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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第42話

 金曜日。


 一学期中間試験の結果発表日。


 秀明館学園の昇降口ホールには、朝から人だかりができていた。


 掲示板に張り出された順位表。それは残酷なまでのヒエラルキーの可視化だ。


 生徒たちは押し合いへし合いしながら、自分の名前を探し、安堵のため息を漏らしたり、絶望の悲鳴を上げたりしている。




 俺は人混みの後ろから、静かにそのリストを見上げた。


 一番上の行。




 『第一位 西園寺 玲央 ー 全科目満点』




 当然だ。


 前世での知識があるとはいえ、現代の受験戦争を勝ち抜くためのメソッドは身体に染み付いている。


 周囲がざわめき始める。




「おい、また西園寺だぞ……」


「全科目満点ってマジかよ。人間じゃねえ」


「顔も良くて金持ちで頭もいいとか、神様不公平すぎだろ」




 羨望と嫉妬が入り混じった視線が背中に刺さる。


 だが、それは覇者にとっての心地よいBGMに過ぎない。


 俺は表情一つ変えず、踵を返そうとした。




 その時、人混みがモーゼの海割れのように左右に開いた。


 現れたのは、一人の少女。


 桜木マナ。


 一五歳のアイドルの原石。


 今日の彼女は、夏の制服に衣替えしている。半袖のブラウスから伸びる腕は、白く眩しい。


 ショートカットの髪が朝の光を受けて天使の輪を描き、大きな瞳が掲示板を真剣に見つめている。


 その横顔の美しさに、騒がしかった男子生徒たちが一瞬言葉を失う。


 彼女はただそこにいるだけで、場の空気を清浄なものに変えてしまう「主人公」のオーラを持っていた。




「あ……あった」




 マナが小さく声を弾ませる。


 彼女の視線の先――学年一五位。


 進学校の秀明館で、芸能活動の準備をしながらこの順位は立派なものだ。




「おめでとう、マナ。努力の成果だな」




 俺が声をかけると、彼女は振り返り、花が咲くような笑顔を見せた。




「玲央くん! ……うん、ありがとう! 玲央くんや藍ちゃんに教えてもらったおかげだよ」


「謙遜するな。君が時間を削って机に向かった結果だ」


「えへへ……。でも、玲央くんはすごいね。一位、しかも満点なんて」




 マナは尊敬の眼差しで俺を見る。


 その瞳には一点の曇りもない。


 かつて日向翔太に「お前は馬鹿だから」と呪いをかけられ、自信を喪失していた少女はもういない。


 今の彼女は、自分の力で未来を切り開こうとする強さを秘めている。




「私も、もっと頑張る。勉強も、歌も、演技も。……玲央くんの隣にいても恥ずかしくないように」




 その言葉は、まるで愛の告白のように聞こえたが、彼女にとっては純粋な決意表明なのだろう。


 俺は彼女の頭を軽く撫でてやった。


 マナの頬が林檎のように赤くなる。


 周囲の男子生徒たちから殺気にも似た嫉妬を感じながら、俺たちは教室へと向かった。




 放課後。


 俺は帰宅のタクシーの中で、次なる事業計画を脳内でシミュレーションしていた。


 モバイルオークション、レンタルサーバー、ASP。


 これらは「インフラ」を押さえるビジネスだ。


 だが、もっと直接的に、もっと爆発的に利益を生む「金融の革命」がすぐそこまで来ている。




 一九九八年、外為法の改正。


 これにより、個人でも自由に外国為替取引ができるようになった。


 だが、一九九九年現在の状況はあまりにお粗末だ。


 個人がドルを買おうと思えば、銀行の窓口に行くか、電話で証券会社に注文するしかない。


 手数料は広く、情報は遅く、レバレッジも効きにくい。


 業者が莫大な利益を中抜きし、個人投資家がカモにされる構造。




 ここに、風穴を開ける。


 『オンラインFX取引プラットフォーム』。


 インターネット上で、二四時間、リアルタイムの為替レートで、クリック一つで売買できるシステム。


 スプレッドを極限まで狭くし、レバレッジを効かせ、個人がプロと同じ土俵で戦える環境を提供する。




 まだ「FX」という言葉すら一般的ではない今だからこそ、勝機がある。


 システム開発には金がかかるが、ASP事業で得た資金と、白鳥恒一のデザイン、そして優秀なエンジニアがいれば可能だ。


 俺は手帳に『Leo FX Project』と書き込み、不敵に笑った。


 日本中のタンス預金が、俺のプラットフォームに流れ込む未来が見える。




 帰宅途中、俺は高級スーパー『紀ノ国屋』に立ち寄った。


 今日の夕食のテーマは、勝利の宴に相応しい洋食だ。


 「鶏肉のトマト煮込み」。




 主役の鶏肉は、徳島県産の地鶏『阿波尾鶏』。


 適度な歯ごたえと、噛むほどに溢れるコクのある旨味が特徴だ。これをモモ肉一枚、大胆に使う。


 トマトは缶詰だが、イタリア産の『サンマルツァーノ』種のホールトマトを厳選。酸味と甘味のバランスが煮込み料理に最適だからだ。


 


 付け合わせには、ブロッコリーと、バターライスのための米。


 そして、料理の格を決めるワイン。


 煮込み用と飲用を兼ねて、フランス・ブルゴーニュ産の『ピノ・ノワール』。一九九六年ヴィンテージ。五〇〇〇円のボトルだ。


 カゴの中身だけで、一般的な高校生の小遣いが吹き飛ぶ金額だが、食への投資は明日への活力だ。




 帰宅し、エプロンを締める。


 キッチンが俺のラボに変わる。




 まずは「バターライス」の仕込みから。


 米は研がずに使う。


 フライパンにバターをたっぷりと溶かし、みじん切りにした玉ねぎを透き通るまで炒める。


 そこへ生米を投入。


 米が透き通り、バターを吸って白くなるまで丁寧に炒める。この工程が、炊きあがりのパラパラ感と芳醇な香りを生む。


 チキンブイヨンを注ぎ、蓋をして炊き上げる。




 その間に、メインの「鶏肉のトマト煮込み」だ。


 阿波尾鶏のモモ肉に塩コショウを振り、皮目から焼く。


 ジュワァァッ……!


 強火で一気に。皮をパリパリのきつね色にする。中は生でいい。このメイラード反応による香ばしさがソースの深みになる。


 肉を一度取り出し、その脂でニンニク、玉ねぎ、セロリを炒める。


 香味野菜の香りが立ったら、赤ワインをドボドボと注ぐ。


 フランベ。


 ボッ! と青い炎が上がり、アルコールを飛ばす。


 そこへ手で潰したホールトマト、ローリエ、ローズマリー、そして鶏肉を戻し入れる。


 弱火でコトコト二〇分。


 煮込んでいる間に、別の鍋でブロッコリーを塩茹でする。色は鮮やかな緑色、食感はコリッとしたアルデンテに。




「……完成だ」




 皿に盛り付ける。


 バターライスの白、トマトソースの赤、ブロッコリーの緑。


 トリコロールが美しい。


 グラスにピノ・ノワールを注ぎ、俺は一人乾杯した。




「頂きます」




 ナイフを入れる。


 阿波尾鶏はホロホロに柔らかく煮込まれており、抵抗なく切れる。


 口に運ぶ。


 ……美味い。


 トマトの酸味が、地鶏の濃厚な脂を包み込み、噛むほどに肉の旨味が爆発する。


 ハーブの香りが鼻に抜け、後味は爽やかだ。




 そこへバターライス。


 バターのコクと、ブイヨンの旨味を吸った米が、トマトソースと絡み合う。


 最強の組み合わせだ。


 ワインを含む。


 ピノ・ノワールの繊細なタンニンと酸味が、料理の余韻を美しく流してくれる。




 誰にも邪魔されない、完璧なディナー。


 一位を取った自分への、最高の報酬だ。




 食後。


 俺は食器を片付け、リラックスチェアに深く身を沈めた。


 サイドテーブルには残りのワイン。


 手には、図書館で借りてきた分厚いハードカバー。


 マイケル・ポーター著『競争の戦略(Competitive Strategy)』。




 一九八〇年に出版された経営学の古典だが、その理論は一九九九年の今でも、いや、これから来るネット時代にこそ輝きを増す。


 『ファイブフォース分析』『三つの基本戦略』。


 俺はページをめくりながら、自分のFX事業を当てはめていく。




 既存の金融業界は「参入障壁」が高いと思われている。


 だが、ネットという武器を使えば、その壁を無効化できる。


 俺が取るべき戦略は「差別化(Differentiation)」と「集中(Focus)」だ。


 大手銀行が手を出しにくい「個人投資家」というニッチに集中し、圧倒的なUIとスピードで差別化する。




「……コストリーダーシップではない。価値の創造だ」




 俺は呟き、グラスを傾けた。


 本の中の理論が、俺の頭の中で具体的なコードとビジネスモデルに変換されていく。




 一九九九年五月二一日。


 学業の頂点を極めた夜。


 俺は来るべき「金融革命」の青写真を完成させ、静かに本を閉じた。


 勝つための準備は、常に孤独な夜に行われるものだ。

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