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エンディング『許し許され』①

 阿闍世あじゃせは空を仰ぐように地に倒れ伏していた。ひとまず息はしているようだ。その両目はどこを捉えているのか分からなかったが、口が僅かに開き、胸がやや早い周期で上下しているのが見えた。相変わらず身体には傷一つないが、もう動くことはできないようだ。

 霊夢は短く息を吐く。あの様子ならこれ以上の抵抗はないだろう。そう思い、張っていた結界を解いた。

 すると、急に地鳴りのような音が頭上から響き始める。霊夢が咄嗟に音が鳴る方へ目を向けると、亀裂の走った天井からいくつかの瓦礫が落下してくるところだった。結界が崩落を食い止めていたのだろうか。瓦礫は霊夢とは離れた場所を落下していき、地面で轟音を鳴らす。天井を見ると、もはやいつ崩落してもおかしくない状態だった。

 瓦礫が雨のように降り注ぐ。霊夢が下方へ目を向けると、阿闍世は今も地面に倒れ伏したままだった。動く素振りさえない。霊夢は阿闍世の元まで飛んでいくと、自分と阿闍世の盾になるように結界を張った。

「はやく動け! いくらあんたが頑丈だからって、このままじゃ生き埋めになるわよ!」

 霊夢が阿闍世へ怒鳴っている間にも、結界には瓦礫が散弾のように打ちつけられ、霊夢の声を掻き消さんとしていた。阿闍世は瞳だけを動かして霊夢を見る。そして僅かに口元を動かした。

「……おいていけ。私はこのままで良い」

「はあ!?」

 絞り出したような阿闍世の声。霊夢は「何言ってんのよ!」と彼女の体に蹴りを入れた。しかし阿闍世の面持ちは揺らがない。

「体が動かんのだ……。どこもかしくも痛くて仕方がない……ははは、これは罰だろうな……」

 そう言う阿闍世の体をよく見てみると、指先が小刻みに震えているのが分かった。さらによく観察してみると、手だけではなく、足先や唇、首に至るまで全身が僅かに震えていた。異様な姿に、霊夢は思わず言葉を失ってしまう。しかし反対に、阿闍世の口元には不意に僅かな笑みが生まれた。

「……お前、さっき私のことを母親が恋しいだけ、と言っていたな」

 阿闍世の口から出てきたのは相変わらず静かな声だった。

「もしかすると、存外それは当たっているのかもしれない……」

 一人呟くように阿闍世は言葉を紡いでいく。

「だけどな、私が母親恋しいとして、どうしたらいい? 私はあの人の大事なものを壊し尽くしてしまったじゃあないか……」

 阿闍世の口角は上がり、唇は開いている。確かにその面容は笑っているようだった。しかしその口からは乾いた笑い声さえ出てこない。出てくるのは、全身を蝕む痛みを表すような、苦しげな呼吸だけだった。

「良いよ……。私が壊してしまった、あの人が大事だったものと一緒に埋もれていくのなら……。今はもうそれで満足なんだ」

 阿闍世は天を見上げたまま両目を閉じた。もう言うことは無い。そう告げるかのように唇も閉ざしていた。霊夢は髪の毛をかくと、溜め息を一つ吐く。

「最後の最後まで、本当に面倒くさい奴ね……。まあ良いわ。あんたが……選んだことだもの」

 霊夢はしばらく阿闍世の姿を見つめていた。阿闍世の閉じた瞳からは、一筋の涙が零れ落ちてくるところだった。その涙が彼女の肌を伝って地面に落ちる様を、霊夢は見届けた。口元を歪めながらも霊夢は地から空へ浮き上がる。そうしてお祓い棒を振るうと、今まで二人を守っていた結界が消えた。

「……じゃあね。余所者の私はここまでよ」

 霊夢がそう告げると、阿闍世はもう一度口を開いた。

「……今まで、ありがとう」

 その言葉は誰に向けたものなのだろう。霊夢にはその疑問の答えが分からなかった。

 瓦礫の雨の中を飛び、霊夢は今いる広い空間から出るための道を探す。そうして霊夢は視界の中に通路を見つけた。通路の遠方では未だに業火が燃え盛っているようだった。


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