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01 アルバイトはいかが?

 ちょうど梅雨が開けて、夏の気配が濃くなっていくのを感じていたある日。比良坂大学の講義室で、国津大はズボンのポケットに入れていた、スマートフォンが振動するのを感じた。

 たった今、今日最後の講義が終わった直後である。ポケットからスマートフォンを取り出すと、液晶には「灰堂武流」の文字があった。


 画面の「通話」を押し、耳元にスマートフォンを近づける。その間、最近何か問題を起こしただろうかと、大は頭を巡らせた。


 大学一年生、百八十センチをわずかに超える長身に、鍛えられて引き締まった体は既に青年と言ってよく、男なら誰でも憧れる体だ。だがその体と対照的に、悩む顔はどこか気弱そうで、よく言えば優しげ、悪く言えば頼りなさげなものを感じさせる。


「よう、大。早速だが、アルバイトをやる気はないか」


 通話を始めて、灰堂の第一声はそれだった。


「アルバイトって……。一応確認しますけど、危険な類の仕事じゃないですよね?」


 大は顔をしかめた。ないとは思うが、死の危険と隣り合わせな仕事は流石に考えたい。

 ふふ、と灰堂の軽い笑い声が、受話器から聞こえてきた。


「俺がお前に、そんな事をさせると思うか? 安心しろ、『アイ』でのちょっとした調査の手伝いだ」


 超人管理機関『アイ』。この世の科学、物理法則を超越した力を持つ、いわゆる超人の存在が発見されたのは、二十年程前になる。それ以来、超人は世界中で増加傾向にあり、『アイ』は日本の超人を保護・管理する為に組織された機関なのだ。


 しかし、仰々しい事を言っても『アイ』はまだまだ若い組織で、慢性的に人手不足だ。その為、所属している超人に、仕事の協力を依頼する事がよくあるのだという。そして『アイ』の管理官である灰堂が今回、大に初めて仕事を依頼したというわけだ。


 大も今は超人であり、『アイ』に所属している身だが、超人になったのは最近である。協力の依頼については話に聞く程度で、実際に依頼を受けたのは初めてだった。


「まともな仕事なら、喜んでやりますよ。どんな仕事なんです?」


 なにせこちらは金欠学生だ。生活環境ではかなり恵まれている方だが、遊興費はいつも足りない。


「仕事というのはな、幽霊屋敷の調査なんだ」

「幽霊屋敷? 幽霊が住み着いてるんですか?」


 一昔前なら冗談のようなやり取りだが、今は幽霊が昼間にうろついていても、全くおかしくない時代だった。高校生が古書店で見つけたいわくありげな書物を基に、辞書を片手に魔術を実践したらとんでもないものが現れた、などと言った事件は時たま朝のニュース番組で紹介される。

 灰堂も笑わず、真面目に答えた。


「いや、言ってみれば都市伝説の類だな。葦原市の郊外にある空き家なんだが、そこに興味本位で入った人間が、姿をくらます事があるんだそうだ」

「神隠しですか」


 なるほど、と大は納得した。

 灰堂が詳しく話す内容によると、事件は一か月ほど前に起きた。市内にある誰も住んでいない屋敷に、ある動画配信者が侵入し、撮影器具だけを残して姿を消したのだと言う。

 警察が詳しく調べていると、ここ数年間で、屋敷に行ったと思われる者が消息を絶つ事件が何件か起きているらしい。


 話だけ聞けばなんのことはない、ちょっとした行方不明事件だ。だがそこに不可解な現象や噂が加わると、『アイ』が調査をしないわけにはいかない。物理法則に縛られない力を持った超人が、事件に関与している可能性があるからだ。


 超人が関わる可能性があるならば、怪奇現象や都市伝説じみた話でも本気で捜査をしなくてはならない。それが『アイ』に与えられた日常業務の一つだ。


「俺達は行方不明を捜査するんじゃなくて、その屋敷に何か変なものがないかを調査するわけですね?」

「そうだ。なに、仕事自体は専門の調査員がする。他にも何人かバイトが参加するし、お前がやるのは基本的に、雑用と力仕事だよ。仕事中に何か気付いた事があれば、調査員に意見するくらいでいい」


 その後、灰堂から提示された金額を聞いて、大は依頼を受けると即答した。

 そしてその週末、大は綾の運転する車に乗って、問題の屋敷に出かけたのだった。



「送ってくれてありがとね、綾さん」


 助手席に座り、大は綾に礼を言った。慣れた手付きで愛車を運転する綾の姿は様になっていて、見ていて惚れ惚れするほどだ。百七十二センチの長身に涼やかな美貌を持つ彼女は、大がこの世で最も美しいと信じ、最も信頼している女性である。


「気にしないで。あたしも今日は暇だったから。それに、その幽霊屋敷の神隠しっていうのが気になるしね」


 綾も笑顔で返した。先日、大がアルバイトの話をした際に綾は事件の内容に興味を持ち、見学したいと言い出したのだ。大としては願ってもない話だった。金を稼げる上に綾と遊びに行ける。


(いや、遊びじゃないんだけど……)


 一応気を引き締めようとするが、浮き立つ心は止められなかった。


 大は綾の住む部屋に、ルームシェアという名の居候をしている身である。そのおかげで二人一緒にいられる時間は長いが、大学生の大と違い、綾は社会人だ。生活のリズムにはズレがあるし、遊びに誘っても予定が合わないという事もある。こうやって二人で出かける日は貴重だった。

 十数分の何気ない会話を堪能した後、短いドライブは終わりを迎えた。交差点を曲がると、目的地の屋敷の屋根が見えた。


「すごい……。立派なお屋敷ね」


 綾が感心するように言った。和洋折衷方式というのだろうか、今の日本ではあまり見かける事のない、古風で見事な作りだ。周囲は四角く高い石の塀に囲まれているため、一階がどうなっているかは分からないが、塀の大きさから考えると庭も広い事だろう。


「なんか、映画に出てきそうだね」


 大も率直な感想を口にした。ここをロケ地に使えれば、さぞ壮大な映画が撮れることだろう。

 灰堂から聞いた話によると、なんでも戦前は旧華族が使っていた屋敷なのだそうだが、十年程前から家人は別のところに住むようになり、取り壊す予定もなくそのまま放置されていたらしい。


 開いていた正門をくぐり、庭に車を乗り入れる。流石に荒れ放題となっている庭の草木を踏みながら進むと、前方に車が何台か止まっていた。中央に止まっている白いバンの後部ドアが開いており、そこから数人の男達が機材を取り出していた。おそらくあれが調査員だろう。

 綾は車を、調査員の邪魔にならない程度に離れて止めた。大達が車から降りると、バンの方から作業着姿の男が二人現れ、大達を出迎えた。


「君が、国津くんだね。灰堂管理官から話は聞いているよ」

「はい、今日はよろしくお願いします」


 大は礼儀正しく頭を下げる。調査員達は挨拶した後で綾の姿を捉え、


「そちらは?」

「私は天城綾といいます。調査の内容を見学させてもらいたいと思って来ました。灰堂さんから、連絡は来ていませんか?」


「ああ、管理官のご友人が来ると聞いてますよ。あなたでしたか。すみませんが仕事優先で、あまりお構いできないと思いますが、よろしいですか?」

「ええ、そういう風に聞いてますから」


 わかりました、と答えて、調査員達は早速仕事に取り掛かった。他にも来ていたアルバイト達と力を合わせ、屋敷の中に機材を運び入れる。

 屋敷の中に入ると、流石に中は寂れていた。当然ながら、家具や小物は何も残っていない。内装も立派なものなのだが、蜘蛛の巣が至る所に張り巡らされ、埃で床が白っぽく染まっている。歩けばぎいぎいと床が音を立てて、長い間人が寄り付いていない事を伝えてきた。


(こりゃ、映画に出てきそうと言っても、ホラー映画だな)


 などと思いながら大が機材を運んでいると、隣から声が聞こえた。


「なあ、さっき来てた女の人、すげえ美人だったな」


 大が顔を向けると、二人がかりで大きな機材を運んでいた、アルバイトの男たちが話していた。どうやら綾について話しているらしい。


「スタイルいいし、モデルかなんかなのかな」

「俺……、バイト終わったら、酒とか誘ってみようかな」

「やめとけやめとけ。あの人、灰堂武流の友人って言ってたぞ。日本一有名なヒーローの知り合いと俺達じゃ、釣り合いが取れねえよ」


(そうそう、誘おうなんてやめとけよ。お前らじゃ相手になんてされないよ)


 思わず脳内でぼやき、大は自分の器の小ささに苦笑した。綾に男が近づかない事を願う、子供のような独占欲だが、気持ちは抑えられない。

 屋敷とバンを往復して、大は最後の機材を突き当りにある部屋の奥に運んだ。機材を部屋の真ん中に置き、大きく息を吐いて体を伸ばす。


 部屋はベッドが二つほど置ける程度の広さだが、埃以外には何も置かれていない。全ての窓に板が貼られ、塞がっているため、ひどく薄暗い。一つしかない入り口からの光を受けて、部屋の中は不気味な陰影を作っていた。


 灰堂から聞いた話では、この屋敷では度々、奇妙な現象が目撃されているそうだった。人魂のような光が見えたり、謎の音が聞こえるという事もあるらしい。そしてついに、屋敷に入った三人のうち、二人が姿を消したのだという。ただ一人残った者が通報し、アイに話が持ち込まれたというわけだった。


 果たしてここに何があるのか。建物の不気味な雰囲気もあいまって、何が起きても不思議ではなさそうだ。


「大ちゃん」


 声に振り向くと、ちょうど綾が部屋に入って来るところだった。綾は部屋の中に入り、置かれた機材をちらりと眺めた。


「手伝う事はないみたいね」

「ありがとう。でも大丈夫。もう終わったよ」

「そう。機材の設置が終わったら、みんな一旦外に出てほしいって、調査員の方が言ってたわ」

「了解」


 これから機材を使って検証が行われる。果たして調査の結果何が出てくるのか、大は少しわくわくしていた。

 不意に、扉がばたりと閉じられて、室内が一気に暗黒に閉ざされた。


「おっと」

「大ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。俺が開けるから、動かないでよ」


 先程まで目に映っていた光景を思い出しつつ、大はゆっくりと歩を進めた。

 手探りで扉のノブを見つけ、ふと大は気になった。突然扉が閉じられたが、さっき風は吹いてなかったはずだ。誰かがわざと閉じたような気配もなかった。


 背筋にぴりぴりと、何か妙な感覚があった。生命の危険とまではいかないが、何か異変が起きているような。


「大ちゃん……」


 背後からの綾の声も、大と同じものを感じているようで、どこか不安げだった。


(閉じたドアを開けるだけだろ)


 そう思い、心を決めてドアノブを回し、押し開く。

 外の光が入り込み、室内を照らす。光に顔をしかめた大の視界に、先程と全く光景が広がっていた。


 そこは、先ほどまでいたはずの屋敷とは、全く別の屋敷だった。間取りはよく似ているが、寂れた内装は一変し、丁寧に掃除されて埃一つない。積まれていた様々な機材は影も形もなく、高価そうな調度品が並んでいる。


 大は扉を開け、ホールにその先の玄関ホールには、二人の男女が不安そうに立ち並んでいた。そしてそれに相対し、玄関を塞ぐように立つ、ポニーテールの女がいた。


「どこ、ここ……?」


 困惑の表情を見せながら、綾が大の後を追って部屋の外に出た。二人の姿に気付いて、ポニーテールの女が顔を向けた。


「ああ、またお二人来られたのですね。どうぞこちらへ。お話があります」


 女は手を伸ばし、二人を招き入れる。まるで狐につままれたような気分で、二人はホールの中央にまで足を進めた。


「途中で入ってこられた方もいますので、もう一度ご説明します。まず自己紹介を。私の名前は九段真尋といいます」


 よろしく、と軽く頭を下げ、ポニーテールの女──真尋は取り直すように軽く咳払いした。


「そして、この村の名前は葛垣村。この村には呪いがかけられています。皆さんは子作りをしない限り、この村から出る事はできません」


 真尋があっさりと言い放った言葉は、大と綾を更に混乱させた。

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