第五話:わたしは悪くない!
>>忍
ホ――ホ……ホッホロッホ――――……。ホ――ホ……ホッホロッホ――――……。
何処とからなく部屋の外から、梟みたいな、それでいて何とも気味の悪い鳥の声が聴こえる。キジバトの囀りだそうだが、どうも早朝の野山に響くこの鳥の鳴く声は好きになれない。
そんな思考から始まって、目を瞑ったまま頭の中で回りだしたハードディスクを読み込み始める。すると、ある筈の暖かく柔らかな感触はなく、まだ熱の篭った布団の中に自分独りだけが取り残されている現実を、僕は知った。
お姉様は、きっと朝の鍛錬にでも出掛けているんだろうな……。そんな事を考えて、僕はまた微睡みの中へと引き戻されていく。
……と思ったら、
「こら、忍!起きなさい!」
の怒声と共に体を思いきり揺すられ、お姉様に叩き起こされた。意識がまだ定まらない目で周りを見渡すと、とっくの昔に布団が跳ね除けられている。僕は壁を背にし、右に体を向けて丸まった状態から俯せになり、そのままゴロリと回ると仰向けに大の字になった。
「む――――っ、まだ眠い――!寝る――――!」
「遅刻するからさっさと起きなさい!」
無駄だと知りつつジタバタ手足をバタつかせても、お姉様の手によって背中を掬われ、半身を起き上がさせられる。さらに両脇を抱き上げられてベッドの上に立たされると、あっという間に僕は身包みを剥がされた。
「さあ。制服と下着をここに置いてあるから、さっさと着て準備をしなさい。」
僕の幼女化魔法を解除すると、素っ裸で彼女に背を向けてしゃがみ込む僕に向けてお姉様は着替えを放り投げた。
素早く下着を身に付けパットも入れ、制服を着て眼鏡を掛ける。その刹那、幼女化の魔法が解けた瞬間から磨り硝子を眼前に押し付けられたようにぼやけていた視界が再び明瞭になった。同時に頭の方もはっきりしてくる。スカートの下に黒いパンストを履いた頃には、もう完全に立ち上がっていた。
傍らを見ると、お姉様はとっくの昔に髪を上げて纏め、鞄まで提げて完全に戦闘態勢に入って玄関先で待機していた。追い掛けるように僕も通学用のリュックを引っ掴むと玄関へ向かう。
靴を履いて部屋を出て、お姉様と並ぶ。
朝食を摂る為、1階の共用廊下を歩いていると、怪談とエントランスとの交差点の所で階下へ降りた潤音様と出会った。服こそお互いに制服のセーラー服を着用しているけれども、昨夜と同じような状況である。
「あっ!おはよう!桔梗、忍ちゃん。」
「ごきげんよう、潤音。」
「ごきげんよう。潤音様。」
「……ごきげんよう。二人共、これから?」
「ええ。」
「はい!」
「じゃあ、一緒にどう?」
「いいわよ。」
潤音様の提案にお姉様が快諾する。毎日ではないけれども結構な頻度で日常的に交わされる、いつもの遣り取りだ。
さて行こうか、と3人連れ添って足を動かし始めた時だった。
「ごきげんよう!桔梗お姉様!」
と大声で叫ぶ声が後ろの方から聞こえてきた。反射的に僕は、真正面に見える廊下の行き止まりを漠然と、だが自分でも解るくらい額に皺を寄せて眉を顰めながら、じっと睨めつける。振り向かなくたって声の主は嫌でも判る。麻冬ちゃんだ。
トスンという軽い音と共に、視界の端に映るお姉様の背中に小さな陰が飛びついた。
「あら、ごきげんよう。麻冬ちゃん。」
「桔梗お姉様も今から朝ごはんですか?」
戸惑いも伺えるお姉様の声と一緒に、五月蝿いカナリアのような麻冬ちゃんの黄ばんだ声が傍らで交錯する。まったくもって面白くない。何故僕のお姉様を麻冬ちゃんが『お姉様』呼ばわりするのだろう。
全く、幼女形態ならその場で麻冬ちゃんを睨めつけて牽制するなり、わんわんと泣き喚いたりスカートをグイグイと乱暴に引っ張ったりしてお姉様を振り向かせるなり、幾らでも心置きなく対抗手段を取る事が出来るのに!と、思うと少なからず口惜しい。
当然、僕と違ってお姉様にも潤音様にも断る理由がないのだから、麻冬ちゃんも僕等の一行に自然と加わる形になる。今日は何とも腹の虫の居所が悪い朝だ。自ずと僕の顔も仏頂面になる。
だがしかし、何とも皮肉なものかな……。そうした傍から見れば不自然な態度が僕へお姉様の関心を寄せる事になる。
「あら、忍。急にどうしたの?」
「何ともありませんわ。お姉様!」
強がる序でに、態と『お姉様』と語気を強める。これがせめてもの、今僕が出来る精一杯の抵抗だ。
3個のバターロールパンとコンソメのスープという在り来りな朝食が白いトレイに載ったセットを手に、食堂の一角にある、衝立のすぐ横の4人掛けテーブルの内、食堂のテレビを背にする形で向かって左側、仕切り壁の近くの椅子に腰を下ろす。僕の真正面にはお姉様が、そして右側には潤音様が座った。従って麻冬ちゃんは僕の斜め向かい、お姉様の隣を占めている。
ま、今朝だけは譲って上げるからね!悪意を込めて麻冬ちゃんを一瞥したが、お姉様に夢中な彼女には毛頭にも気にされなかったようだ。全くもって歯痒い。
ふと、自分の頭の上に華奢で柔らかな掌が静かに載せられている事に気が付いた。視線を右にそっと向けると、僕の頭頂部に左手を添えている潤音様と目が合った。同時に頭上のそれが僕の髪を若干巻き込みつつ細かく左右に揺らめくのを確かに感じる。僕は、何だか憐れむように柔和な笑みを浮かべて目配せをする彼女に、いじけながらこう問うた。
「何をしているのですか?」
「うん、別に。」
「…………。」
「…………。」
不覚にも見つめ合う形で互いに数瞬沈黙した後、徐に潤音様が口を開いた。
「ねえ、お姉さんのパン……いる?」
「結構です!」
朝食を食べてそのまま校舎の方へ構内を移動する道中も、何故か麻冬ちゃんは僕等と一緒に真っ直ぐ付いてきた。前述の通り、中等部と高等部の校舎は講堂を挟んで別の場所にあるから、途中の三叉路で彼女だけは中等部の方へ左折しなければならない筈なのだが、そうしなかった。
「麻冬ちゃん。中等部はそちらの方ですよ。」
と声を掛けたものの、
「大丈夫ですわ、忍様。時間はたっぷりありますもの。……ねえ、お姉様!」
な感じで馬耳東風な体である。
結局、高等部の教室棟の入り口の前でUターンするまでの間、麻冬ちゃんはお姉様にベッタリと寄り添いっ放しだった。その間ずっと、口を真一文字に噛み締めてその背中を睨みつける事しか出来なかった自分に、僕は心底情けなくて惨めに感じた。
「おっ!おはよう!」
「あら、ごきげんよう。晶。」
靴箱の所で上履きに履き替えて廊下へ出てきた直後、ばったりと出会った晶に向かってぶっきらぼうに応える。途端、晶は不愉快そうに、さもなくば訝しそうに顔を顰めた。
「なあ、何かあったのか?」
「何もないわよ。」
「……ふ――――ん。」
「……………。」
「まあ、いいや。でも、機嫌、早く直しておいた方が良いと思うぞ!」
「それはどうも、お節介様。」
その時、階段を上がる為に2年生の場所から此方へ向かって来たのだろう。背中の方から、
「忍、いつもの様に放課後、部室へ来なさい!良いわね?」
と呼び掛けるお姉様の声が耳へ届いてきた。が、僕はそれを敢えて無視して、
「行きましょう。」
と、晶を促して歩き始めた。
「行きましょう、ってすぐそこで別れるだろう?」
そう、1組の彼は兎も角、晶の言う通り1年3組の僕の教室は既に目の前にある。けれどもそんな事、今の僕にはどうでも良かった。一秒でも早くお姉様の前から離れたい。それだけだ。僕は彼にも背を向け、黙々と足を自分のクラスの教室の入り口へ向けた。
「忍、待ちなさい!」
そんなお姉様の声が聞こえたと思ったら、同時にセーラー服の背中側のビロンとした幅広の襟をグッと力強く掴まれ、僕は後ろへつんのめりそうになった。
「何?その態度は!急にどうしたの?」
後ろへ振り向くと、眉を顰め、徐に酷く息を吐き、細かく肩を震わせて仁王立ちするお姉様の姿が目の前にあった。
考えても見れば、僕の勝手な嫉妬心から、時々とは云えこんな風に振り回されているお姉様の方こそいい迷惑に違いない。そう頭では理屈としてお姉様の怒る理由も解るのだけれど、酷く子供っぽい被独占欲の所為で感情が追いつけない。同時に、その本音を訴える事が、今の高校生の形態では歳不相応過ぎている事も十分に感じているので、押し黙ってありったけの眼力で上目遣いで窺って、お姉様に察して貰おうとする、どだい上手くなんか行かない卑怯な手を毎回使ってしまう。
今回も、そうだった。で、やっぱりこうなった。
頬を膨らませたままお姉様の手を振り切り、教室の自分の席へ向かう。鞄を机の側面の金具に引っ掛けて後ろを振り向くと、僕と目を合わせた後ゆっくりと体を翻し、深い溜息を吐いてから潤音様と立ち去って行くお姉様の姿が大きくはっきりと目の中に飛び込んで来て、僕は一気に酷い自己嫌悪に襲われた。
椅子に座り込み、両肘を机の上に置いて頭を抱かえて反省のポーズを取っていると、
「ざまあないなあ!」
と、頭のすぐ上から晶の快活な声が降り注いだ。
皮肉めいた調子ならまだしも、明らかに愉快そうな友の口調が癇に障ったので、僕はムッとしつつ顔を上げた。そこには僕のすぐ右側にに立つ彼と、僕の席の右隣、佐藤弘光のそれに腰掛けた真が居た。二人共、何か面白い見世物でも見物してるが如く表情をしてニヤニヤと僕に視線を投げ掛けている。
「何よ?」
「いやさあ、忍。お前も早く気付けばいいのになあって……、思ってさ。」
「…………。」
「姉なんて、所詮あんな物だぜ?弟や妹なんて意に介してもいないんだ。」
言葉通りに解釈しても友達に対する言葉としては不適切なように感じ、その上意味有りげに仰々しく抑揚をつけた晶の口調に、ましてやお前達は他人同士の擬似姉妹だろ?いい加減に学習しろよ……、な感じの言外な意思を節々に察して、僕はますます不愉快に思った。さらに、自分だって僕と同じように従姉におんぶに抱っこな癖に、真まで晶に同調するようにウンウンと偉そうに相槌を打って頷いているので余計に癪に障った。真、お前はこちら側の人間だろう……。
「そんな事ないわよ。」
「素直じゃないなあ。」
ムカムカとした気分を抱いて突っ伏したまま、左の方、窓の外へと顔を向けた僕へ呆れたように晶は尚も声を掛ける。心底、放って於いて欲しい、そう思った。
流石のこの二人も、不貞腐れて返事もしなくなった僕を見て空気を読んだのか、さもなければ単に興味を逸したのか、それ以上は弄って来なかった。
早登校組が人も疎らな教室内で三々五々と交わす小鳥達の囀りのような賑やかな喋り声があちらこちらから響く中、僕のすぐ側では何やらタッチパネルを操作しているが如く、何か硬い板状の物を指で細かく連打する固くてその癖軽い音が断続的に聞こえている。同時に今、真の物と思しき間延びした大きな欠伸が漏れる音もしたから、これはきっと晶が彼の携帯電話を弄っている物音だろう。僕の知る限り、真は眠気を凝らしながら情報機器を素早く操作できる程器用ではないからだ。
突然、板を割って押し入るように、無味乾燥な、それでいて耳に残る高くて短いメロディの着信音がパッと断続的に二度鳴り響き、
「あっ!」
と晶が低く声を上げる。顔をまた二人の居る廊下の方へ向け直すと、やはりその後ろの机に凭れ掛かる真が後ろから覗き込む傍で、佐藤の席に居続けている晶が熱心に、しかも今まさにガッツポーズをせんとするかの如く右腕を折り曲げるように引き寄せて、左の掌中にある携帯端末の液晶画面を凝視していた。
「よし、売れた!」
「わあ、やった!やった!また儲かったね!」
と、小声と云えど此方の耳の中にもしっかりと入ってくるはしゃぎ声から察するに、株でも取引しているのだろうか?
馨しい程のお金の匂いに釣られて思わず顔をバッと勢い良く上げ、心持ち前のめりになりながら晶の手中のスマートフォンを凝視する。気が付けば、何時の間にやら僕は自分の席から離れて中腰になり、真と一緒にそのディスプレーをじっと見つめていた。
それは、一見するとどこにでもある、ネット上に存在する一般向けのオークションサイトに見えた。事実、晶が熱心に見ていたページは、彼がそこでの取引で売買した物や入札した品を列記した取引履歴が表示された、彼に割り振られたユーザーページである。
しかしながら、造形呪文と召喚魔法しか満足に扱えない僕でもはっきりと解る。このオークションサイト、ただのウェブページではない。少しでも魔法の素質のある者なら薄っぺらいティッシュペーパー1枚に切れ目を入れる位の念で簡単に破る事が出来る、何とも微弱でお粗末な魔法結界で全体が包み込まれている。流石にユーザーページのような秘匿重視な所にはかなり密に強力な魔法陣等で何重にもプロテクトを掛けているようだが、トップに接続する程度なら普通に出来そうなので、余り裏サイトっぽい秘密裏な臭いは感じられない。
「何ですの?これ。」
「見たら解るだろ?競売サイトだよ。」
そんな事は言われなくとも……。ただどういう背景をした何処の馬の骨なのかを訊きたかったのに、その意図が上手く伝わらなかったのか、透かさず返ってきた割には頓珍漢な応答をした晶のドヤ顔を目の当たりにして僕は内心苦笑してしまった。本当は皮肉でも何でも一言呈してやりたいが、晶が機嫌を損ねるとそれはそれで厄介なので、
「ふ――ん……。」
とおくびにも出さずに相槌だけは打っておく。
「ほら、ヤフオクとか楽オクとか、e-bayとかあるだろ?そんなのと同じだぜ?」
だぜ?と、きっぱりと言い切るのではなく誤魔化すが如く微妙に疑問口調で語尾を上げる、その言い方の所為かまるで晶に見下されるように馬鹿にされている気がして、凄く腹立たしく感じた。幾ら僕がこの手の話題に多少疎かったって、流石にオークションサイトがどう云う物で何をする場所か位は知っているし、察しも付く。
でも結局、
「へ――っ……!」
と、心にもない感嘆の声を付き合いで上げる。晶は猛抗議するだろうけれども、ひょっとすると僕達は女の子の世界に順応し過ぎて取り返しのつかない所まで来てしまったのでは?とゾッとする瞬間だ。そして、まだ大丈夫、本人の居ない所で悪口で盛り上がるなんて事にはなっていない、と妙な所で安心してしまう姑息な一時でもある。
「ごめんなさい。ちょっと通っていい?」
そんな声にまるで操られたかの如く反射的に、僕と晶は会話を中断し、揃って教卓のある方向、即ち目の前へ顔を向けた。
僕達の方へ声を掛けた、髪型がボブカットで鼻筋が少し通ってる事以外は普通過ぎて特に取り留めた所のない、学校指定ではない円筒形の紺色のスポーツバッグをショルダーで右肩から提げているその少女は、僕の後ろの席の白滝さんだった。どうやら荷物を肩に掛けたまま僕と佐藤の机の間を通り抜けようにも、僕と晶という障害物に鞄をぶつけてつっかえそうで困っているらしい。
左手首に着けている青い40mm文字盤のセイコーのパイロットウォッチへ目を遣ると、針は既に8時15分をとうに過ぎた事を指し示している。周囲を見渡せば、もうかなり多くのクラスメイトが到着しているようで、さっきよりもずっと教室の中は賑やかに、というよりは煩雑とした雰囲気になっていた。
「あ、ごっめ――ん!」
さっきまで粗暴な男口調でグダグダ言っていた人物のそれとは思えない、なんともまあ上手く猫を被ったものだと甚く感心するぶりっ子ぶりを発揮してその場から素早く退くと、晶はまだ佐藤の席に居座っている真へ目配せをし、無言で離席を促した。
「じゃあ、わたし達もう行くね――!ほら、真。行くよ!」
「うん!じゃあシノピー、お昼いつものとこでね!」
「わかっていますわ!それじゃあ!」
会釈し、軽く手を振ってそそくさと教室から出て行く両名の背中を普段のように、感心と呆れが半々混じった視線とともに見送る。本当、傍から見ればよもや男の子だなんて思われないだろうな。全く、粗暴な本性な割に上手に化けているものだ。
殆どニアミスのような形で、後ろの方の扉から出ていった晶達と入れ替わるように教卓がある方から、まだ眠そうなぼんやりとした顔をした佐藤が欠伸を堪えつつのっそりと入って来た。途端、周囲のクラスメイト達の纏う空気が警戒感を纏ったピリピリとした物に激変する。僕は、勿論自分も彼女らと同じ嫌悪な視線を向ける一人でありながらも、一体どれだけの人間に嫌われているのか、と少し彼に対して同情してしまった。
流石にどんなに鈍感な人間でもただならぬ気配は感じるのだろう。明らかに歓迎されていない空気に怯んだのか、佐藤の顔も引き攣っているように見える。僕は憐憫な情さえも抱き始めた。
佐藤 弘光がどんどん近付いて来る。不意に何かの拍子か、それとも僕が見ている事に気が付いたのか、少し顔を上げた。その刹那、視線と視線がピッタリと一つに重なりあう。
ニコッと……、こんな好ましい表現を使いたくはないがそうとしか表現しようがない様……、一面に笑みを向けた佐藤が口を大きく開いた途端。僕はあっけなく前言を翻し、窓の外に見える樹の枝で戯れている数羽の小鳥達の可憐な姿にひたすら目を向けた。冗談じゃない。こっちにだって体面とかプライドとか言うものがある。図らずもクラブが同じになったからとはいえ、こんな助け平な男に馴れ馴れしく接触される謂れはなし、あれだけ嫌悪感を振り撒いて居たのに今更相手をするなんて軽い女に見られるのは、僕自身の周りに対する立場の沽券に関わる。
「あ、あの……。白鷺さん?」
「…………。」
話し掛けてくるなよ、馬鹿……。おどおどした口調の佐藤に対して無視を決め込みつつ、僕はそんな事を思う。傍から見れば酷い人なのかもしれないけれど、自分が特に悪い事をしているという気分にはなれなかった。毒されているのだろうか……。
わたしは悪くない!うん、わたしは悪くないもの!
そんなさもしい台詞が、ぼんやり灰色に濁った白一面の頭の中をエンドレスで駆け巡っていた。ちょっとだけ、自己嫌悪である。