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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
本編1【赴任から最初の一年間】
8/55

全てが新鮮だった

サルドノ共和国での現地語学訓練を無事に終えて、いよいよ任地に赴任することになったカナはサンホセで現地の人々との交流を深めていく…。

 赴任の日、集団事務所の遠山アドバイザーに連れられて、首都から車で八時間も離れたサンホセと言う小さな町へ行くこととなった。そこで一年十一ヶ月の間、現地の人々と寝食を共にしながら、小学校で算数を教えたり、現地の教員と算数指導法について学んだりすることとなる。


 任地へ向かう車の中で遠山アドバイザーといろんな話をした。これからのこと、何か任地でトラブルが起きたときの対処法などを語り合った。そして、遠山さんは優しい声で


「何か困ったことがあったら、気軽に連絡して下さい。いつでも相談に乗りますからね」


と言ってくれた。そのときの遠山さんがどんなに頼もしく思えたことだろうか…。任地に着いてから、新しくお世話になる下宿先の方に挨拶するときの彼の背中はとても大きく見えた。


 その後、遠山さんはサンホセ近くにあるアソラナスへと行ってしまった。そこで宿を取って一泊するらしい。サンホセはホテルもスーパーマーケットもない人口五〇〇〇人足らずの小さな町である。


 その夜、下宿先でトルティーヤとフリホーレス、それと鶏肉のスープの夕食を食べた。それから大きな不安と期待の入り交じった変な気持ちを抱えながらも、長旅の疲れのおかげでうまく眠りにつくことができた。


 翌日、アソラナスから遠山アドバイザーが来た。そして、新しくお世話になる活動校の校長と地区の教育事務所長に対して一緒に挨拶をした。四人でいくつかの話をしばらくした後、遠山さんは首都へ帰って行った。


 今度こそ、本当に一人ぼっちになってしまった。一日も早く、ここでの生活に慣れて、この町の人々とうまくやっていかなければならない。そう思ったものの、生まれてから一度もこんな環境に身を置いたことがない。正直なところ、どうしたらいいのか全く分からない。とりあえず、まずは職場に行って、同僚と良い関係を作ること、下宿先の家族と仲良くなることから始めないといけないだろう。そんなことを考えているうちにあっと言う間に一週間が過ぎてしまった。


 下宿先では高校を卒業した上の娘・エバと中学生の下の娘・マリアがいる。そこに下宿先の主でもあり、同僚でもある母親のエリザベートがいる。さらに上の息子はもうすでに結婚しているが、遠くの町へ出稼ぎに出ているので、長男の二歳半の一人息子・マルビンもそこにいた。


 下宿先ではマルビンをあやしたり、二人の娘に日本の話などをしたりして過ごした。また、家族からサルドノやサンホセの町のことなどをいろいろ教えてもらった。そのおかげで、スペイン語はめきめきと上達していった。


 学校では子ども達が私の存在を珍しがって、おもしろいように集まってくれる。こっちでは折り紙の習慣がないので、カブトやツルを折ってあげると大変喜ぶ。学校には音楽や図工の授業はない。もちろん、プールなどもないので、水泳の授業もない。授業は午前中に終わるので、昼は家に帰ってから食べる。昼からはどの子ども達も思い思いに遊んでいる。


 中には家が貧しくて、昼から家の手伝いをする子もいた。でも、とても楽しそうだった。まだ、学校に行けるだけマシだった。本当に貧しい家庭の子どもは学校にも行けず、一日中働いている。時々、そう言う子が学校の前を通る時、チラチラと学校の方を見ながら通り過ぎる。それを見た時、心が痛んだ。


 しばらくの間、いろんな先生達の算数の授業を見せてもらうことにした。ここに来る前にもサルドノの学校をいくつか回って、算数の授業を見せてもらったが、それだけでは不十分だと思ったのだ。それに一人一人の授業スタイルをしっかり分析してからでないと、ろくに助言もできない。


 それでも現地の先生達は私に対して「授業どうだった?」と聞いて来るので、とりあえず、「良い授業やっていますね」と返すことにした。それはアドバイザーの指示である。


「まずは同僚と良い関係を築くことが一番であるから、悪い所が目についたとしても、当面は黙っておくことが大切である」と。


 それから週間報告書を校長と地区教育事務所長に出して、何をやっているのか毎週話す時間を作るようにした。その中で私が何をやりたいのか、また相手が私に何を求めているのか、常に確認するようにした。これもアドバイザーの助言である。まだ、右も左も分からない私は全てアドバイザーや事務所の指示に従うしかなかった。


 こうやって書くと全てが順調に進んだように見えるが、そうでもなかった。時には


「お前の話している言葉はスペイン語ではないから、分からん!」


と心ないことを言われたこともある。こっちは一生懸命話しているのにどうして通じないのか…。そう思うと、言葉にできない悲しみと悔しさで胸が一杯になった。


 そして、部屋にこもっては、声を殺して泣いた。泣き止んだ後は、ひたすらスペイン語の勉強を続けた。でも、一度や二度では何も変わらない。こんなやり取りを何度繰り返したことか…。


 あとはネット環境の問題である。もともと、サンホセには小さな町にしては立派なネット屋があった。インターネットは事務所と連絡を取る際、とても重要である。それも任地を決定する際に考慮されている。


 ところが、私が赴任してわずか二週間足らずで町で唯一のネット屋がつぶれてしまったのである。さらには手持ちのノートパソコンも壊れて、「泣きっ面にハチ」の状況に追い込まれた。


 遠山さんにこのことを集団事務所支給の携帯電話で報告したところ、「ネットで流している情報も当面は電話で伝えるようにする」


と言う事であった。ところが実際はきちんと伝えてもらえなかったので、問題はさらに複雑になっていく。

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