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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
本編2【後半の1年間】
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一つ一つの別れ

サンホセでの活動を終えたカナは、二年近く暮らしたサンホセを離れる日を迎えた。

 五月三〇日、サンホセで迎える最後の朝がやって来た。もうすでに部屋の片付けは全て終わり、全ての荷物はスーツケースにまとめられていた。下宿先で最後の朝食を取ると、下宿先の家族に別れを告げた。


「どうせ、バスに乗るためにアソラナスまで行くんでしょう。私達もアソラナスまで行く用事があるから、カナもついでに連れて行くよ」


 普段無口の下宿先の主人・ミゲルが優しく言った。下宿先の奥さんであるベレン先生も「そうするべきよ」と言ってくれた。ベレン先生には公私ともに本当にお世話になった。前の下宿先でうまくいかず、にっちもさっちもいかないとき、ここに引き受けてくれた。あれから一年二ヶ月のもの間、本当にお世話になった。


 日本へ帰れば、ピックアップ車の荷台に乗ることもないだろうから、あえて車の荷台に乗せてもらった。荷台に乗ると車は動き出した。


「カナー! 僕、算数だけなく、他の勉強も頑張るから! そして、必ずあの約束を果たすから! 絶対に忘れないでよ!」


 ロベルトだった。私はあえて無視した。主人は車を止めようかと聞いてきたが、私は気にしなくていいと言った。ここで車を降りても、ロベルトにかける言葉などなかった。どうして、あのような約束をしてしまったのか…。


 車はどんどん加速していく。何事もなく…。車は小さな町の中をあっと言う間に通り抜け、町はどんどん遠ざかっていく。そのうち、町は山の陰にかくれて見えなくなった。もう、この町に戻ることはない。


 思えば、一年十ヶ月前、遠山アドバイザーに連れられて、ここに来たときは何も分からずに不安で一杯だった。あれから一年十ヶ月が経った今、私は悲しさと達成感の降り混ざった複雑かつ不思議な気分のまま、サンホセの町を離れる…。


 町を離れる前日は学校と市役所が合同で送別会をしてくれた。私はそんなことをして、大切な授業時間をつぶして欲しくなかったので、まずは辞退した。しかし、全ての先生達から、


「確かに日々の授業は大切だよ。でも、二年間もの間、この学校や町のために力を尽くしてくれたカナに対する感謝の気持ちを表すことも、大切な勉強だよ。この勉強は今しかできないんだからね」


と言われたので、今度は恥ずかしいなと思いながら、喜んで送別会を受け入れることにした。


 送別会は三・四時間目の二時間を使って行われた。いつ練習したのか分からないが、どの学年も素敵なダンスや歌を披露してくれた。市長、地区教育事務所長、校長を初めとした全ての先生から感謝とねぎらいの言葉を頂いた。


 ただ、感無量であった。送別会の後は市長、事務所長、教員らと一緒に会食をした。もう、ここにいる関係者とこうやって一緒に食事することもないと思うと、たださびしかった。なんともやり切れない気持ちだった。


 昨日の送別会を振り返っているうちに、車は山道から舗装された幹線道路に入っている。この山道を見られるもの残りわずかである。今まで幾度となく通ったサンホセとアソラナスを結ぶ道。アソラナスと言う大きな町が近くにあったからこそ、私はなんとかこの町でやってこられたのだとしみじみ感じた。


 やがて、車はアソラナスの町に入った。私はアソラナスの町中で車から降りた。降りてから、下宿先の家族から


「せっかくだから、一緒にごはんを食べてから、別れないか?」


と言われた。しかし、いつまでも別れを間延びさせると別れがもっとつらくなるし、別れのタイミングを見失う。別れは勢いとタイミングが大切である。


 それから私はブランカさんの家を訪ねた。これまで何かあれば、ここに来た。そして、何度もブランカさんに助けてもらった。ある時は慣れないサルドノでの生活について、相談にのってもらった。また、ある時はスペイン語の先生として、スペイン語を分かりやすく丁寧に教えてくれた。また、ある時はスペイン語で書いた書類のチェックをしてくれた。そのおかげで私の活動はかなり円滑に進んだ。


 もし、ブランカさんの助けがなければ、きっと私の隊員活動はここまでうまくいかなかっただろう。昼過ぎから、ずっとブランカさんとこれまでを振り返っていろいろな話をした。


 夜はサルドノのおいしい料理をアソラナスの隊員である宮本さん、静岡さん、鳴戸君も交えて、五人で楽しく食べた。このメンバーが集まると、どうしても去年の秋に私がデング熱にかかったときの話が出て来るからやりづらい。あのときは本当につらかったが、今となってはいい思い出である。


 その後、ブランカさんの家で一泊させてもらった。お世話になったことを感謝するために来ているのに、逆にさらに尽くしてもらっている。内心複雑である。改めて、隊員活動は多くの方に助けられて、成り立つものであると感じずにはいられなかった。


 六月一日、アソラナスからオルデナプスを経由して、首都・アプラヒクへと向かった。バスで揺られること八時間。この二年間、私は何度もこの道をバスで通った。時には出張で…。時には仲間と会うために…。時には心と体を休めるために…。時には日本文化紹介の準備のために…。何度も何度もこの道を通った。もう、この道を通るため、バスに乗ることもない。


 最後ぐらいはいいバスに乗ろう。そう思って、オルデナプスのバスターミナルでいいバスに乗り換えた。そう、これは二年間やり通した自分へのささやかなごほうび…。


 昼過ぎにアプラヒクに着いた。バス乗り場からタクシーに乗って、隊員連絡所へと向かった。連絡所に着くと、もうここから再び任地・サンホセに戻ることは二度とないのだなと改めて感じた。少し悲しかったが、これから帰国へ向けての準備をしないといけない。


 六月十日にはサルドノを出国するので、その前に教育省や国立教育研修センター、観光省などのサルドノ政府施設、日本大使館や集団事務所などの日本政府の施設に挨拶回りをする。また、算数プロジェクトで今までやってきたことを後輩達に伝えて、先輩隊員から受け継いで来たものをよりよいものにして後輩に引き継ぐために算数隊員会合が行われる。


 今まで、何度か先輩達が帰る際にもこのような会合が行われてきたが、いざ自分たちが送別される側になると内心複雑であった。許されるなら、ずっとプロジェクトに関わり、サルドノの教育を現場から支えられたらいいのにと願った。


 しかし、そのようなことは許されないので、自分が活動でえてきたことを確実に後輩隊員に伝えていくことが重要である。また、今までボランティア集団の活動を進めていくため、お世話になった機関に対して、感謝と敬意を表することもとても大切である。


 一つ一つの別れに対して、逃げたりごまかしたりすることなく、真摯に立ち向かうことは自分に関わった全てのモノに対するけじめである。別れをきちんとしないと、次のスタートをいい形で切ることはできないだろう。

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