Feb.1(逃げ月)
S_february_49
二月を〈逃げ月〉と知って、うまいこと言うなあ、って感心した。
自分は中学二年の女子で、いたって普通で、だから秋の終わりに転校してきた、如月小梅さんが気になる。
もっとよく知りたいのに、名前の通りの逃げ月/如月さん。背が高く、ボーイッシュ/さらさらショートの如月さん。
年間行事があらかた終わって、すぐ冬休み。年を越して三学期。自分から何かを語ることなく、ミステリアスガール/如月さん。少しこわそうな如月さん。いつも本を読んでいる如月さん。
あたしは如月さんが、どんな本を読んでいるのか知っている。図書委員の活動で、何度か本の貸し出しを受けたから。
如月さんは、返却と同時に次の本を借りていく。公立中学の図書室に、そんなに面白い本が揃っているかといえば、実に難しい。自転車で行ける距離に、市の図書館があることを教えてあげたい。
どの休み時間も、本がお友達/如月さん。
来年度には誰が置いたか、郷土資料みたいなものしか残らないのは容易に想像がつく。やっぱり、図書館へ誘ってあげるべきだろうか。あたしは少し悶々とする。
なので、本をエサに如月さんを釣り上げたいと狙っていたのに、まさかこっちが釣り上げられるとは思わなかった。
それは三学期になって直ぐの学級活動で起きた。担任の吉川先生は、国語の女の先生で、「学級文集を作る」なんて、面倒なことを考えるくらいに生徒思いの優しい先生なのですが。編集係の立候補を求めたのがいけない。
「決まるまで席替え延期」なんて言われても、誰がやりますか、そんなもの。あたしの席は真ん中より窓側の、一番後ろなのだから、今のままでいいのです。
さっさと終わらないかなあ、と、誰かが細く開けた窓からの冷気に、羽織っていたカーディガン、もぞもぞと、目立たぬように袖を通し、よく聞いた名前を耳にした。
聞き間違いかと思い視線を動かしても、前方向・廊下側の席から、如月さんの左手の人差し指が真っ直ぐあたしを指しており、クラスの皆の目もあたしを向いている。
「図書委員なので。適任だと思います」
何を言うのか、如月さん。先生が、すっかりその気になっておる。
青天の霹靂は、盆と正月が一度に来たみたいに、あたしの中で吹き荒れる。この危機、どう立ち向かう。
あたしは(あまり出来のよろしくない)頭を、猛スピードで回転させ──ひらめき、華麗に披露する──「きっ」うっわ。噛んだ。「如月さんが手伝ってくれるにゃらっ」
さあ、どうだ。一蓮托生、如月さん。逃がしませんよ、如月さん。断るべきです、如月さん。逃げ月だって逃がさない、道連れ上等、如月さん!
なのに、如月さんは、「いいですよ」抑揚のない声で、さらりと応える。
あたしの負け。盆と正月は、来た時と同じく、仲良く揃って共に去る。
「ひとつ、お願いがあります」と、如月さん。先生が目で先を促して、
「席替え、希望の位置にして下さい」
うっわ。図々しくも取り引き交渉しやがりました。
先生は、ぐりっと教室を見渡して、「いいだろう」文句ないよな? って。「決まりだ。ふたりとも、あとで職員室。資料、渡す。次、お待ちかねの席替え。委員長、よろしく」
誰ともなしに歓声が揚がる。クラス委員長が中心になって、くじ引き。でも、あたしと如月さんは、その輪の外。
そのあと、職員室から紙袋に入った資料(過去五年分の文集)を預かり、教室に戻った。
新しい席で、ふたりしてパラパラめくれば、かなり自由で、文集らしい一年を振り返ったもの、エッセイあり、小説あり、イラストにマンガもある。なかなか楽しそうであるのを発見しても、これを自分が作るとなると大変が上回りそうで、気持ちが挫ける。どの年もそう、「クオリティ、高いね」如月さんの言うとおり。「なかなか面倒だ」あなたが言うのか。
あたしは文集を机に置き、ため息。如月さんの交渉はわりと正当だったと思うし、希望も、反感を買うようなものでなかった。それでも、「なんで、あたしなんですか」
新しい席は、窓際・前から二番目。その前が如月さんで、このセットが如月さんの取り引きで、如月さんは「目が悪いので」一番前を希望し、さらに「活動を円滑にするために」すぐ後ろに、あたしの席を指定した。前の列はいつだってはずれ席で、だからすんなり通ってしまい、それがあたしに、どうにも〝もやっ〟とした不条理さを感じさせるのです。
「あなたもわたしを指名した」
「如月さんが指名したからです」
「図書委員でしょ。好きだろうと思って」
だからって、「腑に落ちない」
「そう」如月さんは、文集をぱらぱらめくり、「なら落ちて。諦めて。決まったことだから。どうあれ帰趨したものと受け入れて」
「きすう?」
「行き着くってこと」
どんな字、って訊ねようと思って、思いとどまった。なんだかバカにされそうだったので。「嫌がらせかですか」
「それに近い」
うっわ。認めましたよ、平然と。
「でもまあ」と、如月さんは、「一番は、友達、いなさそうだったから」
「あなたも大概ですよね!?」
「あぶれ者同士で、最後にひとつくらいは思い出を作るのもいいかな、と」
なんかだかちっとも嬉しくない。それが顔に出ちゃったようで、けれども如月さんは、「別にわたしが、あなたを楽しませる理由はないと思うのだけれども」
「それが嫌がらせを正当化するものでしょうか」
「さあ。どうかな」
まったく考えていなかった、みたいな態度はいかがなものかと思います。
「で、どう進める、編集長?」
あたしは手を上げ制した。「あたしは文集係で、その呼び方は不本意です」
すると如月さんは、ほう……というように目を細め、「厄介の引き受け係?」
「ちがうでしょう!?」
机をばんばん叩いてました。ええ、叩きましたとも。如月さんの口元に、意地の悪い、けれども見間違えようのない笑みが浮かんでいるのを知って、あ、つまりこれは。あたしは口で言うほど、嫌じゃないことに思い当って。如月さんとお話ししたかったのは、本当だったし、でも、如月さんが、こんなキャラだったのは、意外でもあり、愉快でもあり、でもでもだって意地の悪い。逃げ切れなかったあたしでした。
ところで、どのクラスにもお調子者がいて、それが仲村という男子で、「文集なんて、かったりい」と、わざわざ聞こえよがしに言う。「なに書けばいいんだよ」へらへら笑いながら、「真っ黒に塗りつぶそう」取り巻きと一緒になってアホなことを言う。
「いいよ」如月さんが、つるりと発した言葉は、図ったように教室の騒めきが引いたタイミングだった。「名前さえ書いてあれば」
「冗談だって」な? 分かるだろ? みたいな態度を、あたしは苦手だし、好きになれそうもないし、相手も同じだと思う。
「でっかい〈あ〉の一字でも、いいだろ?」
「もちろん」と、如月さん。
「綴じ代に注意しろよ」そう言ったのは対極の、おとなしい男子、鏡見くん。心なし挑戦的な笑みを浮かべ、「宣言されたら、ネタ被りできないな」って。あなたまでそのおつもりだったか。
でもこれで、お調子者は引っ込みつかない恰好になった。
担任から追加の資料を渡された。A3のシートには、ポップな書体で「台割くん」と書かれていた。縦長の長方形がふたつ一セットで、ずらずら並んでおり、下に数字が振ってある。くっついた1と2のマスと、隣の3のマスの間に、「見開き」とメモ書き。
表紙に目次、前書き、奥付、裏表紙。
「なるほどね」如月さんは、すぐに合点がいったようで。「これを使って各人のページの割り振りをすればいいのか」
「ふうん」面倒臭さがうなぎ登りだ。
「くっついたマスが印刷の両面か」
「ふうん」
「今度の休み、お宅にお邪魔したいのだけれども」
聞き逃すところでした。「なんで?」
「打ち合せ。思いつく問題は先に潰して、円滑に作業できるようにスケジュールを組む」資料をまとめて紙袋に戻すと、立ち上がって、「職員室、行くよ」
「どうして?」
「今までの文集制作で、どんなトラブルがあったか、先生に訊いておく」
如月さんは、頭の回転も、仕事も早い。
職員室で仕事をしていた吉川先生は、印刷室で機械の特徴とか、太いホチキスで平綴じする方法、それに「そうだそうだ」と、模様の入った色紙を出して、「表紙のファンシーペーパーの見本」絵描きを探しとけ、鏡見が美術部だったぞって。「レザックかタントがテッパンだ」そして、「ケントや上質紙でもいいし、紙の色と種類は装画担当に投げとけ。希望はきくよ。美術の榊先生が都合してくれる。早めにしてくれたら、まあ助かる」
吉川先生は、たいへん生徒思いの担任です。




