23.幸太郎からの依頼
大達がラージャルと遭遇して三日が経った。
世間では特に大きな事件も起こらず、大達もとりあえずは学生生活に戻っていた。警察の捜査はどれほど進んでいるか、特にニュースにも上がらず分からない。だが灰堂から連絡もないところから、恐らくは大きな進展がないようだった。
こうなると大にはそれほどできる事がない。ラージャルが仮面による転生の儀式を行っていないか、幾度か独自に調べてはみている。
那々美に教えられた他のポイントをしらみつぶしに漁ってみたり、何か噂を聞いていないか周囲に聞きこんでみたり。しかし、成果は芳しくなかった。
歯がゆい思いをしながら大学に通う大達だったが、今日は少し違っていた。
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大達は病室の扉を開けた。四つ並んだベッドの右奥に、目当ての人物がいた。
窓から入ってくる夕陽の光に、ベッドが朱に染まっている。幸太郎は微笑んだ。
「コウ。調子どうだ?」
一輝が笑顔で挨拶する。両手に抱えた果物と菓子の山を脇の台に置くと、幸太郎は微笑んだ。
「ありがと、いっちゃん。やっぱり持つべきは友達だね」
「気にすんなって。俺が来たいから来てるんだ。体、もういいのか?」
「うん、痛みはあるけど、だいぶ良くなったよ」
そうか、と応えて一輝の顔がさらにほころぶ。その後ろで、大と凛は二人をほほえましく見ていた。
ジャグー・バンへと変身したところを大に止められて以降、幸太郎は市立病院に入院していた。幸太郎はすぐにでも退院しようとしていたが、実家から駆け付けた両親に反対されたのだという。
「大学なんかどうでもいい、完治するまで休め。お前は体が弱いんだから」
そう両親が泣いたり怒鳴ったりで大騒ぎしていたと、その場面に出くわした一輝が語っていた。実際怪我の具合は深く、骨にいくつかひびが入っていたそうだ。
それから幸太郎は何日か大学を休んでいたが、やっと退院の目途が立ちそうだと、今日一輝に連絡が入ったのだ。
連絡を受けた一輝は酷く嬉しそうで、昼からの講義を放り出して会いに行こうとしていた。さすがにそれはまずいと大と凛は一輝を説得し、結局講義が終わってから三人で見舞いに向かったのだった。
幸太郎が身にまとっている薄い青の病身衣の隙間から、体に巻かれた包帯が見え隠れしている。よくなったとは言うが、まだまだ完治には程遠いようだ。
果たしてあの傷のうち、どれが自分がつけたもので、どれがジャグーの変身の副作用なのか。大は思わず考えずにいられなかった。
左から軽く小突かれて、大は我に返った。軽く見やると、凛が隣から肘で小突いたらしかった。
凛は気にするな、とも、そんな顔するな、とも言いたげに軽く笑みを浮かべた。どうやら考えている事が顔に出ていたようだった。
凛は大から目をそらすと幸太郎に話しかける。
「それで、秋山君はいつから大学来れるの?」
「週明けには動けるから、それから行くよ。それに、土曜には那々美様の降霊会があるんだ。そっちも行かなきゃ」
三人は同時に目をむいた。幸太郎はその反応が予想外だったようで、
「ど、どうしたのさ、みんな。何かおかしい?」
「いや、コウ。降霊会ってお前、今はいいだろ。休んどけよ」
「大丈夫だよ。すぐ動けるようになるから」
幸太郎は笑って返すが、一輝は気に入らないようだった。
一輝の気持ちを考えれば当然である。今回幸太郎が怪我を負ったのは、元はといえば降霊会に参加した事が始まりだ。
「降霊会ならこないだやったろ」
「言ったじゃない、いつものだと効果はすぐ切れちゃうんだ。今度のは大勢が集まって、那々美様がもっと強い霊をみんなに降ろすらしいんだよ。行かなきゃって思うだろ?」
体を動かすどころか、話をするだけでも時折苦しそうに顔をゆがめるというのに、幸太郎は痛みも忘れて降霊会の事を嬉しそうに話していく。
何かに取り付かれた者の目は、それを見る者に恐怖を与える。それは霊だろうと魔物だろうと、狂信だろうと変わりはない。幸太郎の目は、それに半歩踏み込んでいるように見えた。
「大丈夫だって。別に何も悪い事なんて起きないよ」
「駄目なんだよ。お前が化け物になったのと同じで、今とんでもない事件が起きてるんだ。あの巫女さんに近寄ったら危険なんだ」
「危険って、なんでいっちゃんがそんな事知ってるのさ?」
「いやそれは……とにかく、とにかく駄目だ。な?」
一輝は口ごもった。ここにいる大と凛の二人がヒーローで、この間事件の黒幕と直接対決してきたからだ、とはさすがに言えない。とにかく幸太郎を落ち着かせるように声のトーンを落として話しかける。
「頼むよ、コウ。今はとりあえず落ち着いてくれよ。説明はできないんだけど、今はあの巫女さんの周りは危ないんだ。だから今回は止めてくれ。な?」
「うん……」
一輝の説得に何かを感じたか、幸太郎も渋々と言った感じで矛を収めた。いつもはどこか粗野な面をよく見せている一輝とは思えない丁寧さに、大は一輝の幸太郎との友情の深さを見た気がした。
これでひとまず安心、と大が思ったところで、幸太郎は何かを思いついたように目を輝かせた。
「じゃあさ、いっちゃん。俺はちゃんと大人しくしてるから、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
幸太郎の言う頼みの内容を聞いた時、一輝は心底嫌そうな声を出した。
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週末に行われた大降霊会は、立食パーティの形で行われた。
葦原市駅前にあるホテルの大広間を貸し切りにした会場の中には百人は下らない人々が集まって談笑し、出された料理を味わっている。
「ずいぶん儲かってみるみたいだな」
大は少し感心しながら言った。手に持ったパンフレットには『偉大な巫女、日高那々美様により人生を変える事ができた同士で集い、互いに親睦を深める』のが目的と書かれている。
飛び入りでの参加が許されるのだから大した規模ではないだろうと思っていたのだが、大達が参加できたのはかなり運が良かったらしかった。
テーブルから取ってきたフライドチキンをぱくつきながら、凛が口を開いた。
「こういっちゃなんだけど、リアルにご利益があるっていうのは大きいよね。そりゃお金もたくさん払いたくなる人もいるでしょ。ボクももうちょい魔法でお金を儲ける方法を考えようかな」
「やめておきなさい。あんまり若いうちから変なお金の稼ぎ方を覚えると、後の人生辛くなるわよ」
たしなめる綾に、凛も苦笑いしながら頭を下げた。
今日大達がこの降霊会という名のパーティに参加する事になったのは、先日見舞いに行った際に幸太郎が一輝に、この降霊会という名のパーティの様子を撮影してきてほしいと頼んだためだ。
「あいつ、俺が録画してきてくれなきゃ一人で降霊会に行くって言うんだよ。あいつの頼みは聞いてやりたいけど、俺一人でそんなんやるとか恥ずかしすぎるだろ? 頼むよ」
必死に頼む一輝に根負けし、大と凛は参加する事になり、さらには綾も興味を示した。
もっとも、大としては会に参加するのはやぶさかではなかった。ラージャルが日高那々美を狙っているという話もあったし、会に参加すれば何か気付く事があるかもしれないと考えたのだ。ひょっとしたらラージャル一味と会う事になるかもしれない、と若干の期待もあった。流石にこれは偶然に期待しすぎではあるが。
「しかしよ、ここで待ってるのもヒマだな。巫女さんまだ出てこねーのかな」
一輝も凛と同じく、取ってきた料理に手をつけながら言った。テーブルにはハンディサイズのビデオカメラが置かれている。会場の様子を録画する為だ。
一輝の姿が大は妙にほほえましかった。文句は言うものの期待に応えようとするあたりに、一輝と幸太郎の仲の良さが感じられる。おそらくずっと昔から、二人はこうやって友人として付き合ってきたのだろう。
とりあえず、当分はパーティが続くようだった。進行としてはまず昼食を兼ねた参加者同士の懇親会、その後に那々美による大規模な降霊が行われるらしい。
「しかし、俺達完全に場違いだな」
大はぼやいた。大達が降霊にさほど興味を持っていないのが分かるのか、部屋の隅にあるテーブルを囲んで食事をとる大達に、あまり人は近寄ってこない。それどころか大が料理を取りに行くと、あからさまに敵意をむき出しにする人すらいた。
「いやいや、大の場合は別の問題じゃん? 降霊会で日高さんを気絶させちゃったしさァ。そういう噂って広まるの早いよね」
凛のからかいに大は口をへの字にして、
「わざとやったんじゃないよ」
「それは分かってるけどね。こればっかりはしょうがないよ。そのうちみんな忘れてくれるんじゃない?」
うーん、とうなりながら、大は話を切り替えようと周囲を眺めた。
広間の中にいる人々が互いに那々美の降霊によるご利益を語り合っているのが聞こえてくる。皆が大声で話すので、特に耳を澄ます必要もない程だ。
私は那々美様のおかげで体が、私は人と話すのが苦でなくなりまして、いやいや私などは、などなど。那々美と組んでいる人間の思惑はともかく、那々美の力が人々に幸福を与えているのは間違いないようだった。
その力をラージャルが狙っている。既にその話はアイから那々美にも伝わっているはずだ。果たして那々美はその事をどう思っているのだろう。
大は彼女の事が気になってきていた。




