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21 葛垣村の戦い

 ミカヅチとティターニアが村の入り口にたどり着いたとき、妖虫と自警団の戦いは激化していた。

 自警団の男たちはそれぞれ槍を持ち、数人がかりで禍蟻を囲んで攻め立てていた。禍蟻が鎌を振り上げて誰かを襲おうとすると、残りの男達が槍で禍蟻の胴体を突き刺す。傷ついた禍蟻は暴れるが、その隙をついて更に刺突を加え、禍蟻を追い詰めていく。

 その姿は、かつて古代人が猛獣を大勢で囲み、狩っていた姿を連想させた。


 そんな中、二つの光が村中を駆け回り、妖虫を次々と狩っていった。

 光の一つである瀧彦は、大剣を右手に握り、振り回していた。 

 これも真尋の蜂と同じく、気虫術によって作り出した武器なのだろう。薄く緑の燐光を帯びていた。剣の刀身には細かい枝刃が無数に生えており、一直線に伸びた百足を思わせる。


「ぜいっ!」


 大上段から大剣を叩きつけると、禍蟻の硬い外骨格はあっさりと切り裂かれた。毒々しい色をした体液が吹き出す禍蟻の体を、瀧彦は力任せに蹴り飛ばす。

 次の相手を探していた瀧彦の目に、空を飛ぶ妖虫の姿が見えた。クワガタ虫を思わせるいかつい顎を持った、体長三メートルはある甲虫が、上空から瀧彦を目掛けて急降下する。

 その下に、別の禍蟻の姿が見えた。空の妖虫と連携し、瀧彦を狙って迫ってくる。


「ぜりゃあぁっ!」


 気合と共に、瀧彦は剣を縦に振った。大剣の光が一際強くなった次の瞬間、大剣は枝刃の生えた部分ごとに分割された。

 数珠状に分割された剣が伸び、剣先が甲虫よりも高い位置に届く。剣はそのまま振り下ろされ、甲虫の胴体を唐竹割りに斬った。


「シッ!」


 瀧彦はそのまま手を振った。手元の動きに合わせて剣は複雑に動き、剣先が横に流れて禍蟻の前足を真っ二つに切り裂く。

 バランスを崩し、禍蟻は前のめりに倒れた。地に激突した頭が起きるより早く、弧を描いて戻ってきた剣がざっくりと切り裂いた。


「っしゃあ!」


 剣を元に戻しながら、瀧彦がガッツポーズをとった。普段の自信も納得のいく強さだ。昨日真尋に気絶させられる前にあの剣を出されていたら、大もミカヅチとならなくては対処できなかった事だろう。

 もう一方の伽彦は、瀧彦とは対照的に優雅な姿を見せていた。蜘蛛を模した緑に光る手甲が光るたびに、近よってきた禍蟻の体が絡め取られ、細切れに切り裂かれていく。


「しゅっ」


 伽彦が手を翻すと、何もない空間に緑の光がかすかにきらめいた。次の瞬間、伽彦の前方にいた二体の禍蟻が互いに引きつけられたように横滑りし、激突して動きを止めた。

 糸だ。ミカヅチの目が、なんとかその動きを捉えた。手甲から吐かれた細く強靭な糸が自在に伸び、敵に絡みついて拘束したのだ。


 伽彦が突き出した手を一気に引いた。糸が引き締まり、禍蟻達の体を更に封じ込める。そしてひと呼吸の後、禍蟻は絡め取られた糸に体を切り裂かれ、切断され、肉片となって散らばった。

 見事な動きだった。襲撃に立ち向かう自警団の中で、この二人だけは圧倒的な実力を見せていた。しかし妖虫の数は多く、自警団も手が足りていない。自警団が手を回せていない禍蟻達は、村の建物を壊したり、人を見かけると襲ったり、目的がないようにばらばらに動いていた。

 ミカヅチ達が手伝う事は、いくらでもありそうだ。


「俺達も行こう」

「ええ」


 ミカヅチの言葉に、ティターニアも頷いた。そのまま一瞬で加速し、弾丸のようにまっすぐ村を突っ切る。

 禍蟻を囲む自警団員を襲おうとした別の禍蟻を見つけ、ミカヅチは目標目掛けて走った。禍蟻がその鎌でまさに男を切り裂こうという直前、ミカヅチは跳躍し、ドロップキックを禍蟻の側頭部に叩き込む。


「いりゃぁ!」


 硬いもの同士をぶつけた音が響き、禍蟻が音を立てて転がった。ミカヅチが鮮やかに着地すると、助けられた自警団員は目を白黒させた。


「お、お前、何者だ!?」

「俺はミカヅチ。偉大なる巨神の子。今はそれどころじゃないだろ?」


 突然の乱入者に、男が更に何か言おうとしたとき、青い影が動いた。ティターニアは男の頭上を華麗に飛び越え、手に持った巨大な戦斧で、男達が囲んでいた禍蟻を一刀両断に叩き割った。


「私達は敵じゃない! こいつらの相手が先よ!」


 戦斧を肩に担ぎながら、ティターニアが叫ぶ。自警団員達は一瞬、何者を問おうかと悩んだが、結局戦いを再開した。素性は知れなくとも、協力してくれる者と仲違いしている暇は誰にもなかった。


(ありがたいや)


 物分かりがよくて助かった。ミカヅチは周囲を確認し、次の相手を確認する。

 右前方、少し離れた民家の近くに、自警団が手を出せていない禍蟻がいるのが見えた。家の陰にいるらしい人に、鎌を伸ばそうとしているのが見える。


「ちッ!」


 ミカヅチは棍を手斧に変えると、禍蟻に向かって放り投げた。全身のしなりが産んだパワーとスピードが手斧へと伝わり、風を切り裂いて綺麗に飛ぶ。手斧が禍蟻のちょうど頭と胴をつなぐ箇所に突き刺さると、禍蟻は倒れわずかに痙攣するばかりとなった。


 ミカヅチは禍蟻に走りより、斧を回収する。既に絶命した禍蟻から斧を引っこ抜いたとき、引きつった声が耳に届いた。

 ミカヅチは顔を向けた。先ほど陰に隠れて見えなかった人がそこにいた。

 外川は尻餅をつき、家の壁に背を押し付けたまま、ひきつけを起こしたように震えていた。目を見開き、荒い息を断続的に吐き続け、今にも恐怖に叫び出しそうだった。


「あ、あなた、ひょっとして、ミカヅチ……!?」


 突然目の前に現れた相手に、やっと気付いたという風に、外川が声を上げた。


「ほ、ほんとに来てたんだ。巨神の子。 ねえ、助けて。あたしを助けてよ!」


 腰が抜けて思うように動けないのか、四つん這いになったまま、外川は必死にミカヅチに近寄る。すがりつくように足を掴み、本物だと感じ取ると、ついには火がついたように叫び始めた。


「あたしには無理、嫌よ、こんなとこで暮らすの。ねえ、あたしを元の世界に戻して! ヒーローなんでしょ? そのくらいできるでしょ!? ねえ!」


 元の顔が想像できないほど、くしゃくしゃに顔を歪めて泣き喚く。人外の怪物に襲われかけたという恐怖が、外川の頭から冷静な判断力を吹き飛ばしていた。

 落ち着かせる為声をかけようとした時、ミカヅチの耳が悲鳴を捉えた。一度聞いたことのある、少年の悲鳴だった。

 ミカヅチは顔を上げた。山の上にある九段家と八十神家の屋敷周辺には自警団の姿がなく、禍蟻が何匹かうろついているのが見えた。北の屋敷が狙われている。


 ミカヅチはしゃがみこみ、外川の手を取った。外川の眼を真っすぐ見据え、落ち着かせようとゆっくりと声をかける。


「どこか屋敷の中に隠れて、もう少し待ってください。この虫達を追い払いますから」

「それじゃ駄目よ! ここから出して、って言ってるじゃない!」

「それも全力を尽くします。今は、もっと危険な目に合ってる人のところに行かないと」

「待って、ねえ、待って!」


 ミカヅチは立ち上がり、外川の叫びを背に受けながら走った。自警団や禍蟻の隙間を縫って、柵や倒れた荷車を飛び越えて屋敷に向かう。


(外川さん、俺の事を恨むかな)


 ふと、そんな事が頭に浮かんだ。

次回は12日(月)21時頃予定です。


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