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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: U3


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第1話

 世界がノストラダムスの大予言に浮足立ち、ミレニアムに向けて加速し始めた春。




 東京、港区。


 完成したばかりの超高層マンションの最上階。


 眼下に広がる東京タワーと、バブルの残り香を未だ引きずる煌びやかな夜景を見下ろしながら、西園寺玲央は重厚な革張りのソファに深く身を沈めた。




「……やっと、城を手に入れたか」




 俺は15歳。ピカピカの高校1年生である。


 だが、その中身は2025年から転生した41歳の元IT企業の経営者、桐生恒一だ。




 前世の記憶と、未来知識をフル活用し、3歳の頃から母親の名義を借りて投資を続けてきた。


 1990年代後半、インターネット黎明期。Amazon、Yahoo、そして底値だったApple。これらに全財産を突っ込んだ結果、今の俺の個人資産は、高校生の小遣い帳では桁が収まらないレベルに達している。




「親の干渉もない。仕事のプレッシャーもない。あるのは金と時間、そして健康な肉体……」




 完璧だ。


 前世では過労死した。だからこそ、今世では「青春」を謳歌する。


 それも、誰にも邪魔されない、最高に贅沢で怠惰な青春を。




 このマンションも、そのための拠点だ。


 セキュリティは万全、家具は全てカッシーナで統一し、キッチンにはプロ仕様の機材を揃えた。


 今日からここで、俺の輝かしい1人暮らしが――。




『レオくーん! お姉ちゃんが来てあげたよー!!』




 電子ロックが解除される無機質な電子音と共に、俺の理想郷の扉が乱暴に開かれた。


 振り返る間もなく、背後から柔らかく、しかし台風のような衝撃が俺の背中に激突する。




「ぐっ……姉さん、合鍵は緊急時用だと何度言えば……」


「やだなぁ、レオくんの1人暮らし初日だよ? これが緊急時じゃなくて何なの!」




 背中に張り付いてきたのは、3つ上の姉、西園寺摩耶。


 18歳、筑波大学の1年生。


 彼女が顔を覗き込んできた瞬間、リビングの空気が華やいだ。




 母親譲りの色素の薄い茶髪は、計算されたショートボブに整えられている。首筋のラインが恐ろしく綺麗で、無造作なTシャツ姿なのに、まるでファッション誌の表紙から抜け出してきたような洗練されたオーラがある。


 大きな瞳は知性と愛嬌が同居しており、くしゃっと笑うその笑顔は、世の男性なら一撃で陥落するであろう「無敵の愛され力」を持っていた。




「それにね、今日は私だけじゃないの」


「……は?」




 姉さんがパッと身を離し、玄関を指差す。


 そこに立っていた人物を見た瞬間、俺は思わず居住まいを正した。条件反射だ。




「あら、素敵な部屋ね。レオの趣味、貴方の年齢にしては渋い趣味だと思うけど、嫌いじゃないわ」




 靴を脱ぎ、リビングに入ってきたその女性は、ただ歩くだけで床をレッドカーペットに変えてしまった。


 西園寺ソフィア。42歳。俺の母親であり、現役のハリウッド女優。




 プラチナブロンドに近い髪をかき上げる仕草。


 氷のように澄んだ碧眼。


 白シャツにデニムというラフな格好なのに、そのプロポーションは彫刻のように完成されている。


 加齢による劣化など微塵も感じさせない。むしろ、経験と自信が、彼女を触れれば切れそうなほど鋭利で、かつ深みのある「美の暴力」へと昇華させていた。




「母さん、仕事は?  今撮影でロスにいるはずじゃ……」


「抜け出してきたの。可愛い息子の門出だもの。……それにね、レオ。今日はこれから暇よね?」


「……嫌な予感がする」


「行くわよ。車は下に回してあるから」




 母さんがニッコリと微笑む。


 それは、拒否権のない独裁者の笑みだった。




 連行された先は、お台場のテレビ局だった。


 黒塗りのリムジンから降りると、すれ違うスタッフたちがギョッとして道を空ける。


 母さんと姉さん。この2人が並んで歩けば、そこはもう日本ではない。


 俺は極力気配を消し、2人の荷物持ちとして背後を歩いた。




「ここよ」




 通されたのは、音楽番組のリハーサルスタジオだった。


 重い防音扉を開けた瞬間、怒号が鼓膜を震わせた。




「音響のバランスが違うって言ってるでしょ!? 私の声がモニターで聞こえないの!」


「す、すみません天童さん! すぐ調整します!」


「『すぐ』って何分? 私の入り時間、30分押してるの分かってるの? この後のラジオ、遅れたらあんた責任取れんの!?」




 スタジオの中央。


 無数の照明の下で、1人の少女がスタッフを怒鳴りつけていた。




 天童くるみ。


 18歳。泣く子も黙る国民的アイドル。


 そして、姉の高校時代の同級生で友人らしい。


 会った事は無いが、姉と一緒に写ってる写真を何度か見たことがある。




 猫のように大きく釣り上がった瞳、小生意気そうな唇、透き通るような肌。華やかで毒っ気のある「小悪魔」的な美少女だった。クラスに1人いれば間違いなくカーストの頂点に君臨し、男子生徒を掌の上で転がすタイプだ。




 現場の空気は最悪だ。スタッフは萎縮し、作業は完全に止まっている。




「あらあら、くるみん。またやってる」




 姉さんが呑気に呟く。




「彼女、完璧主義なのよね。でも、これじゃあ逆効果だわ」




 母さんが面白そうに目を細める。




 俺はため息をついた。


 ……俺の青春。1人暮らし初日の優雅な午後が、母さんと姉さん、このヒステリックな現場のせいで潰されている。


 イライラが臨界点を超えた。


 俺は2人の制止も待たず、スタスタとスタジオの中央へ歩み出た。




「……何よ、あんた。新しいバイト?」




 くるみが俺を睨みつける。


 その眼力だけで大抵の男は怯むだろうが、残念ながら俺は中身が41歳のおっさんだ。それに、母さんというラスボスの眼力に比べれば大したことは無い。




 俺は無言で左腕の腕時計を見た。




「俺がここに来てあなたが怒鳴り始めてから、約4分30秒が経過してます」


「……は?」


「このスタジオのレンタル料、機材費、そしてここにいる20名以上のスタッフの人件費。あなたの拘束時間に対するギャランティ。ざっと計算して、この5分間で事務所とテレビ局は約30万円の損失を出したことになります」




 スタジオが静まり返った。


 くるみがポカンと口を開ける。




 俺は淡々と、前世の経営者としての口調で続けた。




「怒るのは構わないです。あなたのプロ意識の高さゆえだろう。だが、怒鳴ることでスタッフが萎縮し、作業効率が30%低下したと仮定します。リテイクが増えれば、君の次のラジオへの移動時間はさらに削られる。悪循環だとは思いませんか?」




「な、何なのよあんた……!」




「解決策はシンプルです。感情をぶつけるのではなく、具体的な数値で指示を出しましょう。『モニターの返りをあと二デシベル上げる』。それで済む話です。……違いますか?」




 冷徹な正論。


 それは、青春の熱さとは対極にある、大人の論理。


 くるみの顔が朱に染まる。言い返そうとして、唇を震わせ、そして――押し黙った。




「……ふん。分かったわよ」




 彼女はマイクを握り直し、ミキサー室に向かって叫んだ。




「ボーカルの返し、上げて! さっさとやる!」




 作業が再開する。


 俺は踵を返し、母さんたちの元へ戻った。




「やるじゃない、レオ」




 母さんがニヤニヤと笑っている。




「あの子、あんな顔したの初めて見たわよ。……ふふ、面白くなりそう」




 帰り際。


 スタジオを出ようとした俺の背中に、視線が刺さった。


 振り返ると、くるみがじっとこちらを見ていた。


 礼を言うわけでもない。ただ、探るような、それでいてどこか熱を帯びた瞳で。


 俺は軽く会釈だけして、その場を去った。




 家族という名の嵐が去ったのは、夕方過ぎだった。


 荷物持ち兼マネージャーとしてこき使われた。


 どっと疲れが出た俺は、癒やしを求めて近所の高級スーパー「紀ノ国屋」へ向かった。




 今夜の夕食は決めている。


 四月の旬、タケノコを使った「青椒肉絲」だ。




「……いいタケノコだ」




 朝掘りの新鮮なタケノコ。えぐみが少なく、香りが強い。


 合わせるのは、黒毛和牛のモモブロック。これを細切りにし、片栗粉をまぶして旨味を閉じ込める。


 ピーマンは肉厚なものを厳選。彩りにパプリカも1つ。




 そして、味の決め手となる調味料。


 最高級のオイスターソースと、5年熟成の紹興酒。


 高校生の買い物カゴに入っているには違和感しかないラインナップだが、セルフレジのないこの時代、店員の視線など気にしてはいられない。


 それにこの時代はまだ年齢確認などレジでうるさく言われない。


 今の俺の外見は制服さえ着なければ十分成人に見える。




 マンションへ戻り、キッチンに立つ。


 ここからは俺の時間だ。




 中華鍋を強火にかける。白い煙が立ち上るまで熱するのが鉄則だ。


 油通しした牛肉とタケノコを一度取り出し、香味野菜を爆ぜさせる。


 ジャーッ!!  という小気味よい音が、静寂な部屋に響き渡る。


 合わせ調味料を一気に投入。鍋を振る。


 香ばしい匂いが換気扇へと吸い込まれていく。




「……完成」




 皿に盛り付けると、艶やかな褐色が食欲を刺激した。


 副菜は、春雨とキクラゲの中華サラダ。酸味を効かせて、脂っこさをリセットできるようにした。




 ダイニングテーブルに料理を並べ、俺は冷蔵庫からとっておきのボトルを取り出した。


 スーパーで買った紹興酒ではない。


 ソフィアが「引っ越し祝い」として置いていった、ヴィンテージの紹興酒だ。


 ザラメを入れずとも、濃厚で深い甘みがある逸品。




(……法律上はアウトだが、ここは俺の城だ。時効ということで頼む)




 誰にともなく言い訳をして、グラスに注ぐ。


 芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。




「いただきます」




 まずは青椒肉絲を一口。


 シャキッとしたタケノコの食感と、柔らかい牛肉の旨味。オイスターソースのコクがそれらをまとめ上げ、強火で煽ったことによる「鍋の香り」が鼻に抜ける。


 完璧だ。店で出せるレベルだ。




 すかさず紹興酒を流し込む。


 濃厚な液体が喉を焼き、胃に落ちていく。


 中華の油を酒が洗い流し、次の一口を欲させる。




「……はぁ」




 深い溜息が漏れた。


 最高だ。


 アイドルのヒステリーも、母と姉の無茶振りも、全てが遠い世界の出来事のようだ。




 窓の外には、1999年の東京の夜景。


 その光の一つ一つに、人々の営みがある。


 だが、今の俺はここから見下ろすだけの「観測者」でいい。




「俺はただ、美味いものを食って、静かに暮らしたいだけなんだ……」




 そう独りごちて、俺は再び箸を動かした。


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