20 探索を終えて
禍蟻達の襲追撃はこれ以上続く事なく、ミカヅチ達はなんとか出口までたどり着く事ができた。
巣穴に入る前と変わったところのない荒れ寺の裏手で、ミカヅチはその剛力を使い、大岩を持ち上げていた。
「ふっ……!」
軽く気合の息を吐き、自分の体重の十倍以上はありそうな巨岩を抱えつつ、危なげなく歩を進めていく。やがてゆっくりと岩をおろし、大岩を元の通り、巣穴に続く穴を塞ぐ位置に置いた。
ぴったりと穴を塞いだのを確認し、軽く岩を押す。揺れたりしないか安定性を確認して、ミカヅチは安堵の息をついた。
「よし……」
「おつかれさま、ミカヅチ」
後ろからティターニアが声をかけた。
「とりあえず穴は塞いだけど、蟻達なら岩をどけて出てこれるんじゃない?」
「その時は、またその時ね。相手も今すぐは追いかけてくる気はないみたいだし」
あの穴は妖虫が集まる巣なのだろう。やろうと思えば、いくらでも兵隊を送り込む事はできたはずだ。
それが止まっているのは、イドムを倒した為に指揮をするものがいない為かもしれない。ミカヅチはふとそんな事を考えた。
禍蟻達は地球の昆虫と同じく、個人の意思はひどく薄弱なように感じられた。イドムのような、強い自我を持つ虫人間の指示がなくては、複雑な行動を取れないのではないか。少なくとも今、ここに禍蟻が集まってこないところから、それは正しいように思えた。
「とにかく、みなさん、ありがとうございました!」
真尋の声に、ミカヅチは思考を中断した。ミカヅチの代わりに杏を抱きかかえた真尋が、嬉しそうに笑っていた。
「妖虫の巣を見つけて、杏ちゃんも助けられました。今回の探索は大成功です」
「虫達がこの子で何をしようとしてたのか、まだ全然わからないけどね」
「それは今後の課題、という事で。お祖父様にも相談してみます。それにしても」
真尋はミカヅチとティターニアの姿を、興味深そうに眺めた。
「お二人とも、超人だとは聞いていましたけど、こんな力は予想外でした。その格好は?」
「これは偉大なる巨神っていう、俺達が信奉する神様が授けてくれる戦装束なんだよ」
「言っておくけれど、私達の正体については誰にも言わないで。できるだけ正体は隠しておきたいから」
「そうなんですか? 残念です。皆さんの活躍を話したかったのに」
少し残念そうにしながらも、真尋は同意する。正体を話されて騒ぎになったら面倒この上ない。物分かりの良さにミカヅチは感謝した。
ミカヅチは真尋の隣に目を向けた。ミカヅチとティターニア、二人の巨神の子を前に、金城はバツの悪そうな顔をしていた。
どう話したものかと悩みながら、ミカヅチは口を開いた。
「えーっと……その、この事は昨日話せてたら良かったんだけど。やっぱり正体を明かすのはできないし、気が引けてさ。そこは、悪かったよ」
自分の名を騙った相手と話すなど、初めての出来事だ。何を話しても嫌味になる気がした。
話しづらいのは金城もだったようた。目をそらしつつ、ちらちらとミカヅチの方を見たり、煮えきらない態度だった。
「いや……。謝るのは、俺の方だから。悪かった。名前をパクったりして」
「そもそも、なぜミカヅチの名を騙ったの?」
思わずミカヅチが目を丸くするほどに、ティターニアがずばりと切り込んだ。
「あなたの力があれば、わざわざミカヅチを名乗らなくても、立派にヒーローとして活躍できるでしょう? この子の名前でちやほやされたかったの?」
「ティターニア、もうそこはいいじゃない」
ミカヅチはついついフォローに入った。無闇に人の心に鞭打つ事もない。ティターニアは目を細め、への字口を作る。自分達が馬鹿にされたような気分で、ついつい怒りの言葉が出てしまうらしい。ミカヅチにはその気持ちも分かる反面、ティターニアのその姿が妙にかわいらしく思えた。
「……できねえよ、ヒーローなんて」
腹に溜まった重い気持ちを吐き出すように、金城は口にした。
「俺が住んでるところは、はっきり言って田舎なんだ。駅から百メートルも離れたら、田んぼが広がってるようなところだよ。起きる事件なんて引ったくりがせいぜいさ。そんなとこで、ヒーローなんて名乗ってもやることがねえ」
金城はちらりとミカヅチの方を見た。
「俺だって、ニュースで取り上げられるような事件に、関われるなら関わってみたいよ」
「別に、好きで関わってるつもりはないんだけどな。その場の成り行きというか」
ミカヅチはぼやいた。関わった小さな事件が、気づくと大事件に発展していた、という事は何度かあったが、最初から介入しようとしたわけではない。
しかし、ニュースでしかミカヅチの事を知らない者からすれば、ミカヅチは表舞台で華々しく活躍している英雄の一人に見えるのかもしれなかった。当のミカヅチからすれば、自分よりずっと真剣で、立派な活動をしている人ばかりが目につくのだが。
「ここに来た時、あんたの名前を使っちまったのは、ただの思いつきさ。村の人達はヒーローの事なんて知らないし、何言ってもバレいだろ。俺は凄い奴なんだって、そう思わせたかったんだよ……」
金城は苦々しい顔で、ぽつりぽつりと言った。
どんな力を持っていても、宝の持ち腐れというのはままある事だ。自身の力を使う舞台に恵まれるか、そればかりは人にはどうしようもない事だった。
「あなたは間違えたのよ」
どう声をかけたものか考えている間に、ティターニアがずばりと口にした。
「自分がすごい人間だとアピールする為に、ヒーローを名乗ろうとしたのがそもそもの間違いね。有名人になりたいなら芸人か俳優でも目指した方がいいわ」
「ティターニア……」
「ヒーローとは、困難に立ち向かい、世の中を良くしようと行動する人の事を言うのよ。他のことはついてきた結果でしかない。あなたが本当にヒーローになりたいなら、まずは自分にできる事を考えて行動しなさい。結果は後からついてくるわ」
刃物ですっぱりと両断するような、ティターニアの言葉だった。人によっては激怒する類の論である。だがティターニアが言えば、それは誰も文句を言う事ができない言葉となった。
「自分がどうしたいのか、一度考え直しなさい。有名人になりたいのか、ヒーローになりたいのか」
「……」
金城はひるむような顔で、ティターニアを見ていた。
ふと、ティターニアが何かに気付いたように、顔を横に向けた。歩を進めて寺の境内の方に向かう。ミカヅチ達もついていった。
鬱蒼と茂る雑草をかきわけ、石段の前まできて、ミカヅチはティターニアが何を感じ取ったのか理解した。
石段までくると、石段を降りた先に広がる平地と、その先にある葛狩村が見える。そして村入り口付近に、奇妙な黒い影がいくつか動いているのが見えた。
「禍蟻が、村に……!?」
真尋がつぶやいた。ミカヅチ達が山の奥を探検している間に、現れた禍蟻達が村を襲撃していたのだ。しかもかなり数が多い。目に見えるだけでも十匹近く現れており、村人がそれぞれ応戦しているのが見えた。
「嘘でしょう。まさか、こんな大勢で襲ってくるなんて。普段は群れからはぐれた一匹や二匹くらいで、こんな……」
見ているものが信じられない、と言いたげに、真尋は歯を食いしばった。
異常な村への襲撃。禍蟻達の巣で行われた邪悪な儀式。奇妙な事ばかりだ。だが今は、それについて考えている時ではなかった。
「俺とティターニアで先に村に行くよ。二人は後からついてきてくれ」
「もし私達の事を聞かれたら、別の用事があるとでも言っておいて」
ちょっと出かけるように軽く言い放ち、二人は石段を跳ぶように駆け下りた。
次回は11日(日)21時頃予定です。
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