エピローグ
『──次のニュースです。今月〇日、葦原市競技場で起きたテロ事件について、警察と超人管理機関「アイ」は現在も捜査を続けています。人間を洗脳、操作する能力を持った超人が事件に関わっていたとして、「アイ」の広報官は、洗脳を受けた者が他にもいないか、引き続き捜査を続けたいと語っています』
『──今月×日、葦原市立美術博物館から盗まれた美術品が、本日、タイタナス国立博物館に返還されました。博物館館長は「美術品を取り返す為に、ティターニアと彼女の弟子が協力したと聞いている。偉大なる巨神の子達に、感謝の意を伝えたい」と語りました』
テレビから流れるニュースに、大は小物入れを漁る手を止めた。自分が関わった事件が次々とニュースキャスターの口から語られるのは、何とも言い表せない妙な気分だ。
リビングルームに繋がる廊下の奥から、ドライヤーを使う音が聞こえた。綾が風呂から上がったのだろう。こうして綾と落ち着いた生活をしていると、この間の戦いが嘘のようだ。
リビングに置かれたテレビの画面が、ニュースから天気予報に切り替わった。大は画面から目を離し、部屋の隅で探しものを再開した。手を動かすだけで体中が悲鳴を上げる。ラージャル達との戦いでついた傷は大体癒えたが、未だに痛みが走った。
ラージャル達との戦いから、数日が経っていた。大達に手伝える範囲の事後処理は全て終わり、大達は皆、元の生活に戻っていた。
ライブ会場での戦いの後、那々美の力によって、その場にいたラージャルと彼の兵隊の魂は消滅した。幸太郎を始めとした、転生の器として利用された人々は病院に送られたが、特に体に異常のある者はいないそうだった。
「コウを助けられて良かったよ。お前らがいなかったら、今頃どうなってたかわかんねえ」
一輝は嬉しそうに言っていた。幸太郎はラージャルの影響を受けているか、当分は『アイ』で監視される事になるだろう。一輝のような親友がいる限り、彼はきっと大丈夫だ。
那々美は降霊会を解散し、守護霊を降ろすのを完全に止めるそうだった。悪いのはラージャルとはいえ、自分の降霊がその引き金となった事に、那々美は酷く心を痛めていた。会の参加者は色々と騒いでいるようだ。しかし那々美の決意は固かったようで、既に公式サイトなども消えていた。
(今度凛達と一緒に、遊びにでも誘うか)
大はそんな事を考えていた。辛い記憶を引きずるよりは、無理にでも楽しい事をした方がいい。
探していた耳かきを見つけて、大はリビングのソファに戻った。リモコンを手にして、テレビのチャンネルを切り替えていると、パジャマ姿の綾が姿を現した。
「大ちゃん。何か面白い番組やってる?」
「何も。ニュースくらいしか見るものないよ」
そう、と答えて、綾はキッチンに向かった。冷蔵庫から買い置きの炭酸水を取り出して、一気に飲み干していく。
大は結局ニュース番組にチャンネルを合わせて、耳かきを再開した。
「いて……!」
思わず顔をしかめる。腕を持ち上げようとすると、ラージャルにつけられた肩の傷が疼いた。
「どうしたの?」
綾が炭酸水のペットボトルを片手に、隣に立っていた。
「傷が痛むの? 耳かきなら、やってあげようか?」
「え、いいの?」
「気にしないの。別に大した事じゃないでしょ」
綾が作った膝枕に、大は寝転がって頭を載せた。綾は細く長い指で大の頭を軽く抑えつつ、大の耳を優しいタッチでかいていく。ボディソープの爽やかな匂いがした。
「ねえ、大ちゃん」
「ん?」
「大ちゃん、今の生活、辛かったりしない?」
言葉の意味が分からず、大は怪訝な顔を見せた。綾が続けて口を開く。
「なんとなく、ね。大ちゃんがヒーローになって、誰かの為に力を使おうと決意してくれたのは、嬉しい事よ。でもそのせいで、大ちゃんも傷ついてるでしょ? 私は大ちゃんを苦しめる為に、大ちゃんをヒーローにしたいわけじゃない。もしヒーローとして活動するのが辛いならって、ふと思っちゃって」
綾の言葉は優しかった。大を心から想って発せられているのが、その口調からも感じられた。
「ありがとう。でも大丈夫だよ」
綾の手が止まった。続く言葉を聞き漏らすまいとするように、大を真っすぐ見下ろしている。
「正直今も体は痛いし、色々大変だったし、すごい疲れてる。でも、今の生活は、すごい充実してるよ。綾さんのおかげでさ」
「大ちゃん……」
「綾さんがいなかったら、今の力があっても、俺はヒーローなんてやろうと思わなかった。だから感謝してる。今の俺がいるのは、綾さんのおかげだから」
「うん。ありがとう」
また綾の耳かきが始まり、大は目をつむった。今はこの穏やかな時間に、体を預けていたい。
夜の町が、二人の為にと世界の音量を下げたようだった。外の音は何もない。ニュースの音声も耳に入らなかった。やけに大きく聞こえてくる綾の吐息と、柔らかい綾の太腿の感触にうっとりしながら、大は至福のひと時を味わっていた。
「辛かったら、いつでも辞めていいんだからね」
「うん」
「辛い思いをしてまで、続ける事じゃないわ」
「うん」
「私は大ちゃんが、世の中を良くするために、その力を使ってほしい。それだけを願ってる」
「うん……」
やがて、綾が大の頭から手を離した。
「さ、今度は反対側。回って回って」
「え? あ、こっち?」
綾の指示に従って、大はその場で寝返りをうつように体を回転させた。テレビの側に向いていた視界が、当然綾の腹に向かう。
「ちょ、ちょっと」
「大ちゃん、動かないの」
綾に頭を固定されて、大は動けずにされるがままとなった。
綾の体に鼻が近づいた事で、ボディソープの香りがさらに強まる。パジャマの裾近くのボタンが留められておらず、隙間から綾の美しい腹筋とへそが見えた。
「綾さん……」
「なに?」
「綾さんって、戦ってない時は意外と無防備だよね」
「え? あ、やだちょっと」
綾が戸惑う間に、大は綾の腰にするりと手を伸ばし、抱きしめる。
綾が耳かきを中断し、手を離した。いやいやと口では言いながらも、大のアプローチにされるがままになる。
二人の世界を邪魔する者は、誰もいなかった。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
書きたいと思っていた所までは書き切りましたので、一旦完結とします。
他にもいくつか書きたいネタ、考えているネタはあるのですが、次はどうするかは今のところ未定です。
本作の続きを書く場合は、完結を解除して続きに投稿するかと思いますので、その時は読んでいただけると幸いです。




