25 襲撃の前にすべき事
大騒動から一夜が明けた。
真尋が提案した妖虫の巣襲撃計画を実行に移す為、自警団はそのまま会議を移行して、計画の詳細を詰め始めた。
巣穴を破壊する為には、まず大量の火薬が必要となる。襲撃の際に予想される問題の為、必要な道具はを揃える必要があった。巣に侵入した通路が破壊されていないか、確認する者もあてがわれた。そして襲撃の際に立ち向かってくるであろう妖虫達は、瀧彦と伽彦が指揮を取って迎撃する事となった。
皆やる気に満ちていた。長年村を苦しめてきた妖虫達に一泡吹かせられる機会とあって、皆が盛り上がっていた。
全体の指揮は日美香が取っていた。最初は道元が指示を出そうとしたのだが、すぐに手詰まりになったのだ。
威張り散らし、大声を上げるだけの道元と違い、彼女は人を動かす方法を知っていた。息子二人も母親を支持して動いたため、村人や自警団も皆日美香に従った。
仁斎が倒れ、療養中の今、まさに日美香は村を指揮するリーダーとなっていた。
「そりゃねえ。日美香様も若い頃はもっとお淑やかで、儚げな方だったんですがねえ」
鬼門屋敷の食事室で、大達は朝食を摂りながら、お手伝いの話に耳を傾けていた。
きっかけは食事中、大がお手伝いに、雑談ついでに日美香について尋ねた事だった。初日にここで朝食をとった時と同じく、中年のお手伝いは話したくてたまらないといった風で、ぺらぺらと聞いてない事まで話し始めたのだった。
「あの方は村の男衆なら、みんな狙ってましたよ。村で興味を示さなかったのは義一さんだけですね。私も若い頃はもうちょっと痩せてて、男の人気も高かったんですけどね。あの方が村に来られてから、全部取られちゃった」
「はあ……」
そのちょっとって、どのくらいなんだろう。
口にするには少々失礼な疑問を頭から追い出し、大は別の疑問を口にした。
「日美香さんって、マレビトだったんですか?」
「ええ、そうですよ。元の世界だとふぁっしょ、ファッション、デザイナー? とかだったそうで」
「でも、あの人は子供を産んでますよね。それも二人も」
マレビトは村で子供を作ったら外に出られる。それがずっと聞いてきたルールだが、例外もあったということか。
「そうなんですよ。でもそこが村の呪いのややこしいところでね。九段と八十神の血を引く人と子供を生んでもマレビトは外に出られないんです」
「へえ……」
初めて瀧彦と会った時、真尋と瀧彦の言い争いを、大は思い出していた。確かに真尋は瀧彦に、村からは出られないと言っていた。それでも試そうとしていた瀧彦は、ただ挑戦してみたかっただけなのか、ただの考えなしなのか。
「昨日、仁斎さんが呪いに関して話してたわね」
規則正しく料理を口に運んでいた綾が、手を止めて言った。
「蝗神にとって、九段と八十神が村の鍵だって。蝗神も、両家の血が村からいなくなる可能性を考慮して呪いに例外を作ったのかもね」
「あ、そっか。でも日美香さん、村から出られないとわかってて八十神さんと結婚したんですか?」
「そこがね、道元様のやらしいところでね」
空になった茶碗を綾から渡され、お手伝いは話しながら飯を盛っていく。
「なんせすごい美女でしたから。日美香様を気にいった道元様が、なだめすかして、騙して自分のものにしちゃった。で、伽彦様が生まれても日美香様は戻れなかった」
「日美香さんは泣いたでしょうね」
たっぷりと飯がもられた茶碗を受け取りながら、綾が相槌を打った。
「そりゃもう。泣くわ喚くわの大騒ぎ。三ヶ月くらいかしら、もう見てられないくらいにボロボロでね。みんなかわいそうに、って噂してたんですよ」
「へえ……。あんま想像できないや」
大の記憶にある、あの押しが強く傲慢な日美香像とは、どうにもイメージがあわなかった。
「でも、だんだん気持ちが吹っ切れたんでしょうね。いつの頃からかどんどん気が強くなって、道元様も尻に敷くようなお方になっちゃった。今じゃどっちが当主かわかりませんね」
あはは、と声を上げて笑うお手伝いにつられて、思わず含み笑いをする大だった。
大達が朝食をとり終え、玄米茶で一服していると、また真尋は屋敷に姿を見せた。
「おはようございます、皆さん。調子はどうですか?」
「ああ、真尋さん。おはようございます。俺は別になんとも」
「おはようございます。私も特には」
「良かった。昨日は大変でしたから、体調を崩していないかと心配だったんです」
真尋はひとしきり皆の調子を聞いた後、話を切り出した。
「早速なんですが、皆さん。妖虫の巣襲撃の決行までの間、皆さんの担当についてなんですが」
「担当? ……俺達も準備を手伝えばいいの?」
大は言った。昨夜の会議は九段家と八十神家、そして自警団だけで行われた為、大達はそのまま帰宅してしまったのだ。今後何をするか、細かい事は全く聞いていなかった。
「それを決めたいと思いまして。まず皆さんの希望を聞いてから決めようかと思ったんです。何か、皆さんやっておきたい事などありますか?」
「それだったら、一つお願いがあるの」
綾が言った。
「なんでしょうか」
「これまでの村で起きたことについて、記録か何かが残っていれば確認したいんです。ひょっとしたら昨日見たものについて、何か記録が残っているかもと思って」
これは帰宅後、夜に綾と話していた事だった。九段も八十神も虫人間について知らないとの事だったが、過去に遭遇した者がいてもおかしくはない。
昨日の虫人間や儀式について、それに近い記録が残っているならば、そこからなにか打開策が見いだせるかもしれない。
提案を聞いた時、さすが綾は目の付け所が違う、と大は密かに感心した。二人の考えを聞き、真尋は納得してうなずいた。
「わかりました、そういう事でしたら。後で案内します」
「あ、じゃあ俺も」
「はい、国津さんもですね。他の方はどうされますか?」
「俺は、自警団の手伝いをすればいいだろ。長い文章を読むのは苦手だしな。昨日、自警団の人からもそのへんの話はされたぜ」
金城が無愛想に言った。昨日襲撃された村の後片付けを手伝った際に、金城は自身の力を使って協力していた。牛数頭分にも匹敵する怪力が認知された事で、自警団から金城は好意的に受け止められたらしかった。これまで使い道がなかったと嘆いていた力が、村では一転して頼りになる存在となったわけだ。
「また手伝ってくれ、って言われたよ。大した事はできないだろうけど、荷物運びくらいにはなるしな」
その言葉には、どこか自虐的な響きがあった。昨日妖虫との戦いの際に、恐怖で何もできなかった事を悩んでいるように、大には見えた。
「いいじゃないか。小さくても誰かの為に何かできるなら、それって十分素晴らしい事だよ」
「そうね。それこそ私なんて、何もできないわ」
外川が冷たく笑った。外川が常人である事を思い出して、金城は慌ててフォローに入った。
「あ、俺、別にそんなつもりじゃ……」
「いいの。ごめんなさい。変な事言ったわ」
外川は真尋の方に顔を向けて、
「私は昨日と同じで、村の手伝いをすればいいでしょ? 怪物と戦うとかできないし。農作業の手伝いなり、皿洗いなりするわ」
「わかりました。準備も手が足りないというわけではないので、特に文句は言ってこないと思います」
こうして、食後の片付けを終えた後、大達は九段家の屋敷に向かう事となった。
屋敷の前に立って、大は屋敷の大きさを改めて認識した。
張り巡らされた土塀の中に建てられた二階建ての四角い建物は、巨大な岩のようにそこに佇んでいた。青々とした瓦張りの屋根と、年月を感じさせる木材、そして周囲の鮮やかな庭のコントラストが、長年村の長として君臨してきた風格を感じさせる。
だがそれだけに、妖虫によって破壊された一角が、なんとも無惨に見えた。折れた松の木や地肌の見えた穴が、見事な景色を破壊していてなんとも痛ましい。
「書庫は奥の方にあるんです。中に入ってください」
真尋の後に続いて中に入り、長い廊下を歩いていく。廊下は一旦外に出て、裏の隅にある離れへと続いていた。
蔵のように四角く無骨な形をした離れの中に入ると、四方が本棚で囲まれていた。
古書の独特な匂いが大の鼻をついた。二メートル以上はある本棚が、壁を背にするように並べられていて、どの棚もびっしりと本で埋められている。本は大小様々で、和綴じのいかにも歴史のありそうな本が多かったが、隅には現代の小説や図鑑などもわずかに置かれていた。
「マレビトが来た際に持っていた本も、ここに置いてあるんです。左手の本棚から古い順に、九段家当主が残した日記や、村の各種記録が置かれています」
「はあ……すごいね」
大は思わず感嘆の声をあげていた。はたしてこれだけの本を読破するのにどれだけ時間がかかる事か。思わずめまいがしそうなほどだ。
綾はどうかというと、目の前の本の山に興奮しているようだった。小走りで本棚に近づいて膝をつき、本を物色し始める。心が浮き立っているのか、顔がにやけていた。
「見て大ちゃん、ラフカディオ・ハーンの『知られぬ日本の面影』があるわ。発行年は……これ、ひょっとして初版? 嘘でしょ? コレクターが見たら土下座して欲しがるわ、こんなの」
「綾さん、落ち着こうよ……」
綾は元々文学少女だ。加えて日本に留学したきっかけも、日本人である母を通して日本文化に触れた影響だと聞いた事がある。綾からすれば、かつてマレビトが残した本の数々は宝の山に見える事だろう。
とはいえ、今はそれに触れている暇はない。大に説得され、綾は後ろ髪を引かれながらも、本来の目的を思い出して軽く咳払いをした。
「ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃった。今はそんな事をしてる場合じゃないわね」
「私もいくつかは読んだ事がありますが、果たしてどんな内容が書かれているか分かりません。手分けして内容を浚ってみましょう」
次回投稿は18日(日)21時頃予定です。
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