547:オリハルコンの輝き
オリハルコン。超古代に魔族が作り出した魔法合金。
魔法によって分子結合が強化されており、その硬度はダイヤモンドをも凌ぎ、いかなる超高温にも耐えるといわれる。
いっぽう、エルフは魔族に対抗するため、オリハルコンをコピーしてヒヒイロカネを作り出した。それと同時に、オリハルコンを打ち砕く武具をも製作している。
それが轟炎の聖弓パリューバルと閃炎の魔弓カシュナバル。この一対の魔力武装から放たれる魔力の波長は、オリハルコンやヒヒイロカネを強化している特殊な魔力を打ち消し、分子結合を弱める効果を持つ。そのいずれかでもここにあれば、たとえオリハルコン製のゴーレムといえども……。
そんなもん持ってきてねーよ! 魔弓はハネリンに持たせてるし、聖弓のほうはメルに預けっぱなしになってるからな。
といって、手持ちのアエリアではオリハルコンに傷ひとつ付けられない。むしろアエリアの刀身のほうがへし折れるだろう。素手で殴っても同じことだ。俺の手のほうが痛いし。勇者の成長限界の攻撃力をもってしても歯が立たんとは。
真紅のゴーレムは相変わらず軽やかなステップを踏んで両腕を叩き込んでくる。実際にはその一歩を踏みしめるごと、石畳が軋みをあげて割れ砕け、その下からもオリハルコンの紅い輝きがのぞいている。おそらく、ゴーレムの重量を支えるため、このへん一帯の床もオリハルコンでがっちり補強されてるんだろう。床をぶち抜いて落とし穴を掘る、なんて作戦もリネスが考えたが、これでは無理だな。しかしこいつ、いったいどれほど重いんだ。五トンや十トンは軽くありそう。
エルフのヒヒイロカネと比べて、オリハルコンがこれほど重いってのはどういうことだろう。所詮ヒヒイロカネはデッドコピーにすぎんということか。もっとも、ヒヒイロカネはあの軽さがメリットという一面もあったが。
「うーん、ボクも何か手伝えればいいんだけど……。あ、そうか」
俺が前面でゴーレム相手に飛んだり跳ねたりしてる間に、後方ではリネスがまた何か思いついたような顔をしている。
「いっそ、ルミナリィ・ノヴァで吹っ飛ばしちゃおう」
「おお、その手があったか」
「んじゃ、詠唱するから、タイミングをあわせて跳びのいてねー」
リネスはささっと両手をかざし、ふんにゃー、ぐるにゃん、むんぐるにゃー、とかなんとか詠唱をはじめた。リネスいわく、これは高速詠唱というやつで、通常の三倍の速度で詠唱を完了させられるのだとか。ただし周囲には何をいってるのかわからず、子猫の鳴き声みたいに聴こえてしまうそうだ。
「えーいっ! ルミナリィ・ノヴァー!」
リネスの両手からまばゆい閃光が奔る。続いて白い燐光が、ぼうんっとゴーレムの周囲に生じた。真紅の巨体が、白い輝きに包まれ、その彼方へ、次第に姿がかき消されてゆく――。
リネスの切り札、新生属性魔法。対象をこの世でもあの世でもない亜空間に放り込み、消し去ってしまうという大技だ。実際には瞬間移動魔法のできそこないで、移動先の指定座標が亜空間に固定されているという、なんとも酷い代物だが。
きらきらと通路内を埋め尽くす白銀の燐光。その輝きが次第に薄まってゆく――。
「……あッ?」
リネスが驚声をあげた。
燐光が消え去った後。ゴーレムの真紅の巨体は依然、そこに悠々とそびえ立っていた。
「う、うそ、失敗? 詠唱は完璧だったはずなのに!」
リネスは愕然と叫んだ。自慢の切り札だけに、驚きも大きいようだ。つい先日には、他でもない俺自身がこの魔法を打ち破ってるが、あのときでも、俺を亜空間へ吹っ飛ばすこと自体には成功している。ところがこのゴーレムは、そもそも転移していない。
「……あー、なんとなく推測がついた」
俺はぽそりと呟いた。
「どういうこと?」
「ありゃ重すぎるんだ。スーさんの瞬間移動にだって重量制限があるからな」
スーさんの場合、魔力全て使い切って、一度にせいぜい一トンくらいを運ぶのがやっと。それでもたいしたもんだと思うが。リネスの魔法も、それほど大きな質量は転移させられないんだろう。
ゴーレムは、再び軽やかな足運びでこちらへ迫ってくる。
その様子を眺めて、ふと、俺はあることに気付いた。
「も、もう、打つ手無し……?」
リネスが言うのへ、俺は軽く首を振った。
「そうでもないようだ。転移には失敗したようだが……こういうことって、あるんだな」
「え、なに?」
「……こういうことじゃァァー!」
俺はささっと身構えるや、ゴーレムの腹めがけ、亜音速の飛び蹴りを叩き込んだ。
バゴンッ! と、鈍い音が響き、真紅のゴーレムの胴体はあっけなく砕けた。手足を振り回しながら、赤い巨体はガランガランと豪快に床へ崩れ落ちてゆく。
「え……えええっ? どうなってんの?」
リネスが素っ頓狂な声で訊く。俺は小さく息をついた。
「どうも、オリハルコンの輝きが、さっきより随分鈍くなってると思ってな。おまえの魔法が、オリハルコンに掛かってた強化魔法を打ち消したんだろう」
さっきリネスが放ったルミナリィ・ノヴァの魔力の波長が、あの魔弓や聖弓の魔力と同様の作用をした、ということらしい。
まさか、できそこないの転移魔法が、こんな形で役に立つとは。世の中、なんでもやってみないとわからんもんだ。




