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アボガド売りの少年  作者: あまやま 想
本編2【後半の1年間】
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気がつけば、残り半年…

 年明けはサルドノ南の島、アマパラ島へ行って、山の上から初日の出を見てきた。同期の本山さんと里子の三人で一緒に行くこととなった。初日の出を見るのは生まれて初めてだったので、初日の出を見て、とても心が清々しい気分になった。二年間の隊員活動も気がつけば、一年半が過ぎてしまった。


 残り半年をどう過ごすかで私の隊員としての活動成果が決まるだろう。初日の出を見ながら、そんなことを思った。はたして、私がやってきたことは正しいことなのか? またこれからやっていくことは、果たして正しいことなのか? そんなことを考えずにはいられなかった。


 その後、二週間ほど任地へ戻って、任地での新年の挨拶回りやブランカさんの家に行って、集団事務所や学校に出さなければいけない書類の点検などをした。また、これから行う予定の算数オリンピックについて、サンホセ市長、地区教育事務所長、活動校の校長の三人と話し合った結果、私の活動の総決算として「算数オリンピック」を五月に開くことに決まった。


 一月末には後輩隊員の模擬授業研修がアプラヒク郊外のサルドノ国立教育研修センター行われた。思えば、ちょうど一年前、自らの未熟さから散々な結果となった模擬授業研修。


 一年前は思い通りにならない任地事情、現地のことをなかなか分かってくれない集団事務所などのせいにして、いろんなことから逃げていた自分がいた。


 あれから一年、どうにかして死にものぐるいで任地での活動を広げ、集団事務所や地区教育事務所などとも良好な関係を築けるようになった。


 何かを乗り越えるたびに、一人ではなく、みんなに支えられていることに気付かされた。この言葉にできない思いをどうにか後輩隊員達にも還元したくて、後輩達が中心となって行う自主勉強会などにも積極的に参加させてもらっている。


 少しでもこれまで得てきた知識やノウハウを後輩と共有できるように努めている。なぜなら、私がこれまでの活動で得てきた知識やノウハウの多くが、先輩から引き継いだものである。多くのものが長年にわたって受け継がれたものである。


 私も協力隊員の一人として、旧・国際協力事業団から受け継がれてきたものを受け継いだのだから、それを次へ確実に伝えなくてはならない。


 だから、連携の動きなどがあれば、どんどん支援させてもらおうと考えている。かつて、自らが連携をしようと呼びかけたとき、うまく連携できなかったので、その失敗も含めてうまく生かせればいいと感じている。その思いが他の同期にもあったので、模擬授業の後の討論会では様々な意見や質問が出た。


 しかし、一方で本山さんが終わった後に、

「ちょっと私ら、出しゃばり過ぎたね。評論会じゃないんだから、もっと後輩同士で意見や質問を出し合ってもらった方がよかったと思う」

とつぶやいていた。同期のみんなが「あ、しまった…」と言うような顔をしている。


 何をやるにしても、さじ加減が難しいなと思わずにはいられなかった。そう言った意味では一年前と今は大して変わっていないのかもしれない。一人の大人が成長すると言うのは、思った以上に難しい。大人になれば、柔軟性もなくなる。


 そんな中で見知らぬ国に単身で乗り込んで、隊員活動を進めていくのだから、これぐらいの混乱や苦痛が伴うのは当然なのかもしれない。


 それから一年に一度の健康診断を受けることとなった。一年前は活動が完全に行き詰まっていた。どんなに頑張っても、どん底からはい上がれそうになくて、健康診断にかこつけて、一週間もの休暇を取った。


 でも、今は違う。事務所が経費削減のため、できるだけ首都・アプラヒクでの出張用務をまとめて行うよう通達している。そのため、算数隊員の会合のついでに健康診断を受けないといけなくなった。一年前ならとても考えられないことである。


 そうだ。今は公私ともに充実している。それだけでも一年前とは全然違う。例え、人間としての本質がほとんど変わらないとしても、周りの状況が前進していれば、それでいいのだ。


 全てを終えて、任地へ帰るともう二月に入っていた。家に帰るとアボガド売りのロベルトがいつものようにアボガドを売りに来た。私はいつものようにいくつかアボガドを買った。


 そして、アボガドを日本から送ってもらったしょうゆにしばらくつけて、しょうゆ味をしみ込ませた。しょうゆにつけたアボガドはわずかに残る青臭みも取れ、トロトロの食感はマグロのヅケを食べているようである。いつものようにごはんが食べられるだけでも十分に幸せである。


 キッコーマンは偉大である。日本のしょうゆは本当においしい。サルドノでもこちらで生活している中国人が作っているしょうゆが手に入るが、何か薬品臭くて生ものにそのままかけて使えない。火を通す時はあまり気にならないのだが…。やはり、食文化が違うから仕方ない。


「カナは六月に日本へ帰るんだね。あと四ヶ月半しかないよ。カナがいなくなったら、僕、また算数が分かんなくなるよ。ねえ、カナ、日本に帰らず、ずっとにサンホセにいてよ…」


「ロベルト、いい子だから、そんなことを言わないで…。ロベルトはもう私がいなくても、きっとやっていけるから…」


「なんで、そんなことを言うんだよ!」


 ふと、アボガドを買ったときのロベルトとのやり取りを思い出した。いつもなら、あんな口調で怒鳴ったりしないのに…。この日はめずらしくロベルトが感情をあらわにした。


 もし、許されるなら私もずっとサンホセにいたかったが、最初からここで働く期間は二年間と決まっている。まさか、これほど情が深まるとは思っていなかったので、私は何も言えずにロベルトの後ろ姿をただ見つめるしかなかったのだ。

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