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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第31話 黄昏の観覧車と情熱のパエリア

 ゴールデンウィークが終わり、日常が戻ってきた。


 五月晴れの空とは裏腹に、登校する生徒たちの背中は一様に重い。いわゆる「五月病」の気配が校内に漂っている。


 俺は、そんな空気など意に介さず、涼しい顔で廊下を歩いていた。


 連休中に仕込んだビジネスの種は順調に芽吹き始めている。憂鬱になっている暇はない。




 移動教室へ向かう途中、渡り廊下で霧島セイラ先輩とすれ違った。


 今日の彼女は、いつにも増して凛としたオーラを放っていた。


 腰まで届く艶やかな黒髪、日本人離れした彫りの深い美貌。


 制服を完璧に着こなし、背筋を伸ばして歩く姿は、だらけた生徒たちの中で一際の異彩を放っている。


 まさに「氷の女王」の異名に相応しい。




「……ごきげんよう、霧島先輩」




 俺が声をかけると、彼女は足を止め、流し目で俺を見た。




「……おはよう、西園寺くん。連休ボケはしていないようね」


「ええ。休みこそ最大のビジネスチャンスですから」


「相変わらずね。……でも、その貪欲さは嫌いじゃないわ」




 彼女はフッと小さく笑った。


 以前のような刺々しさは消え、対等な人間としての敬意が含まれているように感じる。


 彼女の家――霧島家の経済状況は、依然として予断を許さないはずだ。


 だが、彼女は決して弱みを見せない。その気高さこそが、彼女の魅力だ。




「結衣が言っていたわ。『西園寺くん、連休中に会えなくて寂しかった』って」


「それは光栄ですね。……花村先輩にもよろしくお伝えください」


「ええ。……それじゃあ」




 彼女は長い髪を翻し、優雅に去っていった。


 その背中を見送りながら、俺はふと思った。


 彼女が本当に心を許した時、その氷の下にはどんな素顔が隠されているのだろうか。


 それを知るのは、俺でありたいと思う。




 放課後。


 俺は柚木沙耶さんと待ち合わせをしていた。


 場所は、お台場。


 今年の3月に開業したばかりの『パレットタウン』だ。


 巨大な観覧車が、東京湾の夕暮れを背景にそびえ立っている。




「……ごめん、待った?」




 人混みの中から、沙耶さんが現れた。


 今日の彼女は、黒のキャミソールワンピースに、透け感のあるカーディガンを羽織っている。


 鎖骨のラインが美しく、アンニュイなショートボブが海風に揺れている。


 その大人の色香に、周囲のカップルの男性たちが思わず視線を奪われているのが分かった。




「いいえ。俺も着いたところです」


「ふふ、なら良かった。……で? 急に『遊びに行きましょう』なんて、どういう風の吹き回し?」




 彼女は悪戯っぽく俺を覗き込んだ。


 だが、その瞳の奥には、どこか戸惑いのような色が滲んでいる。




「連休中、柚木さんにはお世話になりましたから。そのお礼です」


「律儀ねぇ。……じゃあ、エスコートしてもらいましょうか」




 俺たちはパレットタウンのアミューズメント施設『東京レジャーランド』へ向かった。


 ボウリングやカラオケ、ゲームセンターが入った巨大施設だ。


 俺たちはエアホッケーの再戦をし、クレーンゲームでふざけ合い、束の間の休日を楽しんだ。


 沙耶さんはいつものように笑い、俺をからかってくる。


 だが、ふとした瞬間に見せる沈黙が、以前よりも重い。




 日が落ち、辺りが暗くなり始めた頃。


 俺たちは大観覧車に乗ることにした。


 ゴンドラがゆっくりと上昇していく。


 眼下には、宝石を散りばめたような東京の夜景と、レインボーブリッジの輝きが広がっている。


 密室。二人きりの空間。




「……綺麗ね」




 沙耶さんは窓の外を見つめながら呟いた。


 ガラスに映る彼女の横顔は、切なげに歪んでいた。




「柚木さん。……何か悩み事ですか?」




 俺が切り出すと、彼女はビクリと肩を震わせた。


 そして、ゆっくりと俺の方へ向き直る。




「……君は、鋭いから嫌いよ」


「職業病ですので」


「……はぁ。敵わないわね」




 彼女は自嘲気味に笑い、膝の上で拳を握りしめた。




「ねえ、西園寺くん。……私、もう君と会わない方がいいかも」




 唐突な拒絶。


 だが、その声は震えていた。




「……理由を伺っても?」


「……私が、ダメになっちゃいそうだから」




 彼女は俯いた。




「最初はね、ただの興味本位だったの。舞が入れ込んでる年下の男の子。どんな子なんだろうって。……でも、気づいたら私、君のことばかり考えてる」


「……」


「ダメなのよ。舞は、私の親友なの。あの子がどれだけ君を大切に想っているか、私が一番知ってる。……だから、これ以上近づいたら、私、舞を裏切っちゃう」




 沙耶さんの告白。


 それは、彼女自身の恋心の自覚と、親友への罪悪感の吐露だった。


 彼女は舞の幸せを願っている。だからこそ、自分の気持ちに蓋をしようとしているのだ。




「……柚木さん」




 俺は彼女の手を取ろうとした。


 だが、彼女はそれを避けるように立ち上がった。ゴンドラが頂上を過ぎ、地上へと降りていく。




「……ごめん。忘れて」




 地上に着いた瞬間、扉が開く。


 彼女は逃げるように飛び出し、人混みの中へと走っていった。




「柚木さん!」




 俺の声は届かない。


 追いかけようとしたが、連休明けの混雑が壁となって立ちはだかる。


 俺は立ち尽くし、彼女の消えた方向を見つめた。


 彼女の優しさと弱さ。


 それを抱きしめるには、まだ俺たちの関係は未熟すぎたのかもしれない。




 一人でマンションに帰ろうとしていた矢先、携帯電話が鳴った。


 母からだ。




『Leo? 今夜、空いてる?』


「……ええ。ちょうど帰るところです」


『じゃあ、六本木のホテルまで来てくれる? ちょっと話したいことがあるの』




 彼女の声は明るかったが、どこか含みのある響きだった。


 俺はタクシーを拾い、母の滞在するホテルへと向かった。


 ラウンジで待っていた母は、いつものように美しかったが、少し拗ねたような表情をしていた。




「……昨日は母の日だったのに。私の可愛い息子は、顔も見せてくれなかったわね」




 ああ、やはりそこか。


 昨日はアキバに行き、涼さんと会い、自炊をし、入浴を楽しんでしまった。


 完全に失念していたわけではないが、優先順位を見誤ったようだ。




「申し訳ありません、母さん。……急な仕事が入ってしまいまして」


「言い訳は聞かないわ。……罰として、今夜は私をエスコートしなさい。夕食、まだでしょう?」




 彼女はニッコリと笑った。


 許してくれているようだが、埋め合わせは必須だ。


 俺は即座に提案した。




「では、僕の部屋で埋め合わせをさせてください。……最高級のパエリアをご馳走します」


「Paella? ……あら、いいじゃない。乗ったわ!」




 母の機嫌は現金なものだ。


 俺たちはそのままデパ地下へと直行した。


 罪滅ぼしのための、最高の食材調達だ。




 鮮魚コーナーで、手長エビとムール貝、そして大ぶりのハマグリを購入。


 パエリアの出汁は、魚介の質で決まる。


 さらに、鶏肉とチョリソー、パプリカ、インゲン。


 米は、スープを吸っても崩れにくいスペイン産の『ボンバ米』があればベストだが、ないので日本米を研がずに使う。


 サフランは惜しまず使う。あの黄金色と香りは代用が効かない。




 サイドメニューには、ハモン・セラーノとルッコラのサラダ。


 そして、チーズ専門店でマンチェゴチーズとブルーチーズを購入。


 酒は、スペインのスパークリングワイン『カヴァ』の最高峰、『クリプト』。


 シャンパンと同じ瓶内二次発酵で作られるその泡は、きめ細かくクリーミーだ。




 帰宅後、俺はキッチンで腕を振るった。


 専用のパエリア鍋にオリーブオイルを熱し、ニンニクと玉ねぎを炒める。


 鶏肉とチョリソーを加え、脂を出す。


 米を透き通るまで炒めたら、サフランを溶かした熱々のブイヨンを一気に注ぐ。




 ――ジュワアアァァッ!




 香ばしい湯気が立ち上る。


 魚介類を美しく並べ、あとは弱火でじっくりと炊き上げるだけだ。


 米がスープを吸い、鍋底にお焦げができる音に耳を澄ませる。




「……できた」




 炊き上がったパエリアは、黄金色に輝き、魚介の赤や緑が映える芸術品のような仕上がりだった。


 レモンを添えて、テーブルへ運ぶ。




「Wow! Amazing! 本場のレストランみたい!」




 母が歓声を上げる。


 カヴァで乾杯し、熱々のパエリアを頬張る。


 魚介の濃厚な旨味を吸った米のアルデンテ感と、お焦げのカリカリ感。


 そこにキリッと冷えたカヴァを流し込む。


 スペインの風が吹いた気がした。




「……美味しいわ、Leo。昨日の寂しさなんて吹き飛んじゃった」


「それは良かった。……いつも感謝していますよ、母さん」




 俺は素直に感謝を伝えた。


 沙耶さんとの一件で心がざわついていたが、母との食事で少し落ち着きを取り戻せた気がする。




 母を見送った後、俺はジャージに着替えて外に出た。


 夜の公園。


 天童くるみから、「ダンスの振り付けを見てほしい」という連絡があったからだ。


 彼女は公園の広場で、ラジカセの音楽に合わせて踊っていた。


 街灯の下、汗をかきながらステップを踏む姿は、鬼気迫るものがある。


 だが、どこか動きが硬い。




「……リズムが遅れていますよ、くるみさん」




 俺が声をかけると、彼女はビクリとして振り返った。




「あ、レオ! ……来てくれたんだ」


「ええ。……サビのターン、軸がぶれています。体幹を意識して」




 俺は彼女の横に立ち、手本を見せた。


 前世の経験に加え、今の肉体は完璧に制御できる。


 流れるようなターン。




「すっげ……。あんた、ダンスもできるの?」


「嗜み程度ですよ。……さあ、一緒にやりましょう」




 俺たちは月明かりの下、何度もステップを繰り返した。


 俺がカウントを取り、彼女がそれに合わせる。


 息が合う瞬間。


 汗ばんだ彼女の顔に、充実した笑みが浮かぶ。




「……はぁ、はぁ。……ありがと。なんか、掴めた気がする」




 彼女は地面に座り込み、スポーツドリンクを飲んだ。


 その横顔は、トップアイドルとしての覚悟に満ちていた。


 沙耶さんの件で感じた「恋愛の難しさ」とは違う、目標に向かって走る人間の清々しさ。


 それに救われた気がした。

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