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15.日高那々美という女

 大が三階まで上がると、目の前の一室から声が廊下まで届いてきた。耳を傾けてみると、那々美と降霊について話しているようだった。前回と同じく、控室に参加者が集まっているらしい。だとしたら、那々美は近くの部屋で降霊を行う準備をしているはずだ。

 大は廊下を道なりに進んでいく。どうやって探したものかと考えていた時に、突き当たりの扉が開かれた。


 部屋から出てきた中年男性に、大は見覚えがあった。先日の降霊会で退屈な話をしていた、司会の万丈だ。

 万丈は廊下に出てから振り返り、部屋の中に向けて声をかける。


「それじゃ頼むぞ、那々美。今日も大勢集まってるからな。こないだみたいなクソガキの相手はしないで、しっかりやれよ?」

「はい」


 部屋の中から那々美の声が聞こえた。扉を閉めた万丈は両手をこすり合わせながら、愉快そうに小走りでこちらに向かってくる。ぶつからないように端に寄った大のそばを、万丈は品のないにやけ顔で通り過ぎていく。


「ひひっ、まったくほんと、世の中馬鹿ばっかりでありがたいね……。金ヅルが今日もたくさんだ、ひひっ」

「……」


 汚い声とその内容に無性に腹が立ち、背後からはり倒してやろうかという気持ちが頭をよぎる。待て待て、と大は自分に言い聞かせた。気に入らない奴をぶん殴って、犯罪者になりに来たわけではない。


『なに? 今のキモい声』


 通信機から凛が困惑したように尋ねた。


「なんでもない、気にするな」


 答えると同時に自分も気にしないように努めて、大は歩を進めた。先ほど万丈が出てきた部屋の前に立ち、ノックをしようとして大は手を止めた。


 おそらく、この部屋の中に那々美がいる。だがどういう風に話すべきか、大は今更ながらに悩みだした。来る時は警察沙汰にならないように、話をするだけのつもりだった。とは言うものの、果たして大の話をまともに取りあってくれるだろうか。そもそも会ってくれるだろうか。


「誰か、そこにいるんですか?」


 突然ドアの向こうから声を掛けられ、大は緊張に体を硬くした。

 相手からは姿どころか影すら見えないはずなのに。動揺に心を乱され、幻もかき消える。ドアの向こうから那々美の声がさらに続いた。


「ひょっとして……国津さんですか? 昨日降霊会にいらっしゃった方ですよね? 何か御用ですか?」


 心臓を握りしめられた気分になった。一言目がジャブなら、今度は急所にストレートを決められたようだ。大はろくに考える事もできずに、ドアの向こうに話しかけた。


「えと……そうです、国津です。昨日の、そう、昨日の。ちょっと、あなたに折り入って話があって。ちょっと話を聞いてもらいたくって、いやあの、あなたがよければでいいんですけど」

『バーカ、もうちょいシャキッと話しなよォ』


 凛のダメだしに心中文句を言いつつも、大は返答を待った。たっぷり五秒は待たされて、返答が来た。


「分かりました。あまり時間は取れませんけれど、お話だけなら。鍵は開いていますから、どうぞ入ってきてください」


 大は軽く息を吐き、ゆっくりと扉を開けた。小会議室程度の広さの部屋だ。中央に三人掛けの長机を固めて並べ、その上に衣装や化粧道具が乱雑に置かれている。その隣で、着替えの途中だったらしい那々美がパイプ椅子に座り、こちらを見ていた。


 那々美は昨日降霊会で見た時とは違い、化粧はしていなかった。服も大と同年代の学生が来ているような、カジュアルなワンピース姿だ。昨日の巫女服姿と比べると、五歳は若く見えた。


「あの、とりあえずそちらに座っては?」


 那々美は近くにあったパイプ椅子を手で示した。ドアの前で立ったまま硬直していた事に気付いて、大は少し赤くなりながら、空いているパイプ椅子に腰かけた。


「あの、さっきノックをする前から、俺がいる事を当てましたね。あれは一体どうやったんですか?」

「私は人の霊魂や守護霊を、物質を通り抜けて見る事ができるんです。国津さんの霊魂も守護霊も、すごく特徴的だったんで覚えていたんですよ」


「守護霊って、俺は降ろしてもらってませんけど」

「生まれながらに人は誰でも守護霊を持っています。私はそれを付け替えたり、増やしたりできるんです。昨日私が気絶してしまったのも、国津さんの守護霊が強すぎて、こちらまで影響を受けてしまったのかもしれませんね」


 大が授かった巨神(タイタン)の加護が、那々美には守護霊という形で見えているのかもしれない。そう大は連想した。理屈としては納得できるし、那々美が大の前で不思議な現象を起こしたのはこれで二度目だ。本当に彼女は何か特別な力を持っているのかもしれない。

 大は少しずつ、那々美の力を信じ始めている自分に気が付いた。


「昨日はすみません。俺のせいで、降霊会をぶち壊しにしちゃって」

「気になさらないでください。私の力が至らなかっただけですから。もしかして、今日はそれを言いに?」

「いや、実はもう一つお願いがあって……」


 大の言葉に、那々美は軽く首を傾げた。気持ちを落ち着かせて、大は聞きたかった事を訪ねようと口を開く。


「昨日、俺と一緒に降霊会に来た人がいたでしょう? 秋山っていう。あいつがあの後、いきなり暴れ出した後怪我をして、入院してしまって」

「秋山さんですか。聞いています。今朝警察の方と《アイ》の調査員だという方が来られて、いくつか質問をされていきました」


 さすがに警察はいい仕事をしている、と大は心中で唸った。《アイ》と連携を取り、大達から聞いた内容が真実か、確かめにきたのだろう。


「じゃあ警察の方から聞いているかもしれませんけど、秋山はここで配られた仮面を被って、おかしくなったみたいなんです。あの仮面は一体何なんですか?」

「わかりません。私も知らないんです」

「知らない?」


 想定していなかった言葉に、今度は大が首を傾げた。


「はい。降霊会に来た方に、私が作ったという仮面を渡していた人がいたのは調べて分かりましたが、私も万丈さんもそんな仮面は知らないんです。誰かが私に会いに来ていた人たちに、私からの贈り物として配っていたみたいで」


 言い訳だとしたら無理があるようにも思えたが、那々美の表情を見る限りでは、嘘ではないようだった。大はそのまま話を続けていく。


「実は、あの仮面についてちょっと心当たりがあって。この間博物館に展示されていた、外国の仮面があるんですが、それにデザインがよく似ているんです」

「外国? 歴史のあるものなんですか?」


「はい。ラージャルの黄金仮面、そう呼ばれています」

「黄金仮面……ラージャル……。以前にどこかで聞いた気がする名前ですね。どこだったか、いつだったかは思い出せないんですけど」


 那々美が神妙な面持ちで、その名を口にした。


「ここ最近、俺達の周りでそのラージャルという男の影が見え隠れしているんです。ラージャルが残した博物館の展示品を、ラージャルの配下を名乗る人間が強奪したり、今回の仮面騒ぎだったり。千年以上前に死んだはずの人間なのになんでこんな事になってるのか、俺にもよく分かりません。でもあなたなら、それを調べる事ができるかもしれないと思って」


「私が?」

「はい。あなたの力で、そのラージャルという男の魂がどこにあるのか、、何をしようとしているか、調べる事はできませんか」


 実に奇妙な質問だった。しかし、今の大達が置かれている状況自体が既に奇妙なのだ。これを解決するためには、おそらく『普通』では足りない。異常には異常で対応する事も必要だった。

 那々美はわずかに戸惑ったように見えた。だが大の真剣な顔に応じるように、姿勢を正して大の瞳を見つめ返した。


「ひとつ、お聞かせ願えますか。あなたはそのラージャルという方について、秋山さんを傷つけた方と関係があるとお考えなのですね」

「そうです」


「しかし、その秋山さんの事件は既に警察が調べている事です。あなたが何もしなくても、いずれ犯人にもたどり着くのではありませんか? それにあなたが変にかかわる事で、今度はあなた自身が危険に巻き込まれるかもしれません。あなたは何故、そうやって事件に関わろうとするのですか?」

「俺にできる事をやらなくてはいけないと、俺が考えてるからです」


 今まで考えていたことを、大ははっきりと口にした。


「秋山とは、実を言うとそこまで親しいってわけでもないんです。知り合ったのは大学に入ってからだし、そこまで接点もなかったから、どちらかというと友達の友達という感じで。今回の降霊会でやっと仲良くなれるかなと思ってたくらいなんです。でもそれは関係ない。俺は昨日、暴れるあいつを止める為に、あいつを殴りました。俺が殴ったんです」

「……」


「あいつは今入院してます。やらなきゃもっとひどい事になってたかもしれないし、秋山の怪我は俺のせいじゃないって言ってくれる人もいますけど、それでも引け目っていうか、負い目を感じてるんです。ほっといても警察が解決してくれるかもしれないけど、俺は俺にできる限りで、なんとかして秋山を怪物に変えた奴を突き止めたいんです。せめてそのくらいしない行動しないと、俺は俺を納得させることができないんです」


 次から次に語られる大の言葉を、那々美は口をはさまず、真剣に聞いていた。凛も一輝も口を挟まなかった。

 自分の頭の中で渦を巻いていた、形にできなかった気持ちに、ようやく具体的な形を与えられたように思えて、大は少しだけ気が晴れたように感じていた。


「……分かりました。お手伝いします」


 少しだけ考えた素振りを見せた後、那々美は答えた。


「あなたの考える、そのラージャルという人について、魂の世界を探ってみましょう。もし魂の世界から抜け出してこの時代に姿を現しているのなら、それを感じ取ることができるかもしれません」

「本当ですか? でも、いいんですか。それこそお金を取られるかと思ってましたよ」

「万丈さんはそうですね。あの人はお金が欲しいから、降霊会のサークルを作ったり、こうやって定期的な降霊会を計画したりするんです。でも私は、お金にはそこまで興味はありませんから。子供の頃から私だけ霊を見たり話したりする事ができるこの力が、誰かの為になればと思ってずっとやってきたんです」


 那々美は大に向けて両手を差し出した。


「手を、いいですか。どこまでできるか分かりませんけれど、あなたの真剣な気持ちに、私も応えたいと思います」

「ありがとう、日高さん」

「那々美でいいですよ。敬語もいりません。私も大学一年で、あなたと同い年ですから」


『マジかよ』

『ボク、二十五歳くらいだと思ってた……』


 耳から聞こえる二人の声と同じく少々面食らいながら、大は両手を那々美に預けた。


「じゃあそっちも、敬語はよしてよ」

「私のは地ですから。それじゃ、いきますよ」


 微笑んで那々美は目をつむり、ゆっくりと深呼吸を始めた。大も同じく目を伏せ、那々美の呼吸に合わせて息を吸う。

 すぐに青白い光が、那々美の体を包んでいった。

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