表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月が綺麗ですね、とはもう言えない  作者: 緋色


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

前編

よろしくお願いいたします。

 月が落ちてくるらしい。

 それを聞いた時、僕は乾いた笑いでごまかした。

 けれど、テレビのニュースキャスターが死んだ表情で告げた報道は、世論を小突いて転がした。

 ――各国宇宙機関は、月との衝突は不可避との見解を発表しました。

 その日のうちに街から人が消え、公共サービスが止まった。

 僕が通っていた大学も、今後の案内をしなくなった。

 実感できたのは、大学に行ったはいいものの、誰もいなかった時だった。

「それもそうか」

 妙に納得して、その日は一人暮らしのアパートに帰った。

 そして、手持ち無沙汰な時間を過ごして、いつものバイト先のコンビニへ。

 奇跡的に略奪された様子もなく、電気も陳列も昨日のままだった。

 誰もいないスタッフルームに入ると店の制服に着替えて、カウンターに立つ。

 こんなご時世、客が来るはずもない。

 しかし、僕はその時――十六時を待っていた。

 やがてその時間ぴったりに、自動ドアが開いて来客を出迎えた。

 来客は女性で、見慣れたタンクトップにショートパンツ、足元はサンダルだった。

 その人は店内に入ってくると、どこか眠たげに目を細めて歩み寄ってくる。

「おはよう、(なぎ)くん」

「もうお昼をだいぶ過ぎてますよ、(みなと)さん」

 いつものお約束の挨拶を交わす、僕こと雨宮(あまみや)凪と、常連客の相沢(あいざわ)湊さん。

 彼女がへらりと笑って小首を傾げると、寝ぐせの強いセミロングが揺れる。

 二十三歳と言っていたので僕の四つ上になるけれど、それにしては毎度だらしないと思わされてしまう。

 湊さんは、備えつけの買い物かごを手にすると、店内を一周。

 そしてかごの中に小さな山を築いて、カウンターへと戻ってきた。

 お酒のつまみ、スナック菓子、そしてブラックコーヒーの缶とルイボスティーのペットボトル。

「お会計よろー」

「セルフレジがありますよ」

「お姉さん、機械苦手なんだー」

「はいはい」

 これもまた、お約束のやり取りだった。

 バーコードを読み取っていく作業の何が面白いのか、湊さんは興味津々に僕の手元を覗き込んでくる。

 けれど湊さんはタンクトップ。

 僕は迫ってくる胸元に視線を奪われないように、努めて淡々とこなしていく。

 湊さんはショートパンツのポケットから取り出した、くしゃくしゃの紙幣を押しつけてきた。

「釣りはいらねえぜー」

「そういうわけにはいきませんよ」

 またもお約束。

 僕は、湊さんがひらひら振る手を引き寄せると、お釣りの小銭を握らせた。

 彼女の手はしっとりとしていて、否が応でも女性を意識させる。

 名残惜しく感じながら手を離し、店員としての礼をする。

「お買い上げ、ありが――」

 僕の言葉が途切れてしまったのは、店内の照明が落ちたからだった。

 ついさっきまで動いていたレジのモニターも、何も映していなかった。

 しん、と静寂が店内を満たす。

「あちゃー、全部止まっちゃったかー」

 湊さんの視線は、壁際の冷蔵庫に向いていた。

 静寂の正体は、わずかに響いていた冷蔵庫の駆動音が途切れたからだ、と気づいた。

 それらが、明確に判を押してくる。

 もう店じまいなのだ、と。

「……長らくのご愛顧(あいこ)、ありがとうございました」

 別に、自分が店長というわけではないけれど。

 気づけば、そんな風に深く頭を下げていた。

「あははー。じゃあ、乾杯しよっかー」

 炭酸が抜けたみたいな声が聞こえてくる。

 顔を上げると、そこには困ったような顔の湊さんがいた。

 次いで差し出されてきたのは、ルイボスティーのペットボトルだった。

 いつの頃からか、湊さんの買い物に混ざるようになった、僕への差し入れだった。

「今日は特別に、ね」

 湊さんは、目を細めてほほ笑んだ。

 僕は苦笑で応え、ペットボトルを受け取った。

 缶コーヒーのプルタブを開ける音と、キャップを捻る音が続く。

「お月様にかんぱーい」

「……乾杯」

 手元の飲み物を打ち合わせると、僕たちの視線は自然と、店の大きなガラス窓へと運ばれた。

 そこには、もう空はほぼ見えなかった。

 文字通り、のしかかってくる大きな月が映るだけ。

 映画のスクリーンではなく、紛れもない現実だった。

「これはこれでオツだよね」

 カウンター越しに立つ湊さんは、窓ガラスに視線を向けたまま、どこかお気楽だった。

 オツとは何のことだろう、と僕は首を傾げてしまう。

 間近に迫る月を眺めながら、コンビニでお互い好きな飲み物を傾ける、この時間のことだろうか。

 それよりも僕は、湊さんの気怠げな横顔を見て、思うことがあった。

「お疲れさまでした」

 思わず出た僕の言葉に、湊さんは驚いた表情で振り返ってきた。

 そして浮かべたのは、泣き笑いだった。

「……ありがとう、凪くん」

 顔を隠すように(あお)られる、コーヒーの缶。

 僕は目を逸らすついでに、再度ガラス越しの月を見やる。

 しばしの後に聞こえてきたのは、袋を開ける音だった。

 カウンターに目を落とすと、前に湊さんが一番好きだと言っていた、スナック菓子の袋が手に取りやすいように大きく開けられていた。

「パーティしよー」

 湊さんはやはり、気怠げに。

 それでも、嬉しそうに笑った。

 僕も釣られて、頬が緩む。

「お手拭きをつけ忘れていましたね」

「お箸もー」

「承知いたしました」

 そんな会話の間にも、袋を開ける音は続く。

 僕も袋を開けていく。

 そうしてカウンターの上は、色とりどりのビュッフェになった。

「いっただきまーす」

 湊さんは声に出して、僕は手を合わせてから、それぞれ指や箸を伸ばす。

「背徳的でいいねー」

「確かに」

 にこやかな湊さんに、僕は苦笑するしかない。

 ふと、カウンター越しに向かい合う店員と客、という構図から思いつく。

「……バーってこんな感じなんですかね」

「立ち飲み居酒屋の方が近いかなあ」

「そうなんですね。僕、まだお酒の席に行ったことがなくて」

「真面目か! 誘われたりとかないの?」

「そういう相手、いないんですよね」

「そうかー。わたしもなんだよねー」

 湊さんは、へらり、と笑った。

 それでもお酒の場を知っているということは、一人で行ったことがある、ということだろうか。

 そんな想像を膨らませる。

「凪くんにだから、言うんだけどねー」

 その切り出しに、どきり、とした。

「お姉さん、ある日突然――遠い国に呼ばれてね」

 続けたその言葉は、表現を選んだのか、半ばでくぐもった。

 しかし、その後は吹っ切れていた。

「若かったからかな。頼られたと思って、めっちゃ頑張ったんだ。でも、ある時に気づいてさ。これって、ただのワンオペじゃない? って」

 箸で運ばれたスナック菓子を噛む音が、一区切りを伝えてくる。

「振り返ると、感謝された覚えもなくて、ただひたすら命令されてる感じだったかなー。もう嫌になっちゃって、とにかく仕事を終わらせよう、って感じでまた頑張ったんだっけ」

「……それは」

 どう答えればいいか、わからない。

 けれど湊さんは、僕の返答を期待していないように、今度は酒のあて――ジャーキーに指を伸ばした。

「で、なんとか終わらせて、報酬に金銀財宝だけはもらえて、やっと帰ってこれたんだよね。でも、対人恐怖症になっちゃってて、近くのコンビニに行くのが精いっぱい」

「……なるほど」

「あっ、今、『だからニートでも平気なのか』って思わなかった!?」

「そんなことはありません」

 澄まして返したものの、言い当てられて慌てた内心を抑えきれたかどうか。

 それよりも、抗議で身を乗り出してきた湊さんに、よほど揺さぶられる。

 露出の多い格好、そして口元から漂うブラックコーヒーの残り香。

 バーでもないのに、アルコールに(さら)されているみたいだった。

「ま、それはともかく」

 湊さんの口元に浮かんだのは、小さなほほ笑みだった。

「だから、お疲れさまって言われて、嬉しかったよ」

「……それはどうも」

 僕は勝手に上がってくる体温をどうにもできず、短い返事を絞り出すことしかできなかった。

 思わず落とした視線の先のつまみは、だいぶ数を減らしていた。

「でも、わたしも大概だけど、きみも結構な物好きだよね」

 視線を上げると、湊さんは店内を見渡していた。

「こんな時に、コンビニバイトしてるんだもん」

「それはまあ、どこに逃げたらいいかもわかりませんし」

 きっとそれは、今言うべきことだと思った。

「逃げたら、湊さんに会えなくなりますし」

 湊さんは、二度三度と瞬きを繰り返して。

「……おお」

 と、(うめ)き声をあげた。

 そうして、イカの炙り焼きを、ぱくり。

 もぐもぐとして飲み込んだ後、困惑を目に宿らせた。

「……そう来るとは、思ってなかったなあ」

「すみません。ご迷惑になるかとは思ったんですが」

 カウンターには、湊さんが好きなスナック菓子の、最後のひとかけらが残っているだけだった。

 パーティはもう終わる。

 そして、この交流も。

 トリガーとなるお菓子のひとかけらが、しなやかな指に持ち上げられる。

 そのお菓子越しに、僕と湊さんの視線が絡み合う。

「あーん」

「むぐ」

 突然迫ってきたお菓子は、僕の口の中に突っ込まれた。

 それだけではなく、指先まで。

 一瞬だけ口腔(こうくう)(うごめ)いた指先は、何かを思う暇もなく引き抜かれて、そのまま湊さんの口元へ。

 そして、お菓子の粉を舐め取るように、舌を動かした。

 湊さんは見慣れた、へらりとした笑みを浮かべて、身を翻す。

 ドアの前に立つと首を傾げて、もう自動では開かないと思い出したのだろう、両手で引き開けた。

 僕は慌てて口の中のお菓子を飲み込む。

 店の中と外を区切る線の上に立つと、湊さんは後ろ手を振った。

「じゃあね」

「お元気で」

 僕はそんな挨拶だけを返せた。

 月に埋め尽くされる空に、消えていくような湊さん。

 その後ろ姿を見送って、僕は深く一礼した。

 きっと、これでいい。

 こんな、何を考えているかわからないような奴からの想いなんて、これ以上は迷惑だろうから。

 僕はコンビニの制服を脱ぎ捨てた。

 ――それでも、想いに反して火照っていた身体は、なかなか冷めてくれなかった。

読んでくださり、ありがとうございました。

よろしければ、下の☆をぽちっと押して頂ければ、作者緋色が泣いて喜びます。

励みにもなりますので、よろしくお願いします。


また、「雷姫いかずちひめは避雷針執事に依存しています」という、

王女×執事+幼馴染、のファンタジー学園ロマンスも掲載しておりますので、よろしければぜひ。

https://ncode.syosetu.com/n7853md/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ