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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第1話 再会と買収のレシピ

 1999年4月10日、土曜日。

 港区の高台にそびえ立つ、総戸数わずか30戸のマンション『グラン・エターナル麻布』。その最上階に位置するペントハウスの広大な窓から、俺はグラスの中のミネラルウォーターを揺らしながら東京の夜景を見下ろしていた。


 眼下の大通りには、途切れることなく車のヘッドライトが光の帯を作って流れている。離れた場所には、オレンジ色にライトアップされた東京タワーが夜空に力強くそびえ立っていた。

 2026年の、LEDの冷たい光と無機質な超高層ビル群で埋め尽くされた未来の東京を一度生きた俺の目には、この世紀末のネオンやナトリウムランプの光は粗削りで、ひどく懐かしく映る。しかし同時に、バブルの余韻と新しい時代への期待が入り混じった、圧倒的な熱量を帯びているようにも感じられた。


「……悪くない眺めだ」


 つぶやき、冷たい水を喉に流し込む。

 俺――西園寺玲央が、どういうわけか記憶を持ったまま過去へ戻り、この2度目の人生を歩み始めてから数年が経つ。最初は単なるタイムリープかと思ったが、成長するにつれて周囲の状況や人物たちが、かつて俺が知っていたある「ゲームの原作世界」の構造と不気味なほど酷似していることに気がついた。

 明日から本格的に始まる高校生活は、まさにその物語のメインステージだ。だが、俺は誰かの書いた筋書き通りに動くつもりはない。今日から俺の城となるこのペントハウスも、親の庇護下から離れ、自分の意思で未来を切り拓くための強固な拠点として手に入れたものだ。

 高校の入学祝いにマンションの一室をねだる子供など普通はいないだろう。だが、俺が提示した分厚い『今後の資産運用計画書』と、自分自身の個人資産だけで購入するという条件に、父は口角を上げ、何も言わずにハンコを押した。


「さて、まずは腹ごしらえといきたいところだが……」


 アイランドキッチンの広さは申し分ない。ドイツ製のオーダーキッチンは、プロのシェフを呼んでも十分に対応できるスペックだ。

 パントリーには明智に指示して揃えさせた米と基本の調味料一式だけはストックしてあるが、まだ何もない巨大な冷蔵庫を見つめ、今夜のメニューを思案していた、その時だった。


 ピンポーン、と低く落ち着いたチャイムが鳴り響く。

 エントランスのオートロックではない。直接、玄関前のチャイムだ。


 俺はいぶかしみながら、重厚な扉を開けた。


「Surprise! レオ、引っ越しおめでとう!」

「あんたー! ついに1人暮らしなんて生意気よ!」


 両手に抱えきれないほどの花束とシャンパンを持った女性が2人、いや3人。

 台風のような勢いで玄関になだれ込んできたのは、俺の母である西園寺ソフィアと、姉の摩耶だった。そしてもう1人、記憶の片隅にある顔立ちの女性が後ろに立っていた。


「あら、ごめんなさいねレオ。入居初日くらい、家族で祝ってあげようと思って。……ほら、素敵なゲストも連れてきたわよ」


 母がウインクをする。ブロンドの髪をラフにまとめ、シンプルなワンピースを纏っているだけなのに、周囲の空気が一気に華やいで見える。現役ハリウッド女優のオーラは、玄関のダウンライトすらも劇場のスポットライトに変えてしまうようだ。


「お邪魔しまーす。……うわ、なにこのリビング! 広いじゃん!」


 続いて靴を脱ぎ捨てたのは、姉だ。ショートボブの髪を揺らし、好奇心に満ちた視線で室内をくまなく見回している。外では清楚な東大生を演じているくせに、身内の前では相変わらず遠慮というものがない。


 そして、最後に残った女性が、所在なさげに視線を泳がせながら俺を見上げていた。


「……久しぶり。えっと、玲央、だよね?」


 その女性を見て、俺は記憶の糸をたぐり寄せた。

 体にフィットしたニットとミニスカートを着こなし、ブラウン管越しに見るよりもずっと洗練された雰囲気を纏っている。猫のように吊り上がった勝気な目元はそのままに、すれ違う男が思わず振り返るような、魅力的な大人の女性へと変貌を遂げていた。


 天童くるみ。

 姉の友人であり、テレビのバラエティ番組などでもよく顔を見るようになったタレントだ。


「くるみさん、ですか?」

「ぶっ! 何その敬語! 気持ち悪っ!」


 俺が丁寧に応対すると、くるみさんは吹き出した。

 緊張が解けたのか、彼女はズカズカとリビングに入り込み、革張りのソファにドカッと腰を下ろした。


「玲央さー、昔は『おいババア、どけよ』とか言ってたくせに。何よその猫かぶった態度は。あたしよあたし、くるみ!」

「……お久しぶりです。俺ももう高校生ですから、昔のような無礼な口は利きませんよ」

「はいはい、お利口さんになっちゃって。つまんないの」


 くるみさんは頬杖をつきながら、俺をじろじろと眺める。

 その視線が、不意に止まった。


「……ていうか、玲央。近くで見るとマジで顔いいわね。ソフィアさんの遺伝子、仕事しすぎじゃない?」


 彼女はほんのりと頬を染め、視線を逸らした。俺は苦笑しながら、来客のために紅茶の準備を始めた。


 リビングでは、母と摩耶がくるみさんを囲み、姦しいお喋りを始めている。

 キッチンで湯を沸かしながら、俺は自然と彼女たちの会話に耳を傾ける。


「でね、聞いてよ摩耶! うちの事務所、マジでヤバいのよ」


 くるみさんの声に、苛立ちと疲労が混じっていた。


「……なんか社長が株で大穴開けたらしくて。給料も遅れてるし、もう資金ショート寸前。で、わけのわかんない不動産屋がスポンサーにつくとか言い出して……あたしのこと愛人にするとか裏で言ってんのよ。もう、どうしたらいいか……」


 くるみさんがクッションを抱きしめながら、顔を伏せた。

 華やかな芸能界で、弱小事務所の稼ぎ頭として踏ん張る少女が、行き場のない不安を友人の前で吐き出している。強がっていても、その肩は小さく震えていた。


「ええっ、大丈夫なのそれ? くるみ、逃げたほうがいいんじゃない?」

「逃げるって言っても、契約残ってるし……違約金なんて払えないよ……」


 その会話を聞きながら、俺の脳裏に冷たい記憶がフラッシュバックした。

 原作ゲームにおける、天童くるみの悲惨なバッドエンド。資金繰りに窮した事務所を掌握した悪徳スポンサーによって彼女は無理やり愛人にされ、やがて悪質なスキャンダルをでっち上げられて芸能界から無残に追放される。華やかな笑顔の裏で、彼女の人生が完全に破壊される没落ルートへのトリガーが、まさに今、引かれようとしているのだ。


 俺はトレイにティーカップを載せ、淹れたてのダージリンの香りを漂わせながらリビングへと戻った。


「……なるほど。厄介な状況ですね」


 ソファの前のローテーブルに紅茶を置く。


「あら、ありがとうレオ。……ごめんね、暗い話しちゃって」

「いえ。それで、その不動産屋からの出資はもう受け入れたんですか?」

「来週の月曜に契約する予定。……あたしが我慢すれば、後輩たちも路頭に迷わずに済むし」


 悲壮な決意を秘めた声だった。

 自分の犠牲で組織を守ろうとする精神は尊いが、無能な経営者の尻拭いをさせられるのは御免だろう。何より、この不条理な運命を黙って見過ごす気は俺にはない。2026年まで生き抜き、洗練された金融知識と投資の最前線で培ってきた経験を使えば、こんな三流の悪徳業者の企みなど、物理的かつ合法的に容易く叩き潰せる。


「失礼」


 俺は胸ポケットから携帯電話を取り出した。


「え、誰に電話?」

「……もしもし、明智か? 俺だ」


 電話の相手は、俺の資産管理会社の代表を務める代理人だ。


「スターダスト・プロモーションという芸能事務所の財務状況を大至急洗ってくれ。……ああ、おそらく資金繰りがショートしかかっている。急な話で悪いが、月曜の朝一番で動けるように、週末のうちに法的準備を進めろ。向こうの債権をすべて買い取る。……金額? 相手の言い値で構わない」


 くるみさんがポカンと口を開けた。


「経営陣は刷新だ。……ああ、怪しい不動産屋が絡んでいるようだから、国税の動きもちらつかせて牽制しろ。条件はいくらでも出す」


 俺は矢継ぎ早に指示を出し、通話を終えた。

 携帯電話を閉じ、くるみさんに向き直る。


「……え、ちょっと待って。今、なんて?」

「月曜の朝一番で、俺の代理人が動きます」


 俺は告げた。


「あの不動産屋より先に負債を全て肩代わりし、事務所の経営権は俺が握る手はずを整えます。ですから、月曜日の不審な契約にはサインしなくていい。……これで安心できますか?」

「は、はぁ!? 玲央、何言ってんの!? 億単位のお金が動くのよ!?」

「ええ。ですが、知り合いが不当な状況で潰されてしまうのを見過ごすほど、俺は冷血ではありません」


 俺は紅茶を一口啜り、彼女の目を見つめた。


「くるみさんは、安心して芸を磨くことだけを考えてください」


 リビングに沈黙が落ちた。

 くるみさんは信じられないものを見る目で俺を凝視し、摩耶は頭を抱え、母は手を叩いて喜んでいる。


「玲央……何者なの?」


 震える声で問うくるみさんに、俺は肩を竦めてみせた。


「ただの、生意気な年下の男ですよ」


 時間が止まったような空気の中、俺は立ち上がった。

 外はとっぷりと日が暮れている。

 デリバリーでも頼もうかという空気が流れたが、母と姉が「レオの手料理が食べたい!」と騒ぎ出したため、急遽俺が腕を振るうことになった。


「買い出しに行きましょう。くるみさんも、お好きなものをリクエストしてください」

「え、あ、うん……じゃあ、中華? 最近忙しくてまともなご飯食べてないから、ガッツリしたのがいいかも……って、ほんとに信じられないんだけど……」

「承知しました。中華ですね」


 俺はマンションのコンシェルジュに来客用のハイヤーを手配させ、麻布にある大きめのスーパーへ向かった。


「うわー、高っ! なにこの豚肉、100グラムのお値段!?」


 くるみさんが精肉コーナーで素っ頓狂な声を上げる。ショックから立ち直ったようだが、美しく陳列された商品の値札を見て、再び声が小さくなった。

 俺はその横で、豚バラ肉のブロックをカゴに入れた。さらに新鮮なタケノコ、春雨、キクラゲ、干しエビ、パクチーなどを次々とカートに入れていく。酒類コーナーでは、ヴィンテージ物の紹興酒と、姉たちが飲みやすいようフルーツジュースとベースとなるウォッカを購入した。


「レオ、このフカヒレも買っていい?」

「母さん、それは戻すのに3日かかります。今日は諦めてください」

「ちぇっ」


 まるで遠足に来た子供のように燥ぐ女性陣を引き連れ、俺は会計を済ませた。


 帰宅後、俺はすぐにパントリーの米を研いで炊飯器のスイッチを入れると、エプロンを締めてキッチンに立った。

 女性陣はリビングで、先ほど購入したウォッカと生搾りグレープフルーツで作った特製チューハイを楽しんでいる。


 俺は中華鍋に火を入れた。

 プロ用の高火力コンロが、ゴオッという頼もしい音を立てる。


 分厚く切り分けた豚バラ肉に手早く下味を揉み込み、薄く片栗粉をはたく。

 十分に熱した中華鍋に油を馴染ませ、下準備を終えた豚肉を滑り込ませるように投入した。


 ジュワアアァァッ! という激しい音が響き渡り、香ばしい肉の香りがリビングまで届いたのか、3人が一斉に振り返った。


 肉の色が変わったら一度取り出し、同じ鍋で生姜やニンニクを弱火で炒める。香りが立ったら豆板醤を加え、油が赤くなるまで火を通す。そこへタケノコや乱切りにしたピーマンを投入。強火にし、鍋を煽る。カンッ、カンッ、と五徳に鍋が当たる軽快なリズムがキッチンに響く。

 野菜に油が回ったら肉を戻し入れ、合わせ調味料を一気に回しかけた。

 爆発的な蒸気とともに、食欲をそそる濃厚なオイスターソースの匂いが空間を満たす。最後に香り付けのごま油を垂らし、青ネギを散らせば完成だ。


 『豚バラとタケノコのオイスター炒め』。


 並行してコンロにかけていた寸胴鍋では、中華スープが仕上がっている。

 干し貝柱から取ったスープに、卵とトマト、そして絹ごし豆腐を浮かべた『トマトと卵の酸辣スープ』。

 副菜は茹でたての春雨に、海老、イカ、たっぷりのパクチーを和えた『ヤムウンセン風サラダ』だ。


「お待たせしました。ディナーの準備が整いましたよ」


 大皿に盛り付けた料理をテーブルに運ぶと、歓声が上がった。

 4人で食卓を囲む。くるみさんがオイスター炒めを一口食べた瞬間、箸の動きがピタリと止まった。


「……んんっ! お肉すっごく柔らかい! タケノコもシャキシャキで……ヤバい、白飯ほしい!」

「ふふ、ご飯も炊けてますよ」

「最高かよ……あんた、あたしのお婿さんになりなさいよ」


 冗談めかして言うくるみさんだが、その箸は止まらない。母も姉も、紹興酒のグラスを傾けるピッチを上げている。ヤムウンセンの刺激的な辛さも相まって、食卓は一層の盛り上がりを見せた。


「それにしてもさー、玲央がこんなに料理できるなんて知らなかった」


 口元をナプキンで拭いながら、くるみさんが言う。


「昔は泥団子作って自慢してたくせにね」

「泥団子は摩耶姉さんが無理やり作らせたんですよ。俺は本を読んでいたかったのに」

「ちょっと、人のせいにしないでよ!」


 笑い声が交差する中、くるみさんがふと箸を置き、じっと俺を見つめた。

 張っていた糸が緩んだような、柔らかい眼差しだった。


「ねえ、玲央」

「はい?」

「……ありがとね」


 賑やかな声にかき消されそうな、小さな声だった。


「色々と……信じられないことばっかりだけど。でも、今日あんたたちに会えて、美味しいご飯食べて……なんか、息ができた気がする」


 彼女は紹興酒のグラスを両手で包み込むように持ちながら、はにかむように微笑んだ。

 それは、テレビカメラの前で作る愛嬌のある笑顔とも、俺を見下していた勝気な表情とも違う、1人の等身大の少女の安堵に満ちた素顔だった。


 俺はグラスをテーブルに置き、彼女の言葉をまっすぐに受け止めた。

 もし、俺がこの世界で行動を起こさず、あのままゲームの物語が進んでいれば、彼女のこんな心からの笑顔は二度と見られなかったはずだ。そう思うと、胸の奥で密かな達成感が熱を帯びるのを感じた。


「息苦しくなったら、いつでも来てください。このペントハウスは、俺の城であると同時に、俺の大切な人たちのための場所でもありますから」

「……生意気。相変わらず可愛くないんだから」


 くるみさんは照れ隠しのように鼻で笑うと、残っていた紹興酒をぐいっと飲み干した。

 俺はグラスを掲げ、彼女のグラスにカチンと軽く当てた。くるみは嬉しそうに目を細め、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

 俺が持つ、未来の知識と原作の記憶という二つのアドバンテージ。これさえあれば、決められた悲劇的な結末など、いくらでも書き換えられる。俺は手元のグラスを飲み干した。

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