄いと思った動画とか再生回数が凄いのとか、動画内のお客さんが盛り上がってるのとか見て、そしたら、簡単に順番分かったよ」
「ええっ、それじゃ本当に予想したの?」和頼がびっくりする。
「だって、パパの前なら、絶対凄いのばっかりやってくるでしょ? だから、簡単だった。それに一応パターンはあるの――」
まやかの話しに四季流は愕然としていた。
「まやかちゃん、それじゃ、もし仮に、違うのをやっていたら……どうするの?」
四季流の問に「そしたら~封筒出さない」と笑う。
和頼と四季流がズッコケる。それじゃただのギャンブラーだと。
そこに居る誰もが、その二者択一に驚く。当たれば出すけど、外れたら出さないとはと。
しかし、四季流はまやかの話を聞きながら、正直、完全に自分の考えを読まれていたと思っている。この順番や構成は自分にとっては悩み抜いた最高作品、つまりまやかに言わせれば、それでさえワンパターンということなのかも知れない。
「まやかちゃんは、パパそっくりだね。本物の策士だよ。絶対に当てる自信があったんだね、一本取られた。四季流の完敗。修行し直さないと。何やるのか読まれてたんじゃ、いくらタネがバレていなくても……恥ずかしいよ」
まやかの服装と髪型が、どれほどの自信があったのかを物語っていた。
四季流にとって、この映像がネットに流れることがどれほどの損害か。和頼は、まやかを末恐ろしいと思う反面、四季流には気の毒なことだと心配する。
四季流は吹っ切れたように、子供達を集め簡単なマジックをいくつも披露する。
ケタケタと子供達の笑い声が車内に響き、本当に凄いエンターティナーだと実感する。
しばらくして電車が次の停車予定駅で止まった。時刻は午後六時ちょっと過ぎ。そこで運転手が交代し、マジシャン四季流も降りた。
あっという間にディナーとなった。
元気を取り戻したれせと、世界一のマジシャンをギャフンと言わせたまやかが、和頼の真横を陣取って座る。それを他の姉妹が納得いかないとごねる。
「ズルいわよ」
「いいジャン。活躍したんだし。あなた達よりパパ楽しませたよ」
まやかの台詞になずほともえみが呆れる。
「それじゃあ、仕方ないわね。お行儀よくしてたいけどケンカね」
みよの言葉に他所の家族が固唾を飲む。まさか仲良しの美輪家が、こんな人前で大喧嘩するのかと、チラチラと見てくる。
「こらこら、もうすぐ御飯だよ。暴れたら大変でしょ」
心配する和頼に「一分で済むから、いや三十秒で充分」と。そのセリフに「仕方ない。皆の迷惑にならないようにね。それと怪我には注意してな」と諭す。
その言葉に周りの者は唖然とする。
和頼と星丘は、それがエアーだと分かっているが、そこに居る者達は当然誰一人知らない。そしてエアーケンカが始まった。
和頼と星丘の思っていた以上にぶっ飛んでいる。お昼に踊ったダンスの比ではない。椅子も障害物もお構いなし。テーブルの上で、背中で回りながら宙を連蹴り。
「ちょっとなずほ。それにもえみもみよも、もう止めなさい。危ないから」
「は~い。それじゃ、誰の勝ち?」
和頼は困っていた。甲乙付け難い。
見た目も攻撃も防御も差がない。そこで和頼は、仕方なしに、逃げた。
「それじゃあ、今日は星丘さんに決めて貰おうかな。ほら、お寝坊したしさ」
「わ、私ですか? 勘弁して下さいよ和頼さん。頼みますよぉ」
本当に無理そうなので仕方なく、自分で答えることに。
「それじゃあ、まずはれせかな。次がまやかで――」和頼は微笑む。
順番にいうと「ほら~、だから言ったでしょ」とまやかが笑う。引き分けなら、れせとまやかが来るのは仕方がなかった。
星丘もその結果を見て、やはりと思っていた。
するとそこへ、ネット放送のカメラを持った者が寄ってきた。
「あのぅ、今の何でしょうか?」
その問いに、子供達が「ウチのケンカだよ」と説明する。
美輪家の勝負は、あっち向いてホイではと聞かれるが「ケンカはアレ」という。納得したようで元居た位置へと戻っていくと、メモ帳を取り出し、今聞いたことをチェックしていく。
他の家族も、今目の前で起きた乱闘に愕然としている。映画さながらだ。派手さだけなら相当ヤバイ。接触なしでも、その分アクションは弾けている。
相当ド派手なエアーケンカ。
まして初めて見るなら驚きは二倍。更にこの距離で体感するなら何倍か。
初めの頃と今ではどれ程違うか。一から見ていて見慣れている和頼が止めに入るほどの乱れぶりを、いきなり体感しては、驚きでグゥの音も出ないだろう。
グゥの音の代わりに、お腹の虫が、ぎゅるぎゅると鳴り出した。美味しい匂いと共に、各席に豪華な料理が運ばれ、皆も食事のモードへ変わっていく。
「美輪様。こちらは特別にご用意させて頂きました」
直接、高いコック帽を被った者が料理を運んできた。そこには付き添いの若いコックもいる。
そしてテーブルへと料理を置くと、説明しながら用意していく。それを仲込も、自信満々で見てくる。
目の前では、アイボリー色の石膏でできたような魚のを、コックが崩していく。すると中から綺麗な色の真鯛が、良い匂いと共に姿を現した。
「真鯛の塩包み焼きハーブ添えで御座います。今、塩釜の中から――うんぬん」
説明をしながら上手に取り分ける。
それを子供達も不思議そうに見ている。
美輪家は特にお魚が大好きだ。でも、好きなのは金目鯛の煮つけ、もしくはタラのレモン塩ダレなど。
取り分けが済み、美輪家がコックや仲込の見守る中で食していく。
どうでしょうか? と言わんばかりで見てくる。
和頼は普通に食べれるが、子供達には少しだけしょっぱ過ぎるようで、ハーブも苦手そうだ。
子供の舌というのは、大人とはまるで違う。子供の美味しいと感じるお菓子は、大人には人工着手の極みさ。逆に大人の好む味は、子供にとって生腐りの熟し。
「おいしいです」頷く和頼。
和頼が気遣うと、実は前もって子供達から好物を聞いていましたと仲込が話かけてきた。しかし、それはありえない。
なぜなら、この塩釜的な魚料理を食べたのは、生まれて初めてだからだ。
「私達、そんなこと言ってないよね。だって初めてみたもんコレ」
ゆりながいう。子供はそういう疑問に黙っていられないのだ。
「あれ? だって……」考え込む仲込が、息子陽時を呼ぶ。そして問う。
「え、言ってたよ。何が好きなのって聞いたら」
すると若いコックが何やらコック長の袖をクイクイと引く。そして、目で何かを訴えている、それをコック長がゆっくり首を横に振る。
美輪家の子供達は言ってないという。すると陽時が――。
「言ってたジャン。パパは鯛焼きが好きだって」
「たい焼き? たい焼きは好きだけど、コレは違うよ」まやかが笑う。
和頼はその一瞬で状況を把握した。
どういった誤解が生まれたかは分からないが、鯛の塩釜焼きが出て来た根拠は、聞き違いか何かなのだろうと。
コック長が少し焦ったようにしている。仲込も同じく。
陽時は「俺、ちゃんと伝えたけど、たい焼きってこれじゃないの?」という。
「違うよ。見たことないの? こんなやつだよ」もえみが手で形や大きさを描く。
若いコックがコック長を呼び、少し場をずれると「だから言ったじゃないですかぁ」という。それに対しコック長が「だから、それは無理だって言っただろ」と口論する。
若いコックの指摘はあったようだが、美輪家という凄い家族の夕食に、たい焼きを出すなど到底出来る度胸はない。そんな二択があるなら、誰しも、鯛の塩焼きを出す。その間違えなら最高でもクビになるだけで済むが、もしたい焼きで失敗すれば……永遠に料理界から姿を消さなければならなくなる。
実際、和頼はそんなことをしないのだが、コック長はそう判断したのだ。
他のセレブ家族に、そのような失礼な失態をしたらそうなる。
そんな奥深い事情を、まったく知る由もない和頼と子供達は、出された食事を、おいしそうに食べていく。どこよりも豪華な料理と食材が並ぶ。
予定されていな物まで並ぶ。ミスを帳消しする為のフルコース。
調理場に戻った若いコックは、少しだけふて腐れていた。
「仕方ないだろうが。大きなミスしたら……命取りだ」
「でも成功したらそれこそ、店の一つ二つ持てたかもしれませんよ。言ったじゃないですか、船でのディナーでおはぎを食べたって情報が……」
「うるさい。出せる訳ないだろ、たい焼きなんて。バカか、お前は。美輪家だぞ。どこぞのセレブ夫人に、スイーツ名にロイヤルを付け忘れただけで店を潰された奴だっているんだぞ」
その情報は知ってますと若いコックも黙る。
料理界では有名な話。あるセレブが知人に渡した土産物で、恥をかかされたと、激怒した富豪の話。
「いいか、ここから挽回すればいい。仲込様からは、いくら使っても構わないと言われてるし、結果よければすべてよしって言うだろ。見た感じ、味に関しては問題ない。ただ、お子様達がどうも味に納得していないようだから、ここからはお子様をメインに」
最後まで気合いを入れていけよと、下々の調理師達にまで檄を飛ばす。
芸術的にも味的にも凄い作品が並び、子供達も崩すことを惜しみつつ食べる。
普段の会話ではなく、料理の会話ばかりとなった。
「コレな~にパパ。なんて言うの?」
「なんだろうね」和頼の知るはずもない最高級料理が並ぶ。
海老以外の全てがあるのではというほど彩る。そしてデザートが来た。
先ほどのコック二人が直接運んでくる。お皿には沢山のスイーツ、その中央にはメインの和菓子。
「あ~これ、イチゴ大福だよ」
本当だと喜ぶ姉妹。和頼も微笑んでいた。コック達もこれはさすがに間違えないと自信満々だ。
「わぁい。頂きます」
そういってかぶりついたゆりなが驚く。
「げっ、白いよこれ。なんで?」
ピンクの内側から、イチゴと白あんが飛び出してきた。和頼は気にせず食べる。がしかし、子供達は初めての白あんに何かを疑う。
「これ、あんこじゃないよ。白いの入ってる」
子供達のそれに驚いたコックが、必死に説明する。それは高級白あんだと。
子供達は普通のあんこが良かったようだ。和頼も少しだけ、普通の小豆の甘さが恋しいと感じていた。
だが、食べ物に文句を言うのは、美輪家では御法度で、基本、残さず美味しくがモットー。つい先ほど、たい焼きがどうのというやり取りがあったから、あずきが恋しくなってしまったのだ。
「いや、その、美輪様が、チョコアイスよりバニラアイスが好きだという話を聞きまして、それで、もしかしたら白あんの方が好みかと思いまして……。白いし」
和頼はケタケタと笑っていた。白いし、という意味が面白かったようだ。
子供達も甘さの足りなさを感じながらも、確かに白いね、と食べていく。
「ごちそうさまでした」元気よくディナーを終えた。
満足そうにしている美輪家とは対象に、コックと仲込は失敗してしまったと反省していた。
お腹いっぱいの美輪家が、どれほど幸福感を味わっているのかが伝わらない。
「なんか、申し訳ありませんでした」
「ほ? 何がですか?」
和頼も子供達も、何に謝られているのかまったく分からない。そのことに拘っているのは、美輪家以外の者達で「仲込さん、やっちゃいましたね」と各テーブルで盛り上がる。
落ち込むコック長に「ゆりながパパの好きな料理教えてあげる」そういって服を引っ張る。和頼はゆりなが調理場へ向かおうとしていることに驚き問いかけた。
「ゆりな? 調理場危ないし、もうお腹いっぱいだから食べられないよ」
「うん。大丈夫。火の傍にいかないよ。それに、私は料理しないから。見たいの、お料理する場所。ダメ?」
和頼はコックの邪魔になるし、大人の仕事場だから駄目と断った。
「は~い。しゃ~ないね」
ゆりなにとっては、電車の運転席より遥かに調理場が気になったようだった。
話は流れそうになった……。
しかし、仲込もコックも、ゆりなの興味を断ち切る意味はない。それどころか、料理場に興味を示してくれてありがたく感じている。
少しでもミスを取り返したいのだ。
「美輪様。御嬢様に調理場を見せても宜しいですか? 安全第一でしっかりしますので」
必死に懇願するコック長。普通なら危ないし、もし何かあったらそれこそシャレにならないから在りえない。それでも、このまま終われないと思ったようだ。
ゆりなが和頼を見る「イイってパパ。ダメ?」
和頼は仕方なく「いいよ。気を付けてね」と送り出した。
ゆりなとコック長の後を、星丘がピタリとついていく。その後ろ姿を和頼は少しだけ心配そうに見ていた。その数倍、仲込はハラハラと見ていた。
料理場に着くと、ゆりなは「わぁ~、広い。凄い」と喜んでいる。
突然入ってきた小さな子供に、調理場のコック達は驚いている。
普通じゃありえない。
ゆりなに付いて、星丘も入ろうとしたその時、若いコックが「あなたはここまでです。ここから先は食品を扱うので、部外者は立ち入り禁止です」なにかあったら困るのでと断る。
星丘もその気迫と厳重なルールに仕方なく承諾する。
不慣れな自分が調理場で動き回る危険性を考慮し、出入り口ならすぐに飛び込める距離だからと、目を光らせ警備する。
「えっとね。お豆腐と、ナスと、豚の薄いお肉ある? あとね~」
手を洗いながら、食材を用意させる。
「御嬢様、手を洗われたら、こちらのアルコール除菌もお使い下さい」
なにコレと物珍しそうにアルコールを手に塗る。
そして次々に、料理をしていく。
「ナスはね、サッカーのユニホームみたく縦ジマにして。そう、紫、緑、紫って。それで軽く塩ゆでして――」
色々な料理を指示する。
料理人の手さばきの速さと上手さにビックリしている。ゆりなの一億倍速い。
ゆりなも果物を切る小さな包丁で軽く手伝う。トントンと手際がイイ。
そのあまりの器用さに、下っ端の料理人が凝視する。
とても小学五年生とは思えない。
お皿に盛り付けたナスと豚肉のしゃぶしゃぶに、ポン酢とゴマダレをゆりな特製のブレンドする。それを皆が見る。
何度か味見しながら「よし出来た」とお皿にかける。
料理人たちも透かさず小皿で味見する。
「うまっ。ヤバイっすよこれ」
自分達で作り用意したタレ類がブレンドされて驚いている。元々、市販の物より美味しいそれが美味しいのは当然だ。しかもたったの二つのブレンド。
普通の料理人なら、ドレッシング一つ作るにも数コのブレンドが基本。
つまり驚き過ぎだ。
お豆腐をだし汁で煮て、取り出したそこへゆりなが切った白髪ねぎとカイワレ、シラス、更に、透明なゴマ油をかけていく。
電子レンジでチンした一口サイズのサツマイモを、油ときなこで和えて、そこにドレッシングを塗ったブロッコリを添えた。
サツマイモの甘い御味噌汁も、ゆりなの指示と味見で再現されていく。
全部で六品が並んだ。美輪家ではよく出る定番料理の一つ。
庭の畑にナスやサツマイモやトマトがなると、それにちなんだ料理が続く。
「どうぞ、皆さんで召し上がって下さい」
ゆりなは料理場に興味津々。安全に安全を重ねた美輪家のキッチンとは何もかも違う。
「おいしい。凄いなこれ」
お世辞五割だが、後の五割は本当に驚いていた。大分甘味のある食事だが、食の道で生きている者達は、シビアにゆりなの腕を感じていた。
五年生の味覚と腕でこの完成度は凄いと。
まだ食事をしていなかった空腹感と、小さな子供が料理に興味を持ってくれているという、素直な感情から、かつて自分が、この道で生きていこうと決めた日の、強い気持ちを思い出した。
そしてこの味が、自分の初めて作った料理を思い出させる。
下っ端のコックが少しだけ涙を拭う。
何度も巻いた出し巻卵を、久しぶりに食べたくなる。
「ごちそうさまでした。本当に、本当に美味しかったよ」
世の中が不景気で腐りかけていた心に、熱く燃える火が灯る。マンネリしていた日々の燃えカスが、目の前で可愛くはしゃぐゆりなの笑顔で初心を取り戻す。
人には必ずそういった、自分を見直す時期が来る。ただ、経験豊富なコック長や先輩コックは既にその域は超えているので、純粋にゆりなの料理を堪能していた。
食事を終えたコック達から、色々なことを説明してもらい、楽しそうに見て回るゆりな。それを見守る星丘。
一方、和頼の席には、仲込を含め銭葉や金築や貸積など大人達が集まっている。子供達は子供達で集まって、何やら学校の話で盛り上がる。
「例のバトルに勝った暁には、ウチで開くパーティーにも参加して貰えますよね、美輪さん」
「そうですね。そういう約束ですし」和頼が笑う。
「ところで、美輪さんはどういう条件なのですか?」
皆が確かに気になると頷く。
美輪家の望むことなどあるのだろうかと。実際ない。
本来はないのだが……。
しかし、今、和頼にはどうしても欲しい物が一つだけあった。
「私はですね、来週のバトルの商品として、自動掃除機ロボットを貰いたいと思いまして」
皆が顔を見合す。
「それ、アンドロイドか何かですか?」
和頼は、予想だにしない答えに大笑いし、顔をくしゃくしゃに崩しながら、違いますと否定する。なぜにアンドロイドと。
しかし、和頼がいうそれが、どんな物か全く掴めない。
必死に説明するが理解できない。
「それは、お幾らぐらいの商品なのでしょうか?」宝生が恐る恐る聞く。
「確か、三万八千くらいでしたけど」和頼は先週の買い物を思い出す。
「三万? 八千ですか? それはドルですか? いや、それにしても一千万円払って三百八十万円では割に合わないですね」
「円ですよ。三万八千円です。定価は四万五千円でしたかね。一つ上の製品で五万五千円とかもあるンですが、とりあえずお試し期間とし購入したのがそれでして。訳あって、どうしてもそれと同じ型のが必要になりまして」
笑顔で答える和頼の言葉が、皆の理解を越えて飛んでいく。
意味がまったく通じない。
「それを何百台ですか? あっ、そういう事業を新たにされるわけですか」
皆が納得しだす。しかし、そんな訳はない。
「一台ですよ。一台だと可愛いですけど、あれが部屋の中で二台以上動くと気持ち悪いと思いますよ。なんかいっぱい動いていたら怖くないですか?」
まったく話がかみ合っていない。次元が違い過ぎる。
それぞれがタブレットを取り出し自動掃除機を検索する。そして真ん丸で平たいそれを見て首を傾げる。本当にアンドロイドメイドではないのだと。
「それにしても、ここで美輪さんがそんなことをいうと、来週のイベントで、この掃除機を扱う各社がこぞって押し寄せてきますよ。ウチの製品を是非使って下さいとね」
皆が頷く。大富豪の美輪家が使う自動掃除機となればその宣伝効果は絶大だ。
この会話をカメラが捉えていることを確認して、改めて皆が頷く。
これは相当大事になるに違いないと。
来週、美輪家が購入する掃除機が、ブランドとして一人勝ちすると。
「いや、だから、もう機種とかメーカーとか決まってまして。どうしても、それと同じものを賭けて、子供達と奪いに行かないと……」
和頼の思いなどそこに居る誰にも理解されるはずはなかった。皆にとっては買えばいいだけのこと。もちろん和頼ももう一度買うつもりでいたが、このイベントが持ち上がった時、同時にこの自動掃除機のことが計画に組み込まれていたのだ。
そこまでしても、どうしてもれせや子供達自らにゲットさせたいのだ。
掃除機はプレゼントしますから、別の願いを出してはどうですか?
という皆の申し出を断ったことで、皆も、イベントでのゲットに深い意味があるのではと、ようやく気付き始めた。
ただ、その深い意味が、和頼の思考とは逸れて、どうしても大きな策略に感じてしまう。各電気メーカーを巻き込むような壮大な策略ではと。
普通の雑談になり、飲み物を飲みながら話していく。
子供達も親の元へと行ったり来たりとしていく。そこに、ゆりながコックと星丘と共に戻って来た。
「たっだいまパパ。凄く広くて綺麗だったよ。んでね、パパの好きなミルクセーキあるでしょ、あれにバナナと蜂蜜を加えたの作ってきたよ。飲んで~」
牛乳の代わりにヨーグルトにしたり、イチゴやブルーベリーなどを入れたりと、色々な作品を作ったようだが、最終的にそれになったようだ。
和頼は「おいしそうだな、頂きます」そういうって口に含む。
いつもより美味しい味が口の中に広がった後、蜂蜜の独特な味が、和頼の口内で暴れる。軽い口内暴力。つまり合わない。
メロンの様なバナナの風味や濃厚さは合う、しかし蜂蜜は邪魔だ。
色々なパターンを試している内に踏み込んだ、と分かる味わい。
慣れれば美味しいと分かるが、いきなりでは少し違和感がある。
和頼の舌は、いつものバニラエッセンスと砂糖と卵と牛乳のシンプルバランスを求めてしまう。
「どう? おいしいでしょ」
「ウン。凄くおいしいな。さすがゆりなだ」確かに美味しい。
そこへみよやまやかも寄って来て「パパ、私にも飲ませて」と奪い取る。
子供達はこの濃厚な味がお気に召したようで、美味しいとはしゃぐ。
もえみだけは、プリンよりヨーグルトやゼリーが好きなタイプだから、この濃厚さはお気に召さないようだった。
他の親達も飲みたいと言い出し、コック長に余っていないのかと質問する。
「まだ少しあります。でもこのコップ三杯くらいですかね。宜しければお持ちしましょうか? この人数では足りませんけど」
コック長がそういうとすぐ、若いコックが焦ったように走る。
もしかしたらあいつらが、全部平らげているかも知れないと。
その姿を見て、コック長も焦る。
ただ、レシピは知っているので、もう一度作れないこともない。なんなら全員分を作れる。でも、ゆりなが味見して作ったモノこそ本物で、それこそ和頼の為に作ったオリジナルミルクセーキだ。
皆で楽しく創作した作品なのだ。
急いで戻って来た若いコックが、コップ一杯と半分ちょっとのそれを、申し訳なさそうに持ってきた。
案の定の結末。
残りの量からいっても相当飲まれた後だ。走らなかったらすべてなくなっていてもおかしくない状況だった。失敗が続く。
美輪家に対しての失敗ではないが、仲込家は凄く飲みたがっている。子供達も。
「良かったら、私がゆりな御嬢様に聞いたレシピで、もう一度お作りしますけど」
若いコックがそういうと、仲込が一応そうしてくれという。
急いで戻るコック。
コック長の持つ、ゆりなが直接作ったそれを皆が口論し奪いあう。
「あっち向いてホイで決めれば」なずほがいう。
分かり易い勝負なら平等だと、代表者が次々とジャンケンを始めた。
そして――。
銭葉と甘値が勝った。
夫婦で分けながら飲み、味の感想を言う。それを皆が羨ましそうにみている。
「お父様、僕にもちょうだいよ」子供が催促する。
「なんだ、いつもは親が口付けた物は嫌がるのに」
楽しそうに盛り上がり分け合う。
「それにしても、美輪様の御嬢様は凄く器用でいらっしゃいますね。普段から何か特別なことはされているのですか? そこら辺の料理人より上手ですよ」コック長が褒める。
和頼は素直に照れた。
皆もどんな教育をしているのか聞きたがる。すると――。
「私達はね、そろばんするよ。あとね、あとね、鉄琴と木琴かな」
そろばんなのと皆が驚く。なぜに今どきと。
そろばんは和頼の趣味なのだ。子供の頃に習い事としてやっていたが、大人になってからは、トランプの数合わせでもするように、ただ無心にパチパチと弾く。フラッシュ暗算のように、頭が先に計算してしまうが、和頼は楽器を演奏するように、数字を楽譜や音符に見立て、的確に弾くのが趣味として好きなのだ。
元々が、そろばんからパソコンのタイピングへ移り、そこからピアノへと移行した経緯がある。
指をカチャカチャとする仕草や音に、そういう類に憧れていたという感じだ。
子供達も和頼の趣味を真似て同じような経緯を辿っている。しかし、鉄琴と木琴は和頼の真似ではなく、自分達で年上の吹奏楽部の先輩に教わり、和頼の誕生日に皆で演奏したのが始まりだった。
和頼の趣味に、自分が作曲した物でオルゴールを作る趣味があって、それを知っている子供達は先輩に頼み込んで、オルゴールに似ている鉄琴や木琴を教わった。
和頼の曲を渡し必死に覚えた。
中学の先輩も、高校の吹奏楽の先輩に頼み、高校の先輩も、付属先大学の吹奏楽サークルの先輩に頼むという連鎖。
ただそれぞれがそれを内緒にしているから、和頼は、子供達は独自で覚えた天才となっている。子供達も、中学の先輩は天才となっている。中学の先輩もまた高校の先輩を――。
ピアノの様な指捌きと違い、二つのマレット【ばち】で奏でるからどうしてもチームワークが必要となる。ただでさえ和頼の作る曲は、メロディーが複雑に絡まって大変で、協力なくしては不可能なほど。
「そろばんしていると、やはり計算とか早くなりますか?」
その質問に「はい」と答えた和頼だが、本当は、計算が早くなるのではなくて、見ただけで勝手に脳が答えを出してしまうようになると言いたかった。
数字の配列が、アルファベット単語や言葉みたいな式に感じるのだ。桁や複雑さで変わるが、計算というより文章を読み取るような。
――和頼はだが。
人によっては、図形として捉えている者もいるとかいないとか。
子供達も混じりながらの雑談が続き、ようやくその日が終わりを告げる。
用意された部屋で甘えてくる子供達をじゃらしながら、ベッドへと沈んでいく。睡眠の足りていない和頼は、子供達の寝息と同時にKOされた
一方、仲込も、誰もいなくなったテーブルで一人酒を飲み、今回の接待は失敗に終わったのだとKOされていた。
しかし、パーティーや接待などは大抵が思い通りにはいかない。盛り上がるはずの旅行が失敗に終わるなどもざらだ。
予定の不発、天候などでの変更を余儀なくされた、などあげればキリがない。
つまり、普通はこんなものだ。
自分の思い描いていたシナリオが崩れ去って落ち込む仲込をよそに、電車は決められたレールの上を、ただひたすらに走って行った。




