セフィラVSセフィラ S.ヒノワ
世界を滅ぼす?
大袈裟な言葉の意味を問う前に、件の女の子・イェソドさんが動く。
彼女はこんこんと、靴で地面をノックするようステップを踏んだ。
直後、イェソドさんの背後に輝くは魔法陣。その魔法陣から這い上がってくるのは1体のEDA。
妖艶なシルエットは魔女のよう。背中から生えた無数の触手をくねらせるさまは、蛇の怪物・メデューサにも見える。
『イェソドの専用機(EDA)、魔導天使ガブリエル! しかも前に見た時と形状が変わっていますわね……!』
「えっ、えっ、これどういう状況!?」
『ボスキャラがそこにいて、自分の手足を呼び出したんですのよ!? それはつまりボス戦のはじまり!』
イェソドさんが『ガブリエル』に乗り込むと同時、無数の触手の先端が、蛇の顎のようにくぱぁっと裂けた。開いた顎の内側には不気味な魔法陣が輝いており、
『来ますわ! 回避なさい!』
ティファレトさんが警告した直後、全ての触手がビームを放つ。それは私たちのみを狙った攻撃ではない。
『なんだ、なんかビームが……ぎゃああああ!?』
『避けろ避けろ、やられるぞ!』
『間に合わない!?』
『ぐえええええええええ!?』
周囲のプレイヤー機が、ビームに穿たれ爆散していく。どころか、ビームはプレイヤー機と交戦していた敵キャラまでも貫いた。敵味方は関係なく、クレーター内にいる全てのものを破壊するための無差別攻撃だ。
やがてビーム攻撃は収まっていく。私たちの鴉とティファレトさんのミカエルはどうにか生き残ったけれど……、
《あたり一帯が焼け野原だ》
《敵もプレイヤーも残骸しか残ってねぇな……》
《一気に静まり返った……》
《生き残ったのは鴉とミカエルだけか!?》
その通り、周囲は全滅。残るは私たちだけ。
ギラリと、イェソドさんのガブリエルが頭部のカメラアイを輝かせる。
魔女の機体はふわりと宙に浮かびあがり、音もなくこちらに近づいてきた。
対し、ティファレトさんのミカエルが私たちの盾となるよう前へ。
輝く翼と、無数の蛇が、真正面から睨み合う。
『イェソド、どういうつもりですの? 予告なくプレイヤーを襲撃するなどボスキャラにあるまじき振る舞いでしてよ』
『……ウゥ、ウー』
『そっちこそプレイヤーと一緒に戦うなんてボスキャラにあるまじき行為では……ですって? いいんですのよ私は。私の視聴者たちも認めてくれています』
『ウゥー』
『それならこっちも視聴者が認めてくれている? ……あなた、配信はできなくなっていたはず……まさか!』
『ウッウゥー』
『今日がちょうど半年、あなたが復活する日でしたのね。忘れていましたわ』
緊張感ある雰囲気で会話するふたり。
……真剣な場面なんだろうけど、私はあることが気になって集中できない。
ティファレトさん、さるぐつわのせいで呻き声しかあげられないイェソドさんとなんで会話できてるの……?
《あれがイェソドか。かつて世界を滅ぼしかけた女……》
《半年前に封印されたと聞いていたんだがな……》
《あの封印は期限付きッスよ。……そっか、今日はその封印が解除される日……!》
《そんな日にあいつのテリトリーたる月で動いてりゃ、そりゃあ目をつけられもするか》
視聴者さんも気にしてないし!? え!? 私がおかしいの!?
「……あの金髪、なんで呻き声と会話できてるんでしょう?」
「よかったアルミラちゃんは同じこと考えててくれた! ぎゅー!」
「うわぁ急に抱きしめてくるんじゃありませんよ!?」
私たちがコクピット内でわいわいやってる間にも、ふたりのセフィラの会話は続く。
『先程のは復活記念の花火とでも? ボスキャラが奇襲攻撃だなんて!』
『ウゥー』
『奇襲に闇討ち、バックアタック、いやらしく立ち回ってこそボスキャラ? ……相変わらず、意見があいませんわね、私たち』
『ウゥゥー』
『お黙りなさい。……私、今日は後ろの彼女たちを手伝うと宣言していますの。あちらを狙うというのなら』
『ウゥ』
『ええ、その通り。同じセフィラであっても焼き尽くさせていただきます。それが私の流儀! 天陽鳳凰流のやり方ですの!』
『ウゥゥ、ウ』
『……!? いけない、避けてヒノワさん!』
「えっ!? 急に話をふられた!?」
驚いていたら、完全に対応が遅れてしまった。ガブリエルの触手から水色の光弾が放たれ私たちの鴉に直撃。
「やられた!? ……あれ、やられてない?」
確かに攻撃を食らったはず……不思議で不気味な状況に首を傾げていたら、コクピットに警告音が鳴り響く。
【機体胴体:凍結】【機体右腕:凍結】【機体左腕:凍結】【機体脚部:凍結】【行動不能です】
「えっ? 凍結? 行動不能? ……ほんとだ、操縦桿を押しても動かない!? なんで!?」
《凍結状態は冷却系の武装によって引き起こされる状態異常!》
《その名の通り、機体が凍りついて動けなくなっちゃうッス!》
《なんらかの手段で氷を溶かさないとやべーッスよ!》
「状態異常なんてあるのこのゲーム!?」
《装甲が溶けて防御力が低下する『酸』とか、電気で機体が麻痺してこれまた動けなくなる『スタン』とか、いろいろあるッス。オーバーヒートも『炎上』の状態異常の亜種みたいなもんッスからね》
「なるほど……」
有識者の解説に頷いてる一方で、アルミラちゃんは難しい顔をしていた。
「……まずいですね、鴉には凍結対策の装備なんて積んでない。このままだとなぶり殺し……!」
『そうはさせません。言ったはずです! 今日の私はヒノワさんたちの味方! おふたりを守るのは我が責務! ……それをわかった上での行動ですわね、イェソド!?』
『ウッウー』
『いいでしょう、ならば容赦はいたしません! 天陽鳳凰流の名にかけて! EMOリアクター起動! 輝きなさいミカエル!』
ミカエルの全身を彩る金色の光のライン。EMOリアクターが起動した証。
……いや、光のラインどころではない。ミカエルの全身が頭からつま先、翼の先端に至るまで、すべて黄金に輝いているのだ。
『ミカエル! プロミネンス・フェニックスモード! 最恐最悪のセフィラであろうと! 我が黄金の翼に焼き尽くせぬものはなし! ですわ!』
「な、なんかすっごい金色なんだけどアルミラちゃん!?」
「EMOリアクター起動時の視覚効果を弄ってますねありゃ。本気を出したら金ピカに輝くようにしてるんですよ。嫌いじゃないですああいうの」
「まあ私もカッコいいとは思うけど!」
「気が合いますね。ひひひ」
意気投合……してる場合なのかなぁ?
『ウッウ、ウッウ、ウ』
黄金に輝いたミカエルに対し、ガブリエルもEMOリアクターを起動させたらしい。機体の全身とすべての触手に禍々しい紫色のラインが走った。
そして、ガブリエルはすべての触手の口を――『砲門』を開いて、ミカエルを迎え撃つのだ。
『ウウゥ、ウウゥー』
『止められると思わぬことです! 覚悟なさいな、イェソドッ!』
『ウウゥー』
セフィラ同士、ボスキャラ同士の戦いが幕を開ける――――!
……これ、私たちいる?




