第5章 艦隊決戦 2
「ディラング艦隊後方2千キロに重力波反応! ドライブアウトします!」
超空間探査オペレーターのひとりが叫ぶ。
「艦隊の増援か?」
オニールが説明を要求した。
「重力波の波形から艦数は1です。ですが……こんな……信じられない!」
オペレーターが絶句する。
「意味不明な言葉を発するな! 具体的に報告せよ!」
「ドライブアウトする艦の全長が10キロを越えています。とんでもないサイズの超大型の戦艦です!」
オペレーターが報告するとほぼ同時に、遙か前方の宇宙空間が揺らぎ、超巨大戦艦が禍々しいその姿を実体化させた。
「なっ!」
オニールは言うに及ばず、ブリッドや参謀まで、グローリアに詰めるブリッジクルーの全員が、スクリーンを凝視したまま息を飲む。
とんでもない。
その一言以外に言い表す言葉が出てこない。それほどディラング加勢した超巨大戦艦は、常識を凌駕していた。
禍々しいその艦体にはハリネズミのように無数の砲塔が配備され、その1基1基が通常サイズの大型戦艦の主砲級という凄まじさであり、その巨大さから来るな威容に、ブリッジが霞んで見えなかった。装甲の厚さも容易に想像ができ、並みの砲撃ではびくともしない堅牢さが素人目でも明らかだった。
「でっ、でかい……」
「勝てるのか? あんな巨大な艦に?」
「奴らはあんな大質量戦艦をハイパードライブできる、オメガ融合エンジンの開発に成功したのか?」
「数で劣るディラングが総攻撃をかけるのは、あの秘密兵器があったからか?」
「勝てるわけ無い!」
不安が声となって現れる。それは小波のように連邦艦隊全艦に広がっていった。
見えない何かが士気の低下という形になり、砲撃の命中精度が一気に落ちる。目の前で僚艦が四散した艦艇の中には前線から後退するものまで出る始末だった。
それは旗艦グローリアのブリッジでも同様だった。
圧倒的な威容にブリッジクルーが飲み込まれ、一時的にだが機能不全にまで陥ったのだ。
「狼狽えるな!!」
騒然となるブリッジでオニールが一喝した。
「ディラング側の技術水準も我々とそう大差はない。確証は無いが、恐らく百を超える大量のオメガ融合エンジンを強引に同期させて、ハイパードライブを実現させているのだろう」
「なるほど。それなら可能かもしれない」
技術参謀のひとりが同意した。
いかに高性能なオメガ融合エンジンといえども、ハイパードライブが可能な艦船のサイズは2千メートル程度が限度とされている。ディラングのソルドップ級や、連邦旗艦のグローリアクラスがそれに該当する。
が、目の前に対峙する戦艦は、それらの常識を根底から覆す程の巨大さだった。その大きさはもはや戦艦と呼ぶよりも、小規模な要塞と呼んだ方が相応しいのかもしれない。恐らく数百に及ぶオメガ融合エンジンを、大規模な演算装置で同期させて航行しているのだろう。
そもそもハイパードライブの航路決定には膨大な計算が必要だ。グローリアの航行コンピューターでも、小型トラックと同じくらいの大きさがある。何百ものエンジンを同期させようと思えば、研究所クラスのスーパーコンピューターでもそれなりの時間が必要である。それ故に先陣艦隊から到着が大きく遅れたに違いない。オニールはそう分析した。
「しかし、あれ程の超巨大戦艦を……」
参謀の幾人かはまだうろたえている。戦力的にはたかが1艦加わっただけなのだが、その1艦が想像を絶する超大型艦なので、物量以上の恐怖感を感じているのだ。
「それこそ奴らの狙いだ!」
オニールが消沈する参謀連中を叱責し、言葉を続ける。
「大きかろうがなんだろうが、敵であることには間違いない。あれだけ大きければ目標も当てやすいだろう? 第7艦隊を前に出せ! 各個撃破して殲滅せよ!」
虎の子の第7艦隊がついに出撃を開始した。
「絶対にあの超巨大戦艦をこれ以上侵入させてはならない! 第7艦隊の誇りにかけても、目前の敵は殲滅させろ!」
第七艦隊の司令官バルグ・モールトは、指揮下の艦船60隻に激を飛ばした。
見かけだけのでかいやつ。
それが彼の目に映った超巨大戦艦の印象だった。歴戦の兵であるモールトとは、軍令部付きの参謀と違い、戦艦は戦艦としてしか見ていなかった。
あれだけのサイズだ。確かに装甲は、並みの戦艦の比ではないかも知れない。だがこちらにも奥の手がある。モールトは冷静に作戦の開始時期を窺っていた。
「まずは露払いの随行艦隊を排除しないといけませんな」
参謀が具申する。超巨大戦艦の周りには、まるで土星の輪のように小型艦艇が張り付いていた。巨大ゆえに機敏な動きに難のある戦艦の懐に、敵艦艇の侵入を防ぐようにするためであろう。
ふたりの意見は一致した。
「その通りだ! まず外縁の雑魚どもを排除する。全艦、撃てっ!」
モールトの命令以下、第7艦隊の所属艦60隻、全ての主砲が火を噴いた。
「高熱源反応! 敵艦隊もブラスターを発砲しました!」
CIC士官が叫ぶ。
「チャフ展開! ブラスターの輝軸をずらすんだ!」
前衛の艦からビーム撹乱物質が散布され、敵艦隊ブラスターの集中砲火を弾く。無数のブラスターが飛び交う中を精鋭の第7艦隊は、敵ののど元にじりじりと肉薄しつつあった。
「敵超巨大戦艦、射程に入ります」
距離カウンターが有効射程距離を示す。
「全砲門を収束しろ。あのでかぶつに風穴を開けるんだ!」
密集隊形を取りつつ艦隊全艦の主砲の基軸が揃えられる。第七艦隊が得意とする一転集中攻撃である。
砲撃位置をひとつに揃え、敵旗艦ただ1艦のみを狙い集中攻撃で頭を叩き潰す。高い練度と卓越した艦隊運用で、これまでも幾度となく勝利を収めてきた戦法である。
照準を揃え、一斉にブラスターを放とうとした刹那。
「敵艦から攻撃!」
叫ぶ間も無くフロントスクリーンが超新星のような閃光でホワイトアウトし、立っていられないような振動がブリッジを襲った。計器が吹っ飛び、エマージェンシー表示がどこもかしこも点灯する中、モールト自身も座席から振り落とされ、フロアに全身を叩きつけられた。
時間にして数秒? 数分? 数時間?
自身の意識まで吹き飛んだモールトだったが、気丈に立ち上がると激痛に呻きながらも被害状況を尋ねる。
「各ブロック。今の攻撃のダメージを報告せよ」
ブリッジクルーの大半が、モールト同様軽い脳震盪に襲われ意識を失っていた。
「意識をしっかり持て! 戦闘中だということを忘れるな!」
まだ意識が朦朧としているクルーの頬を叩き、叱咤激励する。
意識が戻ったクルーたちが直ちにダメージチェック開始する。いくつかの機器は既に使用不能になっており、ある程度のダメージは予測できた。しかしスキャンが進むにつれて、彼らの予想を遥かに上回っていたことに愕然となった。
「動力部に致命的な支障! 第1、第2、第4主砲沈黙。エンジン出力低下により航行機能喪失! 僚艦の連絡も入りました。第七艦隊の70パーセントが撃沈またはDプラス以上の大破。戦闘能力は10パーセントを切っています!」
CIC士官が悲痛な叫びで報告する。
バカな! 信じられない。
モールトは我が耳を疑った。いくら相手が10キロを超えるような超巨大戦艦とはいえ、連邦軍最強とまで言われた第7艦隊を、一瞬にして事実上崩壊させたのだ。そんなことを認めるわけにはいかない。
「もう一度チェックだ」
ダメージチェックを再度行う。しかし、得られた回答はやはり同じだった。
背筋に凍るものを感じた。
見かけだけではない。圧倒的な攻撃力と、何者をも寄せ付けない堅牢な装甲が備わった『移動する要塞』そのものだった。
「敵超巨大戦艦、進攻を開始しました。予想進路、本艦と交差します!」
「砲撃可能な艦は再度照準を合わせろ。撃沈まではいかなくても、ヤツにメージを与えるんだ!」
それがモールトの発した最後の言葉だった。
その僅か数分後には、第7艦隊の存在自体が宇宙の塵と化していた。たった1隻の戦艦の攻撃によって。
「第7艦隊が全滅?」
第一報を聞いてオニールは我が耳を疑った。連邦艦隊でも随一の攻撃力を誇る第七艦隊が。である。
「信じられません。が、事実です」
報告した参謀自身も呆然としていた。
「わかっている」
信じられないとはいえモニターを見れば判る。が、わかるのと理解できるのは別物だ。
いくら相手が聞きしに勝る超巨大戦艦とはいえ、たった1隻の戦闘艦に60隻余の艦隊が葬り去られるのど、予想も付かない事態なのだ。
「敵超巨大戦艦。進軍を開始しました。さらに巡洋艦キリマンジャロとアステカが沈没! 戦闘能力が更に0.2パーセント低下しました」
合わせて15パーセントの損耗率!
艦数の絶対量から言えば、まだまだ連邦軍のほうが圧倒的優位だ。しかし第七艦隊を失った動揺、さらにあの超巨大戦艦のもつ威圧力。それら見えないプレッシャーによって、連邦艦隊は精神的劣勢に立たされていた。
それはここで作戦を立案すべき参謀連中も同様だった。彼らは非常に優秀な成績で士官学校を卒業し、幾千にも及ぶシミュレーションをこなして来た猛者である。が、それはあくまでも机上での話であり、実際の戦闘では前線の指揮官の力量に負うところがほとんどなのだ。
今、ディラングによる前代未聞な作戦に、参謀を始め各艦の艦長たちも完全に翻弄されている。このままでは優位なはずの戦力差もひっくり返され、心理面だけでなく数字上でも劣勢に陥ってしまうだろう。
そうなれば本当に勝ち目はなくなる。
どうする?
オニールは思案した。その答えはすぐには出てこない。




