19 巣穴からの脱出
意識を失ったか、完全に倒れて動かなくなったイドムを見て、ミカヅチは背後の砂山に走った。
杏のそばに近寄り、ミカヅチは手にもった棍を剣に変化させ、杏を縛っていたロープを切り裂いていく。
杏を解放すると、ミカヅチは小柄で華奢な杏の体を胸元に抱きかかえた。
「あ、あの……」
「悪いけど、話をしてる暇がないんだ。ちょっと激しく動くから、しっかりつかまってて」
「は、はい……」
混乱はしているようだが、ひとまずミカヅチの事を信じてくれたらしい。杏はミカヅチの首元に手を伸ばし、しっかりと体を固定した。ミカヅチはそのまま砂山に駆け上ると、禍蟻達の相手をしていた真尋とティターニアに呼びかける。
「この子は助けた! さっさと逃げよう!」
「了解!」
「わかりました!」
ティターニアは戦斧を振り回し、周囲の禍蟻達を薙ぎ払う。禍蟻達がちぎれ飛んで生まれた空間目がけて、ミカヅチは杏を抱えたまま跳躍した。宙を舞う感覚に、杏が小さく悲鳴を上げる。
ティターニアの隣に着地すると、二人の目と目が合った。息の合った行動に、思わず笑みを浮かべる。
「金城は?」
「戦ってはないわ」
ミカヅチは周囲を見回し、金城を視界に捉えた。部屋に入った時に隠れていた岩陰で、金城は彫像のように固まったまま、戦いを眺めていた。
「金城! 何やってるんだ、早く逃げるぞ!」
「え。あ、ああ!」
ミカヅチの声で我を取り戻し、金城は弾かれたように入ってきた通路に向かって走る。ミカヅチ達も後に続いた。
入り組んだ巣穴の中を走り抜け、入って来た通路に向かって走る。背後からは生き残った禍蟻が群れをなして追ってくるが、幸い前方からは現れない。
何度か通路を曲がった後、通路に繋がる坂を登っていく。真尋の出す蜂の光を松明代わりにして、ミカヅチ達は出口に向かって通路を必死に走っていった。
通路は一直線の為、挟み撃ちにされる心配はないが、出口までの距離はかなり長い。巨神の子として超人的な身体能力を持つミカヅチとティターニアの二人はともかく、真尋はかなり苦しそうに喘いでいた。
背後から音が聞こえて、ミカヅチは振り返った。禍蟻達がミカヅチ達を追いかけてきているのが、ぼんやりとだが見えた。先頭をがしゃがしゃと走る禍蟻の他にも、何匹か後方に並んで来ているのが足音から分かった。
「やべえ、どうすんだ!」
禍蟻の足音に気付き、金城が叫ぶ。あまりに動転していて、声が裏返っていた。
既に真尋の足は速度を落とし始めていた。果たしてこのまま走っていて、いつまで禍蟻に追いつかれずにいられるか分からない。
荒く息を吐きながら、切れ切れに真尋が言った。
「国津さん! さっき、みたいに、蟻を、ふっとばして、くれま、せんかっ?」
「俺もそうしたいけど、下手すると穴が壊れて生き埋めだ!」
巨神の一撃と呼ばれるあの技は、巨神の子の全身を巡る巨神の加護の力を、一点に集中し放つ大技である。先程のように何も考えずに放つならともかく、力をうまくコントロールしないと周囲にも被害をもたらしかねない技だった。
「じゃあ、私がやるわ」
流麗な声と共に動く影を見て、ミカヅチは足を止めた。つられて真尋に金城も動きを止める。
「ティターニア!」
三人の目に映るティターニアは、迫る禍蟻達を前にして、構えをとった。
腰を落とし、右腕を腰に引きつけ、左手を伸ばして照準をつけるように禍蟻に向ける。傍から見ているだけでも、全身に高まる巨大な力の気配が感じられた。
先頭の禍蟻が近づき、ためらわずに間合いに入った。ティターニアに向けて鎌を振り上げた瞬間、ティターニアは高速で突進した。
「はぁーッ!」
青い弾丸のように懐に飛び込んだティターニアの拳が、禍蟻の頭に叩き込まれる。刹那、ティターニアの拳を通して放たれた力の塊が、弾丸のように禍蟻の肉体を貫き、粉砕した。
強大なエネルギーがそのまま禍蟻の体を通り抜け、背後にいた禍蟻達にも叩き込まれる。爆発的な力の流れが、追手の禍蟻達をまとめて破壊したのを確認し、ティターニアは軽く息を吐いた。
「さすが、ティターニア」
ミカヅチは思わず感嘆の声を漏らしていた。
ティターニアの巨神の一撃は、イドムとの戦いでミカヅチが使ったそれとは違い、力の流れが一点に収束して放たれていた。禍蟻達はばらばらに砕かれたのに対し、通路には傷一つない。もし今のミカヅチが巨神の一撃をここで放っていたら、通路の壁はえぐれ、破壊されていたことだろう。
ティターニアは禍蟻達と通路の奥を確認し、ミカヅチ達の方を向いた。
「これ以上追手はこないみたいだし、今のうちに外に出ましょう」
「え? あ、そうですね。急ぎましょう」
真尋は二度三度と瞬きをして、我に帰って通路を登り始めた。ミカヅチ達もそれに続いていく。
地上に向けて歩を進めながら、ミカヅチは心中複雑な気持ちになっていた。
大が幼少の頃から見ていたティターニアの姿を、彼女は今も変わらず保っている。相変わらず強く、美しいままでいてくれるのは、ミカヅチとしても嬉しかった。しかしこうティターニアの活躍を目の当たりにすると、自分の未熟さを突きつけられる気分にもなるのだ。
果たして自分は、ティターニアの隣に並び立つ事ができるのだろうか。
「大丈夫」
隣から話しかけられて、ミカヅチの鼓動が速くなった。隣でティターニアが、美しく微笑んでいた。
「こういうのは何事も経験だから。ミカヅチも数をこなせば、このくらいはできるようになるわ」
「だといいんだけどね……」
ミカヅチはひとまず、憧れの人が変わらないでいてくれる事を喜ぶ事にした。
自分と彼女の差をどれだけ考えても、今すぐそれが変わるわけでもない。
次回は10日(金)21時頃予定です。
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