村の話
オーブンをフル稼働させてクッキーを大量に焼く。
甘いバターの香りが周囲に漂う。
「あら、またこのクッキーなの?いつもバタークッキーよね」
と母が横から勝手にとって試食する。
「一番簡単で美味しいんだもの」というと母が苦笑いを返した。
クッキーは乾燥させて、空き容器に入れておく。
明日、ナナカ村にもっていくお土産だ。
次の日、朝からヴァルターがやって来た。
母にお茶とクッキーを出してもらって、その間に素早く準備を済ませる。
薄いグレーのワンピースにピンクのカーディガンを合わせて、簡単に化粧をして髪を上げる。
クッキー入りのバスケットを持った私を見て、ヴァルターが笑ってバスケットを持ってくれる。
「最初はナナカ村からにしよう?」
バスケットを右手に抱え、左手は私の手をつないだヴァルターが素早く転移呪文を唱える。
次の瞬間、私達はナナカ村の教会前に立っていた。
まずは村長のマルコムさんの家に向かう。
マルコムさんの家の前では、元気な男の子と女の子がボール遊びをしていた。
私達の姿を見て、女の子が父親を呼びに家の中に入っていく。
3年前、マルコムさんは以前居た国で、倒れている所を私の治療院に運び込まれた。
治癒術によって回復した後、仲間たちとこの村を起こし、家族を村に連れて来た。
久しぶりに会うマルコムさんはとても元気だった。
旅の商人達の間で2国間の半ばの宿場街として知られるようになった。
村の特産の薬草、薬草から作った薬は良く売れるらしい。
これからの特産物、お茶とみかんも順調に育っており今後に期待しているそうだ。
「ローザさん達が張ってくれた結界は凄いですね」とマルコムさんが言う。
魔物、悪意のあるものにはこの村は岩の塊にしか見えないし、入る事も出来ない。
そんな仕掛けになっている。
この辺りに住む魔物はものすごく強い。村の中は安全だが外は危険。
村人は、強くなければ村の外に出る事を許されない。
ローザさんに初めて会ったのは3年前の事。
戦争で親を亡くして孤児になった僕達は子供同士で集まってスラム街で暮らしていた。
教会の1日1回の炊き出しで何とか生きる事が出来たけど、いつもお腹を空かせていた。
そんなある日、ローザさんに出会った。
ローザさんに近くの丘で薬草を取ってきて欲しい。薬草をお金で買ってくれると提案されたのだ。薬草の種類は5種類。ランバルト国にしか自生していないそうだ。
僕たちは必死になって薬草を集めた。小さな子から大きな子まで。
ローザさんは甘い人では無かった。薬草の品質によって値段を変える。
小さな子が初めて見つけた薬草、大事に握りすぎてしわしわになった薬草は買ってもらえなかった。
大きい綺麗な薬草の方が高い値段が付くと教えてもらった僕は、近所の広場で薬草を育てる事を考えた。まだ小さな子達は丘に登る事さえ一苦労だけど、水やりなら出来るはず。
次の日、僕たちは薬草を集める時に小さな薬草を周りの土と一緒に箱に入れていった。畑を作ると言ったらなぜかそこにいた男の人が手伝ってくれた。
次の日から僕たちは二手に別れて、薬草摘と薬草を育てるようになった。
孤児院にも顔を出すと言ったら、マルコムさんもついてきた。
子供達は3年前に、子供だけで寄り添ってスラムで生きていた。
住んでいた場所を火事で失い、マルコムさんが転移呪文で一気に村に連れて来た。
最初は教会に寝泊まりしていたけど、2年前に孤児院が出来てようやく人並みの生活を送れるようになった。薬草の収集、薬草畑の世話は彼らの大事なお仕事だ。
お土産のクッキーを子供達に渡すと歓声があがった。
「ルドヴィク、ヴァルターさんとローザさんが来たぞ」
マルコムが声をかけると、奥からルド君が出て来た。
「ローザさん、良かった。薬の調合で相談したい事があったんです」
ルド君は今年で15歳。
薬草の管理や薬の調合を彼が行っている。
孤児院の子供達の中で、お嫁さんになりたい男性ナンバーワンらしい。
女の子たちの視線を受けつつ、ルド君と話をする。
説明をすると、そうか!と納得した顔をしてルド君は調剤室に籠ってしまった。
ルド君にクッキーをもって行く役を巡って女の子たちが対決しているのを傍目にうーんと考え込む。
この孤児院には学校を併設していて、簡単な読み書き、計算、体の鍛錬については
村の大人たちが交代で教えている。
しかし、ルド君の興味の範疇、薬草に関する知識や薬の調合については、
昔の古代文字で書かれた資料を見て学ぶのが一般的だ。
私は子供の頃から父母に教えられて資料を見て、学ぶ機会が多かったので身に着いたけど
私が教えるからそれでよいのか、それともルド君に古代文字を勉強してもらい
自分で研究してもらうのが良いのか。
そもそも、ルド君が薬草や薬に対する知識を覚えたのは、生きる事につながるからだ。
時間がかかるし、正確性に欠ける従来の方法を押し付けるのは違うのかな…