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30 ミカヅチ対ラキ

 叫ぶと同時に、ラキはミカヅチに向かって突進した。

 高速で地を這うようなタックルで迫るラキに向かって、ミカヅチは臨戦態勢をとる。一番の武器である肋の刃は恐ろしいが、こちらには巨神の加護を受けた白銀の手甲と棍がある。どれだけ鋭くとも、十分受け止められるはずだ。


 しかしラキは刃を放つ事なく、そのままミカヅチにぶつかった。

 硬い鎧に包まれた体は、自動車を正面から受け止める気分だった。全身にしびれるような衝撃を感じながら、肩からぶつかってきたラキの体を受け止める。

 眼前のラキが、口元に鋭い笑みを浮かべた。次の瞬間、ラキの長い腕がミカヅチの肩を掴む。

 ミカヅチは浮遊感を覚えると、そのまま一気に上空へ飛び上がった。


「大ちゃん!」


 綾の声を聞きながら、ミカヅチの体は瞬く間に屋敷の塀を越え、屋根の上へと飛んでいく。ラキの翅が高速で震え、重低音を響かせていた。

 ラキはミカヅチの体を掴んだまま飛翔し、村の裏手にある森に向かって飛んでいく。眼下に青々とした木々が高速で流れていく様は、そうそう見ることのできない奇景だった。


(二人と引き離す気か)


 あのままでは真尋とティターニアも同時に相手をしなければならないところだった。だがこのまま森の奥に入れば、二人がミカヅチを見つける前にミカヅチを仕留める事ができると判断したのだろう。


(望むところだ)


 ミカヅチは腹を据えた。一対一が望みなら、こっちだってやってやる。

 肩を掴むラキの腕から、ラキの体の動きが伝わってくる。奇妙な筋肉の動きに、ミカヅチは反射的に腰に手を伸ばした。

 両手に棍を持ち、引き抜いた時、ラキの肋の刃が左右に大きく広がった。四本の刃が、愛する人を抱き締めるように勢いよく閉じる。


「うぉ!」


 棍を伸ばし、迫る刃をなんとか防ぐ。金属がぶつかる甲高い音がした。

 締め付ける刃を、ミカヅチは剛力を以て刃を必死に押し返す。どこまでも続く青空の下、二人は組み合い、互いに優位を取ろうともがき続けていた。


「シャッ!」


 ラキのそれまで人間の姿を残していた口が、大きく開かれた。耳元まで裂けた口の奥には、多重に並んだ無数の細かい牙と、蛭のような長い舌が見えた。舌の先についた蛭の口のような穴から、どろりと液体が垂れた。


 ミカヅチの喉笛を噛みちぎろうと、ラキの口が襲いかかる。恐怖を抑えこみ、ミカヅチは両足を畳んで体を丸めると、ラキの腹目掛けて一気に両脚を伸ばして蹴り上げた。


「げうっ!」


 ラキが苦悶の声を上げ、動きを止めた。体勢は不安定だが、巨神の子の蹴りをまともに食らったのだ。岩も砕く一撃を受けて無事ではいられない。

 ラキの両手が緩み、ミカヅチを離す。飛行と蹴りのベクトルが加味されて、ミカヅチは宙を滑るように落下していった。


「やばっ!」


 空中で姿勢を立て直し、ミカヅチは急速に接近してくる森を確認する。落下する先にあった、森から一本突き出ていた大木に目をつけ、ミカヅチは両足を木に向けた。

衝突の瞬間、下半身のバネをフルに使って衝撃を吸収する。ミカヅチの胴体より太い幹が、衝突の勢いで大きくしなった。


ミカヅチは近くにあった枝を掴み、姿勢を安定させた。下に広がる森は緑が海のように一面に広がっていて、地面がどうなっているか確認する事はできなかった。

 もし村にいたまま戦っていたならば、被害はどんどん大きく広がっていた事だろう。それを思うと少しだけほっとした。


 近づいてくる気配に、ミカヅチは顔を上げた。ラキは空から急降下しながら、肋の刃を左右に大きく広げて襲いかかってきていた。


「シャアーッ!」


 奇声を上げて迫るラキを迎撃するか、それとも防御に徹するか。

 このまま空中戦は不利と判断し、ミカヅチは枝から手を離して木の幹を駆け下りるように落下した。

 直後、ラキが先程までミカヅチのいた場所に迫った。すれ違いざまに、太い幹をバターのようにあっさりと切断する。


 落下する途中で、ミカヅチは幹を蹴って落下する方向を変えた。柔らかい土の上に着地し、瞬時に構えを取りながら周囲を確認する。ひと呼吸遅れて、ラキによって切断された枝が、木の根本近くに落ちて、どさっ、と音を立てて揺れた。


 ミカヅチは白銀の棍を一本、二メートルほどまで伸ばし、両手で掴んだ。ラキの刃は四本、それぞれ日本刀ほどの長さである。普段ミカヅチが使う、片手で扱えるサイズの棍では不利は否めない。しかしこの長棍ならば、射程で有利が取れる。



 ラキはいまだに姿を見せようとしなかった。森の中に入ったミカヅチをどうやって狩るか、空中で思案しているのかもしれない。

 周囲は薄暗かった。頭上に広がる木々の枝葉が重なりあうように広がり、太陽の光は地面までわずかしか入ってこない。ブーツの裏に感じる地面の感触は湿って柔らかかった。青々とした苔が、いたるところに広がっている。風が吹くたび、むせるような緑の香りがミカヅチの肺を満たした。


 突然、あの重低音の羽音が耳に届いた。反射的にミカヅチが振り返った時、木々の隙間を縫うように飛びながら、ラキが目の前に迫っていた。


「ちぃっ!」

「シュッ!」


 鋭い呼気と共に突き出された刃を、ミカヅチは棍を振り上げて跳ね返す。攻撃の失敗を悟ると、ラキはそのまま速度を落とさずに飛び去り、また木々の中へと姿を消した。

 ラキの翅が立てる羽音が、うっとうしいほどに鳴っていた。木々の間を羽音が乱射して、どこから聞こえてくるのかわからない。


 ラキはこのまま、木々の間を飛び回って身を隠し、ヒットアンドアウェイに専念するつもりなのだろう。自分から動いて森の中に突っ込み、ラキを探すという手もある。あるいは跳んで木の上に登れば、ラキの姿が見えるかもしれない。しかしその不安定な状況で、ミカヅチにラキとまともに戦えるかどうか。


「国津さん。あなたが巨神の子だったんですね」


 頭上からラキの声が届いた。口調はいつもの夏菜と同じなのに、どこか冷たく、かすれた声だった。


「驚きました。でも言われてみたら、巨神の子はマレビトの誰かなはずですもんね。じゃあ天城さんが、巨神の娘なんですね」


 話し声で位置を判別できないか。ミカヅチは耳を澄ませたが、ラキは常に飛び回っているらしく、声の大きさや届く方向もばらばらだった。羽音と同じで、位置を捉えにくい。


「ねえ、どうですか、国津さん。あなた、私達の仲間になりませんか?」


 頭上から降ってきた言葉に、ミカヅチは思わず顔をしかめた。


「なんだって?」

「私達の仲間になってほしい。そう言ったんです」

「そっちから攻撃してきておいて?」

「上の命令ですから。私には逆らえません。ですが仲間になってくれるなら、私が説得します」


 ミカヅチは集中を切らさず、周囲に視線を巡らせた。これも隙をつく為の、ラキの作戦かもしれない。油断はできなかった。

 ラキはどこか嬉しそうな口ぶりで言った。


「どうですか。私達二人で子供を作って、この村から出ていきませんか?」


 突然の告白に、ミカヅチは目を瞬いた。


「……本気で言ってるのか?」

「はい。あまりいい顔はされないかもしれませんが、私達虫人が外の世界に出るのは、上の目標ともあっていますからね。文句は言われないでしょう」

「君たちの、伽彦さんの目的は、元の世界に戻る事なのか」


 ラキの羽音が、少し乱れた。


「……伽彦様の事、ご存知だったんですか。ああ、書庫で見つけた秘密って、その事だったんですね」

「答えろ。君たちは一体何が目的なんだ」

「私達は蝗神様の下僕。目的はあの方の封印を解く事と、元の世界に戻る事。そして私個人の目的は、幸せになること」


「幸せ?」

「ええ。人間ならみんな望んでる事でしょう? 綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、楽しいものだけを見て暮らしたい。そういう事」


 愉快そうなラキの声が、闇から届く。


「マレビトのみなさんから外の世界について聞かされて、私がどれだけ羨ましかったことか。だから私は、幸せな人生を楽しみたいんです。この蝗神さまの祝福を得た、この体でね」

「やめろ。その体は夏菜さんのものだ」

「夏菜? 夏菜なんて人間はもういません。十五年も前に、私のものになった。あなたにご飯を作ってあげたのも私。あなたを素敵だと思ってるのも私。この体のどこにも、夏菜なんて存在は残っていないんですよ」


 ミカヅチは歯を噛み締めた。彼女の返答はあまりにも残酷だった。

 蝗神とその眷属は、マレビトという存在を利用して葛狩村の人々をじわじわと浸食し、乗っ取ろうとしている。

 そして完全に村を我がものとした後、ついには外の世界へと出てくるだろう。

 今の日本に邪神と人ならざるものの群れが現れた時、果たして何が起こるだろうか。


「ねえ、どうですか、国津さん。私と一緒に来てくれませんか?」


 ラキは人をたぶらかす淫魔のような声色で、囁くように言った。

 何も知らぬ男ならば、この誘いを断る者は恐らくいない事だろう。例えそれが悪魔の誘いだとしても。


「私と一緒に、蝗神様に仕えましょう? そして外の世界で一緒に暮らすんです。村に残す子の事なら安心してください。蝗神様の眷属となって、そのうち私達に会いに来てくれますよ」

「……」

「外の世界でも子供を増やして、蝗神様に捧げるんです。そして私達で、幸せな家庭を築きましょう?」


 巨大な槌を叩きつけたような音がして、ラキの声が止んだ。力任せに叩きつけたミカヅチの拳で、大木はてっぺんの枝先まで震え、平べったい葉がいくつも落ち、宙を舞った。


「家族は……、本当の家族は、子供を、誰かに差し出したりしない……!」


 ミカヅチの声は震え、少しもつれていた。怒りが舌先までしびれさせているようだった。アドレナリンに刺激されて、全身の血と肉が燃え上がるようだった。


 なぜミカヅチがこれほど怒っているか、ラキは知るよしもなかった。ミカヅチがもっとも信じる家族の姿を、彼女は楽しそうに地に落としていた。たとえ普段は人の姿をとっていても、人とは全く違う価値観なのだと思い知らされた。

 葛狩村に来て以来、ミカヅチはただ元の世界に戻るために戦っていた。今、それが大きく変わった。

 例え自分の身がどうなっても、彼らを野放しにしておく事はできない。


「偉大なる巨神の名にかけて、お前たちを許すわけにはいかない……!」

次回更新は28日(水)予定です。

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