アボガド売りの少年(1)
カナはアボガド売りの少年、ロベルド・エルナンデスと出会う。ロベルトとの交流の中で、サルドノ共和国の教育システムや現地の教員採用システムについて、疑問を感じるようになる。
一一月末に卒業式と終業式を終えると、学校は完全に長期休暇に入る。もうすでに一一月初旬に行われる学年末試験を終えて、補習や追試を受けない児童は休暇に入っているので、多くの子にとっては三ヶ月ばかり休暇が続くこととなる。
三ヶ月も休んだら、せっかく習った事も忘れてしまうだろうに…。休みなんて二ヶ月もあれば充分だと思った。まあ、それは休む事が下手くそな日本人の発想であろう。
そうなると、私の仕事はほとんどなくなる。さすがに現地の先生達の成績処理を手伝うわけにもいかないので、完全に手持ち無沙汰だった。
そんなときだった。五年生のフェルナンド先生からロベルト・エルナンデスを紹介されたのは…。
「いくら、私が小数のかけ算や割り算を説明しても、まったく理解してくれないの。カナなら、この子でもうまく説明できるだろうから、お願いね」
そう言って、断る間もなくフェルナンド先生はロベルトを一方的に押し付けられた。彼は私の部屋の前できょとんとしていた。
ここで私が何もしなければ、彼は自動的に留年してしまう。他にやることもなかったので、しばらくの間、彼の個別指導を受け持つことにした。
まず、彼がどこでつまずいたのか一つずつ調べることにした。すると、整数のかけ算や引き算の筆算はおろか、かけ算の九九すらろくに覚えていないことが分かった。
九九が分からなければ、この上に何を積み上げようとも、積み上がることはない。全くの無意味である。そこで一週間ほどかけて、ひたすら九九を暗記させることにした。これまでの遅れを取り戻すべく、ロベルトは必死に九九を覚えようとしていた。
これまでは九九を覚えていなかったので、ノートや下敷きに書かれている九九表を見ながら、計算を進めていたらしい。まあ、これは何もロベルトだけの問題ではない。六年生の教室でも半数は九九をきちんと覚えていない。テストの時も九九表の持ち込み可と言う有様である。先生たちの中にも、九九は暗記するものと言う概念が欠けているのだ。
そして、ロベルトみたいな子が発生してしてしまうのである。これは実に由々しき問題である。
ロベルトは五日目にして、九九を完全に暗記した。その後、駆け足で整数のかけ算・割り算の筆算、さらに小数のかけ算・割り算の筆算を追試までに教えた。
本来なら最低でも一ヶ月は欲しいところである。ところが追試まで十日間しかなかったので仕方ない。結局、少数のかけ算・割り算は少しだけしか触れる事ができなかった…。
結局、ロベルトは追試に合格できずに留年が決まった。それでも、フェルナンド先生は
「ロベルトがここまで理解できるようになるとは思わなかった。あともう少し早くにカナの元にロベルトをやっていれば…」
と、とても担任の先生とは思えない発言を残すだけであった。
もう、追試も終わって、長期休暇を待つだけなのに、ロベルトは毎日私の所へやって来る。突き返すわけにもいかないので、今度は時間をかけて、ゆっくりと教えることにした。
「カナ先生はどうして、こんなに上手に算数の説明ができるの? もし、ここの先生達がカナみたいに算数を教えてくれたら、僕はこんな風にならなかったのに…」
ある時、ロベルトがつぶやいた。私は心が痛くなった。ろくに教育論や指導法を学ばずに、権力者や親のコネで教員になる現実がサルドノにはある。




