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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第32話 捏造された熱愛と消えた週刊誌

 ゴールデンウィークの余韻も完全に消え、学園は来週に迫った中間テストに向けたピリピリとした空気に包まれていた。


 3限目、物理。


 担当教師は、黒板に複雑な力学の計算式を書き殴りながら、チョークを置いた。




「……というわけで、この運動方程式が成り立つわけだが。ここで摩擦係数が変化した場合の加速度の変動について、説明できる者はいるか?」




 教室内が静まり返る。


 公式を暗記しているだけの生徒には、応用問題への即答は難しい。


 教師の視線が、出席簿の上を滑る。




「……西園寺。いけるか?」




 指名された俺は、手元の洋書から顔を上げ、静かに立ち上がった。




「はい。摩擦係数の変化は、接地面の粗さや材質の変化、あるいは潤滑材の介在によって生じます。運動方程式『F=ma』において、摩擦力は運動方向と逆向きに働く抵抗力として作用するため、摩擦係数が増加すれば正味の力Fが減少し、結果として加速度aも減少します。逆に係数が減少すれば、加速度は増加します。数式で表すなら……」




 俺は空中に指で式を描くように説明した。


 物理法則は、経済の動きよりも遥かにシンプルで美しい。


 変数さえ特定できれば、答えは一つに定まるからだ。




「……正解だ。相変わらず、完璧だな」




 教師は感心したように頷き、授業を再開した。


 着席すると、隣の城戸隼人が「お前、脳みそどうなってんだよ……」と呆れたように囁いた。


 俺は小さく肩をすくめた。


 物理の問題は解けても、人間の悪意が絡む問題は、そう単純にはいかない。


 ポケットの中の携帯電話が、マナーモードで短く震えた。


 舞からのメールだ。




 『手はず通り、完了しました』




 俺は口元だけで笑った。


 こちらの「掃除」も、完了したようだ。




 事の発端は、昨夜のことだった。


 舞から緊急の連絡が入った。


 本日発売の某週刊誌に、天童くるみの「熱愛発覚」記事が掲載されるというのだ。


 相手は、業界で絶大な権力を持つ大物音楽プロデューサー、権藤。


 記事の内容は、「枕営業でセンターを勝ち取った」という悪質な捏造だった。


 権藤は、自分の愛人にならなかったタレントを潰すことで有名な男だ。


 くるみさんが彼の誘いを断った報復だろう。




 発売されれば、真偽に関わらずアイドルのイメージは失墜する。


 18歳の少女の夢を、大人の汚い欲望で踏みにじらせるわけにはいかない。


 俺は即座に動いた。


 権藤の周辺を洗わせていた調査チームが、決定的な「爆弾」を掴んでいたからだ。




 昼休み。


 俺は学校を抜け出し、都内のホテルの一室に向かった。


 そこには、青ざめた顔でテレビのニュースを見つめる天童くるみの姿があった。


 マネージャーも同席しているが、部屋の空気は重苦しい。




「……嘘、でしょ……?」




 くるみさんが震える声で呟いた。


 テレビ画面には、速報テロップが流れている。




 『大物音楽プロデューサー権藤、巨額脱税容疑で逮捕。東京地検特捜部が家宅捜索』




 画面には、フラッシュの嵐の中、コートで顔を隠して連行される権藤の姿が映し出されていた。




「お疲れ様です、くるみさん」




 俺が部屋に入ると、くるみさんは弾かれたように振り返った。


 その瞳には、恐怖と混乱、そして微かな期待が混じっていた。




「レオ……! これ、どういうこと? あの記事は?」


「発売中止ですよ。……正確には、印刷所から出荷された雑誌は全て回収されました」




 俺はテーブルの上に、回収させた雑誌の一部を放り投げた。


 表紙には『天童くるみ、禁断の愛人契約!』という扇情的な見出しが躍っている。


 だが、この雑誌がコンビニや書店に並ぶことは永遠にない。




「権藤の脱税と、架空請求による裏金作り。その証拠を、検察とライバル誌にリークしました。……彼が逮捕された今、この記事を出すことは出版社にとってもリスクになります。『犯罪者の愛人』というレッテルは、名誉毀損のリスクが高すぎる」


「……あんたが、やったの?」


「僕ではありません。正義感溢れる市民からの通報があったようですね」




 俺は淡々と答えた。


 くるみさんは雑誌を手に取り、震える指でページをめくった。


 そこには、遠近法を悪用して親密そうに見せかけた盗撮写真と、あることないことが書かれた記事が載っていた。


 彼女は唇を噛み締め、雑誌を閉じた。




「……怖いわ、あんた」




 彼女が顔を上げた。


 その大きな瞳が、俺を射抜くように見つめている。


 1999年のアイドルシーンを牽引する美少女。


 その顔には、安堵の涙と共に、俺という存在への畏怖が浮かんでいた。




「一晩で、あの大物を潰しちゃうなんて……。あんた、本当に高校生なの?」


「ただの投資家ですよ。……大切な商品に傷がつくのを防ぐのは、オーナーの義務です」


「……『商品』か。ふふっ、相変わらず冷たい言い方」




 くるみさんは力なく笑い、へなへなとソファに座り込んだ。


 緊張の糸が切れたのだろう。




「でも……ありがと。あんたがいなかったら、あたし、終わってた」


「礼には及びません。……くるみさんには、こんなつまらないゴシップで消えてもらうわけにはいきませんから」




 俺はハンカチを差し出した。


 彼女はそれを受け取り、乱暴に目元を拭った。




「……ねえ。気晴らし付き合ってよ。このままじゃ、心臓が持たない」




 連れて行かれたのは、六本木の会員制カラオケバーだった。


 完全個室の防音室。ここならパパラッチの目も届かない。




「うおおおおぉぉぉ!! バカヤロー!!」




 くるみさんがマイクに向かって絶叫した。


 選曲は、パンクロックバンドの激しいナンバーだ。


 普段の可憐なアイドルボイスとは違う、腹の底から絞り出すようなシャウト。


 彼女はタンバリンを叩き、ソファの上で飛び跳ねる。


 ストレスの発散方法は人それぞれだが、彼女の場合は「爆発」させるタイプのようだ。




「……スッキリした?」


「まだ! レオも歌ってよ! デュエット!」




 強引にマイクを渡される。


 曲は、モーニング娘。の『LOVEマシーン』……はまだ発売前か。


 SPEEDの『ALL MY TRUE LOVE』が入った。


 ハイテンポなダンスナンバーだ。




「ついてこれる?」


「くるみさんのオーナーを甘く見ないでください」




 俺たちは歌い、踊った。


 41歳の精神には少々ハードだが、15歳の肉体はリズムに反応して躍動する。


 くるみさんのプロのダンスと歌唱力に引っ張られ、俺も熱唱した。


 曲が終わると、二人は肩で息をして笑い合った。


 汗ばんだ彼女の髪が額に張り付いている。


 その乱れた姿すらも、圧倒的に美しい。


 これだけの才能を、薄汚い大人の事情で潰させてなるものか。


 俺は改めてそう誓った。




 くるみさんを送り届けた後、俺は舞と合流した。


 車内での報告会だ。




「お疲れ様でした、社長。……権藤の逮捕により、出版社の動きも完全に止まりました」


「ご苦労だった、舞。君の情報収集能力のおかげだ」




 運転席の舞に声をかける。


 彼女はバックミラー越しに、静かに微笑んだ。


 ダークスーツに身を包んだ彼女は、今日も完璧な「美人秘書」だ。


 だが、その瞳には少しだけ疲労の色が見える。


 今回の裏工作は、かなり神経を使う仕事だったはずだ。




「……少し、休みを取るか?」


「いいえ。社長が休まれないのに、私が休むわけにはいきません。それに……」


「それに?」


「悪党が裁かれるのを見るのは、最高の保養になりますから」




 彼女の声に、冷徹な響きが混じった。


 かつて自分たち家族を追い詰めた闇金業者と、今回の権藤を重ねているのかもしれない。


 彼女の正義感は、時に俺よりも苛烈だ。




「頼もしいな。……だが、無理はするなよ」


「はい。お気遣い、感謝いたします」




 車は滑らかに都心を走る。


 俺たちの共犯関係は、また一つ、確かな実績を積み上げた。




 夕方。


 俺は渋谷駅前広場に足を運んだ。


 そこには、いつものように演説をする宮島寅雄の姿があった。


 今日の演説テーマは「メディアの責任と大衆の盲目」についてだ。


 まるで今日の事件を知っていたかのようなタイミングだ。




「……大衆は、与えられた情報を真実だと思い込む! メディアが『悪』と決めつければ、石を投げる! だが、その石が誰かの人生を壊すことに、責任を持てるのか!」




 嗄れた声が響く。


 足を止める人は少ないが、彼の言葉には熱がある。


 俺は演説が終わるのを待ち、缶コーヒーを差し出した。




「お疲れ様です、先生」


「おお、少年。……また来たか」




 宮島は汗を拭い、コーヒーを受け取った。




「今日の演説、沁みましたよ。……実は今日、身近でメディアの暴力に晒されかけた友人がいまして」


「ほう……。それは災難だったな。守れたのか?」


「ええ。なんとか」


「そうか。……力なき正義は無力だが、正義なき力もまた暴力だ。君が持っている『力』を、どう使うか。それが試されているのだよ」




 宮島は俺の目を覗き込んだ。


 彼は俺が何者かを薄々勘づいている。


 それでも、一人の若者として対等に接してくれる。


 彼の言葉は、ビジネスの損得勘定で麻痺しそうになる俺の倫理観を、正しくチューニングしてくれる。




「肝に銘じます」


「うむ。……また来たまえ。君との会話は、私の錆びついた頭の良い刺激になる」




 宮島は豪快に笑った。


 この「敗北を知る大人」との時間は、俺にとって得難い学びの場だ。




 帰宅後。


 俺はリビングでパズルに向かった。


 1000ピースの「星月夜」。ゴッホの名画だ。


 複雑な渦巻き模様が、難易度を跳ね上げている。


 一つ一つのピースを嵌め込みながら、今日一日の出来事を整理する。


 権藤の排除。くるみの救済。舞の忠誠。宮島の教訓。


 それらは全て、俺の人生というパズルのピースだ。


 どこに配置すれば、全体が美しく完成するのか。


 41年の経験則と、未来の知識を総動員して配置していく。




 パチリ。


 最後のピースが埋まった。


 完成した絵画を眺めながら、俺は達成感と、微かな空虚感を感じていた。


 完璧な勝利。


 だが、その裏には常に、誰かの破滅がある。


 権藤は自業自得だが、その家族や関係者には罪はない。


 それを背負う覚悟が、俺にはあるか。


 問いかけは、夜の闇に吸い込まれていった。




 時計の針が22時を回った頃。


 携帯電話が鳴った。


 城戸隼人からだ。




『……よぉ、西園寺。起きてるか?』


「ああ。どうした、改まって」


『その……言いにくいんだけどよ。……勉強、教えてくんね?』




 電話の向こうで、隼人が申し訳なさそうに言った。


 来週からの中間テスト。


 赤点回避のためには、一夜漬けでは間に合わないと悟ったのだろう。




「構わないよ。今から来るか?」


『マジか! 助かる! ……今からチャリ飛ばして行くわ!』




 元気な声が返ってきた。


 俺は電話を切り、苦笑した。


 今日一日、大人たちの汚い世界と戦ってきた俺にとって、彼の単純明快な悩みは、清涼剤のように心地よい。


 俺はキッチンに行き、夜食の準備を始めた。


 育ち盛りの男子高校生には、勉強よりもカロリーが必要だろう。


 冷蔵庫には、最高級のハムとチーズがある。


 特製サンドイッチでも作って待つとしよう。

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