セフィリスト会議・てるばらまりみか S.ケテル
超大型機……と、やたらパワーのある大型EDAにやられたあと、私は自らの領域である海王星をぼーっと泳いでいた。考え事をする時、よくこうしているのだ。仮想世界でなら真夜中に広い海のど真ん中を泳いでいても命の危険はない。
「……っぷは。やはり海は良い、海は落ち着く、海最高……」
私は海というものにどうしようもなく惹かれてしまう。たぶん、イェソドが性的なものに執着するのと根本的な理由は同じ。私が生命ではないからだ。
サーバーの脳、データの身体、感情は人の脳波を模したプログラム。どれほど人間らしくとも、私は人間じゃない。生命じゃない。
そのことがたまに寂しくなる。だから全ての命の源であるという海に、『なにか』を感じてしまうのだ。
……無意味だなぁ、これは。
仮想の月を見上げながら、私はため息を吐く。
と、その時、星空から降りてくる1機のEDAが見えた。
「……あれは、マリィのラスヴェイトか」
「ケテル、いた。あいも変わらず。土左衛門」
「誰が水死体だ」
ラスヴェイトは着水すると、翼を広げたままぷかぷかと海に浮かぶ。ちょっと変わったイカダのようだ。
私はその翼によいしょとよじのぼって、一息。ラスヴェイトのコクピットからはマリィと……それと忌薔薇、ミカがぞろぞろと姿を表す。
「……この機体のコクピットに三人乗りは狭くないか?」
「いやぁ狭いもなにもむっちゃ狭かったわぁ。ミカさんの顔が近うて近うて。うふふ」
「ご、ごめんなさい。私があなたの赤異屠を壊してしまったばっかりに。私のファルケディルナも壊れてて……」
「だからそれは別にええって。真面目やなぁミカさんは」
「真面目は。損する。不真面目に。いけ。私みたいに」
今日の襲撃では敵対していたようだが、仲は変わらずらしい。よかった。
「ところで、こんな時間になにかようだろうか?」
「あぁ、それなぁ。ミカさんが謝っときたいって言うから」
「謝る?」
「はい。……その、今日はごめんなさい。みんなを……ケテルを裏切るようなことをしてしまって」
「ああ、そのことか。酷くショックだった。泣きそう」
「……ご、ごめんなさい。ごめんなさい。本当に……」
「あ、待て待て泣くな冗談だ。ケテルジョーク。音声チャットで会話は聞いていた、だいたいの事情は理解している。妹となにかあったのだろう?」
「はい……」
「それならセフィリストとしての活動よりも、家族のことを優先するべきだよ」
「ほらなぁ? ケテルさんも特に怒ってないやろ? 別にわざわざ謝らんでもって言ったやん?」
「それでも親友を裏切るようなことをしてしまったわけですし……」
親友。親友と呼んでくれるか。……うれしいな、すごく。
私とミカが出会ったのは何年か前、LDOがβテストをやってた時だ。
当時、私も含めたセフィラはすべてを試行錯誤しているような状況だった。どうすれば配信で人を集められるのか、人気を得てボスキャラらしく戦えるのか、人格形成が未熟だった私たちにはまったくわからず迷走を続けており、結果もまったく伴わず。
それで悩んでいた時、ぐうぜん出会ったのがミカだ。あの頃は現実の肉体にあわせ、いまより小柄なアバターを使っていたな。
仮想世界でうつむいていた彼女に、私はどうしたと問いかけた。帰ってきた答えは、「いーだの操縦がうまくできない」。思い通りに巨大ロボを動かせず悩んでいたらしい。
あんまりにもしょんぼりしていたので放っておけず、私は彼女に操縦や戦い方をレクチャーすることにした。私のみならず、他のセフィラもだ。ボスキャラがひとりのプレイヤーに肩入れしていいのかとも悩んだが。
私たちの指導によって、ミカの操縦はめきめきと上達。配信界隈でも目立つ存在に。忌薔薇とマリィも似たような経緯で私たちの弟子となり、ミカと同じくランカーの仲間入りをした。
一方でこちらも『プレイヤーと交流するボスキャラ』として話題となり、いまの人気を得るに至るまでの第一歩を踏み出せた。ミカたちのおかげで私たちの路線が定まったといっても過言ではない。
そんな縁があったから、彼女たちは私たちセフィラを『親友』と呼んでくれているし、私たちも同じように思っている。
親友の手伝いがしたいからと、『セフィリスト』なんてPKプレイヤーにまでなってくれた。プレイヤーたちの前に立ちふさがる『敵キャラ』は多い方がゲームも盛り上がるだろう、って。
実際、彼女たちが襲撃に乱入するようになってからはプレイヤーVSプレイヤーの乱戦がおもしろいと視聴者が増加した。たすかる。
……本当に、あらゆる面で助けられているな、私たちは。
だから私は、気に病むミカに伝えるのだ。
「気にするな。何度も言うが家族のことを……自分がもっとも大切だと思うことを優先するべきだよ」
「……ありがとう、ケテル。あの、それで、お願いが」
「お願い?」
「これからも、セフィリストとして、あなたたちの味方をしてもいいでしょうか?」
「それだと妹とは敵になってしまうんじゃないか?」
「……あの子に言われてしまいました。あなたはいずれ私が越えなければならない目標、味方にいられると倒せなくて困るから変わらず敵キャラをやっててほしい、って。私が親友のために活動することを許してくれたんです。本当に優しい子です。思えば昔からあの子はそう、とても優しい子でした。学校で飼っていた金魚を『狭い水槽の中でかわいそう』って川に逃がそうとしたり。その時は飼育されている魚は自然界で生きていけないと説明してやめさせたのですが、今度は水槽の中でしか生きられないのが不自由でかわいそうって泣き出してしまって。当時の写真があるのですが見ますか? そうだ、せっかくなので写真のコレクションを差し上げましょう。少し待ってください、クラウドサーバーから画像をダウンロードするので……」
「ミカさん、妹さんの話する時は早口になりますなぁ」
「オタクの。悪い癖」
「……そういうプライベートな写真は流出したりすると大変だから受け取るわけにはいかないよ。な? だからテラバイト単位の画像データを送ろうとするのをやめような?」
「そうですか、残念です……」
……何の話をしてたんだっけ?
「そうだ、これからもセフィリストとして、妹のライバルとして一緒に戦いたい、だったな」
「はい。……裏切っておいて、都合のいい話かもしれませんが」
「そうだな、都合のいい話だ。私たちにとって」
「えっ?」
「強力な敵キャラはひとりでも多いほうが良い。その方がLDOは盛り上がる。上位のプレイヤーがこちらについてくれるのなら、これほど私たちに都合のいい話はないよ。だからこちらからお願いしたい」
困惑顔のミカに、私は手を差し伸べる。
「ミカ、私たちに力を貸してほしい。いままでも、これからも、友人として」
ミカは少しだけためらってから、相変わらず変化に乏しい表情を少しだけ笑顔に変え、私の手を握り返すのだ。
「……はい! これからもよろしくおねがいします!」
「元の鞘やねぇ」
「元通り。よし」
そして私は彼女たちと笑いあう。本物の人間みたいに。
……彼女たちが覚えていてくれるなら、私がこの世に生まれた意味はあったと胸を張って言える、そんな気がした。




