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24.暗転

『あれ? アヤじゃないですか』


 突然声がして、大は弾かれたように前方を向いた。ここでいきなり綾の名前が呼ばれるとは思いもしなかったのだ。しかもタイタナス語を使っている。

 料理の置かれているテーブルの方から、小柄な丸顔の女性が手を振りながら近づいてきた。顔の作りから見てタイタナス人だと気付いた。

 綾もここで会うとは思っていなかった相手らしく、目を丸くした。


『エイレーナ?』

『また会った。奇遇ですねえ。職場じゃ真面目なイメージですけど、こんなところにも来るんですね』


 エイレーナと呼ばれた女性がタイタナス語で綾に話しかけた。やはり綾の同僚だったらしい。

 エイレーナと大達、双方を知っている綾が紹介を始めた。


「あ、この人はエイレーナ。私の職場の同僚なの。エイレーナ、この子達はこの間話した友人の子と、その友達でね。降霊会はこの子達に誘われて来たの」

「ハジメマーシテ! エイレーナです。よろシク」


 エイレーナが日本語で挨拶する。綾程ではないが日本語が話せるらしいが、かなりアクセントが独特だ。

 互いに挨拶が終わると、綾はエイレーナに詳細を聞き始めた。


『あなたこそ、何故こんなところに来てるの?』

『実は彼と一緒に来てるんです。彼がこういうオカルト関係の話が好きで、ナナミ・ヒダカは特に最近のマイブームみたいなんですよね』

 

 エイレーナはぐるりとテーブルについている大達を見回して、

『それで、アヤと同棲してる男の子ってどっちなんです?』

 大の胸にぐさりと刺さる言葉を口にした。

 綾もあわて顔になり、


『エイレーナ、ちょっとその話は』

『えー? でもやっぱり気になりますよ。アヤと一緒に暮らしてる学生ってどんな子なのか。こっちの野性的な子はちょっとアヤの好みじゃなさそうだし、やっぱりこっちの大人しそうな子です? アヤって母性本能強そうなとこありますし。お願いされると弱いタイプですよね、色んな意味で』


 大を指さしてエイレーナはケラケラと笑った。タイタナス語が分からない一輝と凛は何が起きているのか困惑しているようだが、大としては冷や汗ものだ。

 綾は周囲に騒ぎを伝えないように、必死に抑えながら話しかける。


『エイレーナ、あまり人聞きの悪い事を言わないでと話したでしょう』

『分かってますよ。でも別にいいでしょう? みんなタイタナス語なんて分からないでしょ』

『分かるの、この子』


 ぼそり、と綾は指差しながらつぶやいた。綾が指さす先にエイレーナが顔を向けて、大に視線を合わせた。

 エイレーナの顔が硬直した。


『えっと……どうも、綾さんとルームシェアさせてもらってます。国津大です』

 何故か申し訳なく思いながら大がタイタナス語で返すと、エイレーナの顔が引きつり、硬直が全身に及んだ。


『あ、ああ……そう。うん、よろしく。タイタナス語話せるんだ。お上手ね』

『まあ、練習しましたんで。結構長い事』

『へえ……す、すごいね。それじゃ、私この辺で失礼します。それじゃ』


 そそくさと場を離れていくエイレーナを見送って、綾は大きく溜息をついた。どっと疲れが出た、といった感じで、両手で軽く顔を覆う。

「ごめんね、大ちゃん。変な話聞かせちゃって」

「いや、別に気にしないでよ。俺も普段が普段だし、色々言われてもしょうがないとこあると思うし」

「なあ、さっきあの人と何話してたんだよ?」

「聞かないでくれよ、頼むから」


 尋ねる一輝に大は投げやりに返した。知らない間に大と綾の同居はかなり知れ渡っているらしい。迷惑をかけないようにしないと、と密かに考える大だった。

 とりあえず気持ちを切り替えたくて、大はテーブルに箸と皿を置いて立ち上がった。大の動きに綾は反応して、


「大ちゃん? どうかした?」

「ちょっと、那々美にあいさつしてこようと思って。ラージャルを見つけてくれた件についても俺を言っていなかったし」

「ななみ、って、ずいぶん仲良くなったのね」

「それなりにね。那々美の降霊術が本物かどうかは置いといて、あいつはいい奴だよ」


 大はさらりと口にした。少なくとも那々美は、金儲けが目当ての怪しい芸能人まがいの連中とは違う。そう大は感じていた。

「そんじゃ、俺もちょっと席外すわ。巫女さんが来るまで暇そうだしよ。カメラはまわしといてくれな」


 一輝も皿を置いて立ち上がった。トイレだろうか、足早に出入り口へと向かう。大も一輝に続いて外を出た。


─────


 トイレで用を終えて、一輝は洗面台で手を洗っていた。石鹸もつけずさっと洗い、備え付けのエアタオルで手を乾かす。幸太郎は育ちが良くて、いつもしっかり洗っていたなと、ふと思い出した。

 幸太郎が頼むので会に来てみたはいいものの、やはり参加者たちの空気にはなじめない。


 確かに日高那々美はある種の超人であり、なにがしかの力を持っている。それを認める事は、一輝もやぶさかではない。しかし、それを以て彼女を崇める気にも、幸太郎のように心酔する気にもなれなかった。

 超人は既に世に現れ、現代もその数を増加させている。かつてのヒーロー達の活躍によって超人達は基本的に世間に受け入れられ、理解もされている世の中だ。そういう奴もいるのだろう、くらいに一輝は納得していた。


 実際に霊を降ろしてもらった経験の有無の差なのだろうか。霊を降ろしてもらえば、幸太郎の気持ちが理解できるのかもしれない。


(まぁ、この降霊会が怪しいのは変わらねえけどよ)

 一輝は廊下に出た。またあの部屋に戻るにしても当分は暇だな、と考えていたところで、一輝は妙な影に気付いた。


 会場の出入り口の奥にある階段を、一人の男が上がってきたところだった。ライトブルーのサマージャケットを羽織り、野球帽で顔を隠している。小ぶりなリュックサックを担ぎ、肩で息をしながら一歩一歩ゆっくりと歩く姿は、見ていて酷く辛そうだった。

 ちらりと見えた顔に、一輝の頭に思わず血が上った。

「あいつ……!」


 いらだち大股に近づいていく一輝に、男が気付いた。慌てて逃げようと反対側の廊下に向かって歩き出す。しかし、歩くのも大変そうな男と一輝とでは、速度が段違いだ。

 気持ちを抑えながら、一輝はできるだけ控え目に男の肩を掴んだ。


「痛ッ! いた、痛いよいっちゃん!」

「悪い。でもしょうがねえだろ。何やってんだよコウ」


 肩を掴んだまま回り込み、一輝は男の正面に回る。一輝の鋭い視線に、幸太郎はバツが悪そうに愛想笑いを浮かべた。


「あはは……見つかっちゃったね」

「あのなあ……!」


 一輝は呆れてものが言えなかった。先日あれ程言い聞かせ、頼みまで聞いたのに黙って来ようとするとは。

「お前、あれだけ寝てろって言ったろ。こんなとこで何やってんだよ!」

「だって、那々美様の降霊がすごいって聞いたから。やっぱり諦めきれなくってさ」

「馬鹿野郎……!」


 一輝は怒りを吐き出しながら、幸太郎の右手首をつかんだ。痛みに顔をゆがめる幸太郎に悪いと思いつつもジャケットの袖をまくる。腕には真っ白な包帯が手首から肘まで覆うように巻かれている。


「見ろよ。この怪我をした理由は、お前の言う降霊で化け物の霊を降ろされたからなんだぞ。あの巫女さんは確かに本物で善人なのかもしれねーけど、その霊を降ろすって事が本当にいい事だけなのか? お前の体に悪い影響をもたらすかもって考えねえのか?」

「でも……」

「お前が心配なんだよ。このままだとお前が変な方に突き進んじまいそうで。そんなとこ見たくないんだよ」


 幸太郎の体から、抵抗する力が抜けていく。気持ちが伝わったかと一輝も手を離した。


「病院に戻ろうぜ。どんな内容だったかは後でちゃんと教えてやるからよ」

 一輝が肩を貸そうとしたところで、突然幸太郎の両手が一輝を突き飛ばした。

 不意打ちに反応しきれずに、一輝は尻餅をつく。それを見下ろしながら、幸太郎は少し悲し気に笑った。


「いっちゃんは優しいね。でも駄目なんだ。那々美様に霊を降ろしてもらった時の事も、ジャグー・バンになった時の気分も、忘れられないんだよ」


 何故ジャグーの事を知っているのか。そう思った時には、幸太郎は背負っていたリュックの中に手を突っ込む。そこから出てきた白い仮面に、一輝は息を呑んだ。


「お前、それ……」

「今朝、赤い髪の女の人が届けてくれたよ。今まで以上の快感を味わいたいなら、これを持ってここに来いってね」


 アイオーナだ。一輝の脳裏に、あの妖樹の魔女の姿が浮かんだ。


「よせ、コウ。あいつはお前が思ってるような親切さんじゃねーぞ! 絶対良くない事が起きる、信じてくれよ!」

「いっちゃんの事ならいつでも信じてるよ。でも我慢できない。俺はもっと先が見たいんだ。降霊の先が」


 幸太郎はゆっくりと手を持ちあげて、その端正な顔を仮面で覆った。 

 手を離しても仮面はまるで顔に吸い付いたように微動だにせず、次第に仮面が青白く光り出していく。

「くそ! やめろ!」


 一輝は立ち上がり、幸太郎に駆け寄った。幸太郎の仮面をひっぺがそうと手を伸ばす。だがそれは空を切り、逆に幸太郎の左腕が一輝の首を掴んだ。


「がっ……!」


 喉を潰されるような圧迫感と呼吸を封じられた苦しさに、一輝が声にならない声を上げる。引き離そうと両手を指にかけるが、まるで鉄の塊のようだ。一輝が必死に力を込めても、指一本動かす事はできなかった。


「この者の体は、ジャグーを転生させた時から気になっていた」

 仮面の奥から声がした。だがそれは幸太郎とはまるで別人の、低く傲慢な声だった。


「だが実際にこの身を降ろしてみると、これほどにしっくりとなじむとは思わなかったぞ。これを知っていれば、今日を待たずにこの身だけでも奪っておいたものを」


 幸太郎は手を伸ばすと、一輝の体をつま先立ちになるように釣り上げた。苦痛を与えながら失神もさせず、殺しもしない絶妙の位置で一輝を固定する。

 朦朧とする意識の中で、一輝は見た。自分よりも十センチほど低かったはずの幸太郎の体が、次第に一輝が見上げないといけないほどに背が伸びていく。四肢が鋼線を束ねたような強い筋肉へと変わっていく。全身を赤と黒で彩られた戦装束が包んでいく。顔の骨格が変わり、瞳の色が邪悪に染まる。


「喜べ、若者よ。お前の友は余の新たな肉体として申し分ない肉体であったぞ」

「ラー……ジャル……!」

「そうだ。そしてお前も変わる」


 ラージャルは一輝を片手で持ちあげたまま、右の掌を一輝の顔に軽く押し付ける。


「余の為に、より優れた者の転生する器となるがいい」


 必死に抵抗しようと手足を動かすが、無駄な努力だった。青白い光がラージャルの掌から発せられ、一輝の顔を覆うように白い仮面が形作られていく。

 そして仮面が完成した時、一輝の全てが途切れた。

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