22.管理官 灰堂武流
ラージャルが消えた後、大達が倒した仮面の男達は皆病院送りとなった。綾が連絡した警察と救急車はすぐに駆け付け、大達はまたしても警察に事情聴取を受ける事となった。先日の幸太郎の時と同様に、若干話を合わせて伝える事になった。
市内の若者が深夜に集まり、仮面をつけて金品を賭けたストリート・ファイトを行っているという噂を大達が耳にした。先日の幸太郎の事件に関係があるのではないかと考えて調べてみたところ、本当にいた男達に見つかってしまった。
必死に逃げる大達の前にミカヅチとレディ・クロウが現れ、男達を撃退した。しかし彼らを指揮していた超人達については逃げられてしまった、といった内容になっている。
今夜起きた事件について、真相を知っている者は限られていた。
「それで? お前達はまた妙な事件に首を突っ込んでいるのか」
真相を知る限られた者の一人、灰堂武流は、呆れたように大達を半眼で睨んだ。
「あまり無茶をするな」
「別に……俺はそんな無茶をやってるつもりはありませんけど」
「ボクも。自分にできる範囲で色々やってたら、大当たりを引いちゃったっていうか」
「お、俺もっス」
パイプ椅子を並べて座っている大と凛、そして緊張気味の一輝の言葉に、テーブルの向かいにいる灰堂が眉を寄せる。その姿を、灰堂の隣に座った綾がほほえましそうに眺めていた。
葦原市西警察署で担当刑事による事情聴取を受けた後、大達は超人管理機関『アイ』への事件報告を行う事となった。超人に関するプライバシーの保護の為に、警察とは別口で事件の報告を行う事になる。大達は署の一室を借りて、『アイ』から派遣された灰堂と面談する事となった。
現在の日本では、超人が事件に関わっている場合には『アイ』に報告、連絡を行う事が一般的だ。超人の管理・保護を目的とする『アイ』としては、超人が絡む事件はいち早く情報を掴み、内容を把握して大事件に発生する事を防ぎたいという考えがある。警察としても超人に関する情報をアイがほぼ独占的に保管している為、捜査に有益な情報を得る為には『アイ』を通す必要がある。互いの益の為、連携を取る事はよくある事だった。
灰堂もその管理官の一人として仕事をしており、テレビにもよく顔を出している有名人だ。かつては綾と共にヒーロー活動をしていた事もある。今回の事件で警察との事情聴取を行った際に、綾が灰堂に連絡を取ったのだった。
事件の担当である中年刑事は、灰堂の名が出た時は綾達を酷く胡散臭そうに見た。しかし本当に綾が灰堂と知り合いだと知るとすぐに態度が一変し、羨望と興味に目を輝かせるようになった。終いには「娘の為にサインをもらうよう頼んでくれないか」とまで言いだして、隣で聞いていた凛などは笑いをこらえるのに必死になっていた。
灰堂はやれやれ、と言いたげに軽く溜息をついた。
「ま、俺もあんまり人の事を言えた義理じゃあないが、ヒーロー活動はほどほどにな。社会奉仕の精神は結構な事だが、その為に首を突っ込みすぎて、二次被害が出るのは誰も望んでない。活動のしすぎでヒーローの人生が壊れるのも本末転倒だ」
「分かってますよ。まず自分の手の届く範囲から、自分一人で背負い込まない、でしょ」
「よろしい」
世間話を交えながら、大は事情を説明していく。そうしていると、隣で一輝がそわそわと落ち着きなさそうにしているのが目に入った。
聴取の相手が大から凛に映ったところで、大は一輝に小声で話しかけた。
「なあ、どうしたんだよ、一体」
「いや、だってよ? あの灰堂武流だぜ? グレイフェザー。日本で一番有名なヒーロー。何でそんな落ち着いてるんだよ」
「そういわれてもな。俺が小学生の頃から顔なじみだし」
灰堂や綾達が超人となり、ヒーローとしてチームを組んで活動していたのはもう十年以上も前の事だ。当時高校生だったティターニア達に、大は何度も助けられたし、妙な縁で学生としての灰堂達とも知り合いになっていた。もっとも、灰堂がグレイフェザーだと知ったのはそれから何年も経った後、灰堂が世間に正体を明かしてからだ。さらに言えば綾がティターニアだったと知ったのは今年に入ってからである。
その為、灰堂がどれだけテレビに《アイ》の管理官として顔を出して世間で名が知られても、大としてはどうしても、気のいい兄貴分の灰堂武流として見てしまうのだった。
しかし、一輝はどうもそれでは納得いかない様子で、
、
「羨ましすぎるんだけど。もっと早く教えてくれよ」
「知り合いが有名人だからって、自慢にならないだろ。大体あの人、テレビに出てる時と違って、普段はただの機械いじりが好きなあんちゃんだぞ」
「そこ。話をまとめたいんだが、雑談はもう終わらせてもらえるか?」
灰堂に半眼でにらまれて、二人は背筋を正して向き直った。
「話は大体分かった。その大昔のタイタナスの王、ラージャルを名乗る男が……本物かどうかは知らんが、現代の日本に現れて、自分の配下を増やしているというわけだな」
「少なくとも、先日の博物館に現れたドマとラクタリオン、秋山君が変身したジャグー・バン、そして今夜のアイオーナとキリク。以上が大ちゃん達によって確認されているわ。それも皆超人としてね。どの名前も一流、錚々たる面子よ。これだけいたら大作映画が作れるわ」
綾の話に付け足すように、大は続けて口を開いた。
「今夜会った時のラージャルの口調から考えて、あいつはこの時代に蘇ってから、色々人の体を乗っ取って回ってるみたいです。強い優れた体を探して、部下や自分の魂をその体に移して、その人を乗っ取ってると。それをあいつは、転生と呼んでいました」
「転生、ね。じゃあ次は天草四郎あたりかな。それとも宮本武蔵か?」
「天草って……なんでそんな名前が?」
いきなり出てきた場違いな言葉に、大達学生組が困惑の顔を作った。灰堂は信じられないと言った表情で、
「ほら、あれだよ。映画にもなっただろう。柳生十兵衛が、蘇った宮本武蔵とか、天草四郎と戦う……」
「……」
「……まあいい。忘れてくれ」
ジェネレーションギャップを感じたか、灰堂は苦い顔をしながら話を戻しにかかった。
「ラージャルが本人かどうか、確かめようもない事はこの際おいておこう。問題は、彼が何をするつもりかだ」
「黄金の仮面を奪って、廃工場でストリートファイトのオーナー。自称王様のやる事にしては、スケールが小さいわね」
綾が率直な感想を口にする。さらに他の人が話す前に、ずっと考えていた事を大は口にした。
「多分、何か大きい事を起こす為に、準備を進めてるんだと思う」
綾が大を見て疑問の表情を見せた。
「準備? どういう事?」
「さっきの廃工場で、ラージャルはアイオーナと色々話してたけど、なんか計画がある素振りを見せてた。これから起こす大きな計画の為に、人を集めてるんだと思う」
「つってもよ、今日みたいなファイトクラブとか、コウみたいに降霊会の参加者狙いとか、あんなんで仲間を増やすんじゃ地道すぎるだろ。月に百人も集まるかどうか怪しいぞ」
一輝が口をはさんだ。言っている事はもっともだが、それに関しては大にも考えがあった。
「だから、日高那々美に目をつけたんだと思う」
「日高那々美って……確か大ちゃんが昨日会いに行った、降霊会の巫女の名前よね?」
綾が尋ねた。
「ラージャル達は、日高那々美に関して話してた。今あいつらが一番狙ってるのは、彼女なんだと思うんだ。霊を降ろすっていうお互いよく似た力に、ラージャルが目をつけてるんじゃないかな」
ラージャルと日高那々美、二人にはその力や現在起きている事件について、奇妙なつながりがあった。協力関係にあるのか、どちらかが利用しようとしているのか、それは分からない。だが、少なくともラージャルは、日高那々美に狙いをつけている。
「話を聞いた限りでは、これはかなり大事に発展しそうな問題だぞ。知らない内に別人と入れ替わり、しかも別人と証明する手段が現状存在しない人間が、テロリストの命令を受ける日を待っているわけだ。しかもその数は着実に増えていて、更に大きな事件を狙っていると思われる。事実なら対策を講じないといかん」
灰堂が考えをまとめようと、口元に拳を当てて黙考した。
知性と意志を感じさせる表情だった。細面の男前な風貌もあいまって、灰堂のこういう時の姿は本当に絵になる。『アイ』の上層部が、灰堂を広報として重宝がるのも無理はなかった。
「分かった。まずは警察に話して協力を要請してみよう。日高那々美にも詳しく事情を聴きたい。できれば警護をつけておきたいところだな」
「この事件を止めたいのは私も同じよ。ラージャルの黄金仮面はタイタナスの文化遺産だし、歴史的人物の名を語る男が他国で犯罪計画を練っているなんて冗談じゃないわ」
「ボクらも手伝いますよ? 何でも言ってください」
凛のアピールに、灰堂は軽く笑って返した。
「気持ちは嬉しいが、とりあえずこちらに任せてくれ。学生は学生らしくだ」
「えー?ここまで関わったのにほっとかれるなんてないですよォ」
「ラージャルを見つけた君たちは十分活躍したよ。あとは俺達の仕事だ。もっとも」
灰堂は綾と大の二人に、自分の考えを確かめるように視線を送り、
「今回の事件の根幹には、タイタナスが大きく関わっている。俺達が事件をどれだけ追っても、結局君達が先に事件の核心に迫る事になりそうだがな」
諦め気味にそう口にした。




