表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/162

02 奇妙なルール

 数秒、場に沈黙が下りた。大は完全に言葉を失っていた。あまりに突然目の前に現れた状況に加え、目の前の女──真尋に言われた内容に、頭がついていかなかった。おそらく綾も、他の二人も同じなのだろう。


「あの……」


 さらに数秒経ち、やっと我に返って、大は手を挙げた。動きに反応して、この場にいる全員の視線が集中する。

 周囲の視線に少し居心地の悪さを感じながら、大は質問した。


「それってつまり、どういう事なんです? 状況がつかめないんですけど。ここは葦原市じゃないんですか?」


 先程まで綾と共にいた町の名前を伝えるが、真尋は首を振った。


「申し訳ありませんが、それは違います。あなた達は皆それぞれ、別の場所からこの村、この屋敷に飛ばされて来たのです」

「神隠し、って事ですか?」

「現象としては、それが近いですね。そしてこの村から出るには条件を満たさないといけません。それが子作りです」


 あっさりと真尋は口にした。もう何度も説明しているらしく、かなり慣れた口ぶりだった。


「誰と作るかは自由です。みなさん同士で相手を作ってもいいですし、この村の中で相手を見つけても構いません。そうやって産まれた子供をこの村に残す事で、生まれた子の両親は、村から元いた場所に出ていく事ができます。それがこの村のルールです」


 この場にいた皆が、困惑の表情を作っていた。こんな訳の分からない状況がやってくるとは、誰も予想していなかった事だろう。

 大は隣に立つ、天城綾の顔を見た。だが彼女も流石にこの状況に困惑しているようだった。

 大の視線に気付いたか、綾も大の顔を見た。


「大ちゃん」

「なんか、ただのアルバイトのはずが、大変な事になっちゃったね」

「ええ。面白そう、とは言えない状況ね」


 やれやれ、といった風に嘆息する綾に、大は軽く苦笑いを返すだけだった。ほんの数分前まで、大はただのアルバイトに精を出していたはずなのだが。

 困惑する大達を前にして、真尋は軽く頭を下げた。


「詳しい説明は後程、歓迎の場を設けますのでそこで。夕方に鐘が鳴ったらまたお伺いして、うちの家にお連れいたします。外に出てもかまいませんが、あまり妙な騒ぎは起こさないように、お願いいたします」


 真尋はそう言うと、することは終わったとばかりに背後の扉に手をかけ、家の外へと出て行った。

 扉がばたんと音を立てて閉まり、皆がはっと我に返る。


「ちょ、ちょっと!」


 大がまっさきに動いた。真尋の後を追って出入り口のドアノブに手を伸ばし、勢いよく押し開ける。

 外に出ると、眩しい太陽の光が出迎えた。大は思わず顔をしかめ、手で光を遮った。一瞬で光の衝撃は落ち着き、改めて周囲を見回す。


 すでに真尋の姿はどこにもなく、屋敷の外には、木造の古めかしい民家が立ち並んでいた。

 屋敷は山の斜面を切り崩して作られたらしく、右から左へ下り坂になっている。通りには真尋と同じ、簡素な服を着た人々が汗を流して働き、子供達が遊んでいた。


 大が左に目を向けると、山を下った先にある平地いっぱいに、水田が広がっていた。綺麗に区画された水田にはどれも稲が青々と育ち、風を受けてたなびくたびに、海面のように光の反射が波打っていた。空を見上げると、風を受けて悠々と飛ぶ鳥の姿が見えた。


「ど、どこだ、ここ……?」


 のどかで穏やかな空気。まるで昔の映画で見た、田舎の山村を再現したような光景だった。少なくとも葦原市には、こんな村が残っているか怪しい。

 灰堂の言っていた、神隠し事件を大は思い出していた。屋敷から消えた人々は誘拐されたのでも、自分の意思で行方をくらましたのでもない。今の大達と同様に、あの屋敷にある秘密によって、この村に飛ばされたのではないか。


「大ちゃん、どうしたの……」


 つられて外に出てきた綾も、周囲の変貌に思わず声を失っていた。他の者もわらわらと外に出てくるが、皆同じように狐につままれたような反応を示していた。


「おい……なんだよこれ。なんなんだよ!」


 その中の一人が叫んだ。年頃は大と同年代だろうか。頭頂部を金髪に染め、カジュアルな服装に身を包んでいる。繁華街に行けばダース単位で見るような外見をした男だ。


「わけがわかんねえぞ。一体どうなってんだ。俺はさっきまで市内にいたんだぞ?」


 愚痴をこぼしながら歩き回る金髪男の隣で、細身の女が一人、顔を青ざめていた。こちらの年頃は恐らく綾と同年代、二十代後半といったところか。

 先程真尋が言っていた通り、彼らも大達と同じく、どこかから葛狩村に飛ばされて来たのだろう。


「あの……すいません、皆さん。ちょっといいですか」


 大の言葉に、皆が顔を向けた。


「俺も状況は分かってません。皆さんもですよね。ここは一旦、お互いに情報交換しませんか。お互いに話し合えば、なんでこんなところに来てるのか、少しは原因がつかめるかも」


 二人が不審そうに大を見た。状況が状況だ。こいつは果たして何者か、こいつの言っている事をどこまで信用していいか。そう視線が語っていた。


「まずは自己紹介からで。俺は国津大、って言います。葦原市の、比良坂大学一年です」

「じゃあ、次は私が。私は天城綾。大ちゃんとは昔からの知り合いです。私達二人は、葦原市から飛ばされてきました。行方不明事件が起きていた幽霊屋敷の調査を『アイ』が行っていて、私達はその手伝いをしている最中に、突然ここに飛ばされたんです」


「『アイ』が? ほんとに?」


 女が驚きに目を見張った。『アイ』とそれに所属するヒーローの活躍は、日本人なら誰でも知っているレベルだ。その『アイ』の所属となれば、興味を示すのも無理はない。


「じゃあ、あなた達も超人なの?」

「ええ、まあ……。大したもんじゃありませんけど」


 流石に普段の正体についてまで答えるわけにはいかず、大はあいまいに返答した。

 綾のフォローのおかげで、皆の不安や警戒心もいくぶん和らいだようだった。金髪男が仕方ない、と言いたげに鼻を鳴らして口を開いた。


「俺は金城(きんじょう)隆生(たかお)、ってんだ。バイク屋で働いてる。俺は休みにバイクを走らせてて、昼飯を食いに定食屋に入ってトイレを使ったら、いきなり屋敷の中にいた」


「……あたしは、外川(とがわ)香織(かおり)。あたしも似たようなものよ。旅行中にホテルにチェックインして、部屋に荷物を置いて外に出ようとしたら、ここに飛ばされてた」


 女が金城の後に続いて、ぼそりと言った。まだ不信感が残っているのかもしれないな、と大は感じた。大学のレクリエーションや合コンではないのだ。それも当然だろうと納得する。


「それじゃあ、ここにいる人全員、何かの建物の中に入ったときに、この屋敷に繋がったわけですね」


 大は自分達が入っていた屋敷を見上げた。大達が入った幽霊屋敷とよく似た、和洋折衷のデザインだ。美しい造形だが、ちょっと視線を動かすと隣の藁ぶき屋根が見えてしまい、周辺の風景からは酷く浮いている。コンクリートジャングルの中に、寺や教会があるような異物感があった。


「この屋敷にかけられた呪いで、日本中の建物と繋がってここに飛ばされたのか、それともここに飛ばされた人たちが狙いなのか……」

「はっ、どっちでも大して変わらねえだろ。それがわかったからって、こっから出られる訳でもねえ」


 金津が吐き捨てるように言った。香織もどうでもよさげに鼻を鳴らし、軽く肩をすくめる。


「あたし達が何かする事もないでしょ。天城さん達が消えた事は、向こうでも気付いてるはずなんだし。すぐに『アイ』のヒーローが駆けつけて、助けてくれるわ」

(ヒーローが、ね)


 香織の言葉に、大は内心苦笑した。

 一応、自分達もヒーローなのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ