0A-14.学園長はとてもお若い。
ユーク邸から帰り、ゆっくりと宿の食堂で食事をとった後。
「それで、早速恋人に捨てられたんですか?」
一緒に食事をとったプリムラムに、忌憚なく喧嘩を売られた。
「なんでそう不吉なこと言うの? プリムラム先生。やっかみ?」
「私は別に、恋人は欲しくないので。でもひがみです。華麗に解決しちゃって」
嫉妬かよ、意外に最低なところあるなこの教師――そんな思いを半眼に込め、アプリコットは睨む。桃色髪の教師はどこ吹く風で、ナプキンで口元を拭っていた。
「アイーダは私のことは占えないから、エルとリンドウを中心に見てもらってるんです」
エルとリンドウがいないことを皮肉っているのだろうからと、彼女たちのことを解説する。アイーダのが家に帰った顛末は先ほど伝えたものの、細部の情報共有はまだだ。
「結局そのお嬢様、何が目的で?」
「よくわからない占いが出たとかで、私のことを見たかったんだそうです。でも会ってもやっぱりわからないから」
「エルさんやリンドウさんとお話し中、と」
「ええ、私を放っておいて」
結局、アイーダの用件はそれだけらしかった。占えない存在で、かつそれがなぜか占いに出てきて大混乱だったのだとか。興味が湧いてつい出てきてしまったと聞いて、心配になった。だがどうやらユーク当主は占い絡みなら多少制限が緩いらしく、家内からは特にお咎めなどもないらしい。
とてもエキセントリックな友達ができてしまった――そんなことを考えていたら。
「……変わりましたね。アプリコットさん」
プリムラムが目を細め、じっと見つめて来ていた。アプリコットは眉根を寄せ、睨み返す。
「なんですそれ。さっきの罵倒の誤魔化し?」
「違いますよ」
アプリコットの視線は微笑みで流された。不満そうに頬を膨らませると。
「前なら、リンディママと無関係な人になんて、興味わかなかったんじゃないですか?」
妙な角度から、指摘を受けた。言葉に詰まり、すぐに返事ができない。
「ユーラニアさん、ラカルくん、ウォルタードくん、リンドウさん、エルさん……アンジーママも。みんな、リンディママと繋がりがあるから、仲良くしてたんでしょう?」
「そ、れは。最初だけ……」
皆との出会いを振り返り、アプリコットは言葉を絞り出す。
「その最初が、アイーダさんにはなかった」
プリムラムにそう詰められ、どうしてか焦燥が湧く。
「でも、リンディが探せって」
そんな言葉が、言い訳のように出てきて。
「友達になったのは、なんでです?」
すぐに切って捨てられた。振り返って見ても検討がつかず、アプリコットは首を振る。
「よく、わかりません」
「良いことです」
なぜか褒められ、アプリコットは当惑した。見ればプリムラムは、妙に楽しそうで。
「友達になるのなんて、理由要らないでしょう? あっとあなたは」
優しい目をしていた。
まるで――同胞を見ているかの、ような。
「理由がなくても、前に進めたんです。やっと」
「いいんですかそれ」
胸のつかえが取れたように、言葉が軽く出る。女教師の笑みが深い。
「リンディママだって、魔王ぶっ飛ばしたり、学校作ったりしたのに合理的理由があったとでも?」
アプリコットは思わず、笑い出しそうになった。あの豪快な大魔女なら、理由なくやったとしても笑って納得できそうだ。
「今もそうですよ。二人とも、まずしたいことがあって。次に言い訳を作るんです。それで楽しく生きてる」
「プリムラム先生も?」
「ええ、だいたいは」
だいたい、という言葉に僅かな苦渋を見た気がしていて。
アプリコットはしげしげと彼女を眺め。
「なんか……意外。先生らしいこと、言うなんて」
今さらちょっと悔しくなってきて、やり返そうと言葉を投げた。
「これでも、最高の教師二人に育てられてるので」
「え。一人不適格では?」
二人と言われ、アプリコットは思わず返す。少なくとも彼女の神獣でもある教頭は、教壇に立ったり、誰かを指導しているのを見たことがない。
「リンディママは、誰でも高水準まで育てる人。それでアンジーママは」
プリムラムはニコリと笑ってから頬を引きつらせ、重い声を響かせた。
「天才を、超天才に育てる人」
実感があるのだろうか。プリムラムの目が明後日を向いている。アプリコットは小首を傾げた。
「想像がつかない……」
「リンディママがそうです」
「アンジーに育てられたの!?」
意外な名を出され、思わず目を剥く。たまらずプリムラムが笑い出し、その桃色のふわっとした髪が揺れた。
「そう言ってましたよ。魔王に勝つまでは自力だったけれど、学園作ってから〝アンジーに完成させられた〟って」
「えぇ~……どんな教育?」
「生まれ変わる感じ」
「死んでる!?」
楽しそうにころころと彼女は笑うが、アプリコットはドン引きである。何より、アンジーのイメージにぴったりだった。彼女なら、やりかねない。
「だからまぁ、アプリコットさんがアンジーママの教えを請いたいなら、あと二・三年は待った方がいいですね」
「もし」
一瞬〝絶対に嫌だ〟と思ったが。
口をついて出たのは。
「もしすぐに、成長しなきゃいけないってなったら……?」
真逆の言葉だった。それに対し、プリムラムが首を横に振っている。
「無理だから強い人に任せてください」
「教師が教育投げた!?」
「そんな急成長は教育じゃない、って話です」
教育論が急に降ってわいて、思わず目が点になる。
「それまでその人が地道にやってきたものが、実を結んだだけ。教育の成果ではありません」
「おぉ……また先生っぽい」
彼女に得意げにそう締められて、アプリコットはため息と共に言葉を吐き出した。
★ ★ ★
プリムラムと別れて――彼女は仕事だとどこかに出て行った――アプリコットは宿の廊下を歩く。ビロードの絨毯の感触が、歩くととても気持ちいい。館内の散歩だけでも、楽しく感じた。
「あれ、リンディ? 戻ってきたの?」
廊下の奥から学園長が歩いてくるのを見て、目を白黒させる。
「プリムラムと入れ替わりで休憩だ」
近づいてきた小柄な大魔女に言われ、アプリコットは首を傾げた。
「…………アイーダさん見つかったのに、何やってるの? そういえば」
「仕事さ。別口だよ」
「バカンス中なのに、真面目すぎでしょう……」
呆れた笑い顔になると、リンディにくつくつと笑い声を返された。
その顔を見て、アプリコットは急に思い出す。
「あ。リンディ、アイーダさんが会いたいって言ってた」
「ん? そりゃ構わないが、ユーク本家に行くのかい?」
こともなげに大貴族に会いに行くのを承諾したリンディに、鼻白む。首を振って、抜けていた事情を説明することにした。客室に向かって歩き出し、彼女をいざなう。
「いや、ちょっとリンドウの新魔法で対話できるようにしてもらったの」
「あのチャットルームってやつか。でかしたね」
「へへーん……いや私じゃなくて、リンドウを褒めてよ」
「後でたっぷり褒めてやるさ、エルもな」
「そういうとこ外さないよね……」
アプリコットは気分よく微笑みを浮かべる。先ごろプリムラムにアンジーの話をされたが、やっぱり教師としてはリンディが一番だ。そう、小さな確信を覚える。
「どんな印象を持った? 彼女に」
急に聞かれて。
「子どもみたいな人」
アプリコットは即答した。行儀悪く頭の後ろで両手を組み、ぼんやり天井を眺める。
「そうかい。当主や魔法使いではなく、本人の印象が一番深いか」
「何それ。三重人格者?」
眉をひそめ、アプリコットは振り返る。リンディが寂しそうに笑っていた。
「違うが近いね。あの子はエルより年下だ。だから安定してない」
「…………なんですと?」
開いた口がふさがらない。絶対に年上だと思ったのに。だがそう言われてみれば、パーカー姿が似合っていたような気もする。
「なのに〝真なる魔法使い〟としての覚醒を得た。貴族としての教育も受け、ああなってる」
「魔力が安定してないから、人格が統合されてないとか、そんな感じ?」
魔力はだいたい15歳になるまで安定せず、普通はそれまで魔法が使えない。例外はいるが、子どもなのに〝真なる魔法使い〟であるとなれば、かなり異常だ。アプリコットにも、それがどんな状態なのか、あまり想像がつかない。
「そうだ。いずれは本人の本質部分が追いつき、たいそうな悪戯好きになるだろうよ」
安心する答えが返ってきて、アプリコットは両手を後頭部から降ろし、にかっと笑う。
「リンディ好みだ」
「そしてあんたの友達によくいそうな子だ」
そんなかな――と思ったものの、アプリコットの友達と言えばユーラニアを筆頭に、間違いなくそうだ。だいだいがリンディの関係者なのだから、当たり前かもしれない。
自分のことは棚に上げ、アプリコットはようやくたどり着いた部屋のドアをばーんと開ける。
「よーっす」
中ではリンドウとエルが、ソファーに座ってぼんやりしていた。アプリコットはすぐに、彼女たちが〝密談〟でおしゃべり中だと気づいた。魔法の密室で話している声は、現実には届かない。
「まだやってるね、よしよし。リンドウ、リンディも繋いであげて」
「んあー? リンディ様も来たのね。ほい、これでOK」
リンドウの目の焦点が合い、アプリコットをちらりと見る。彼女が指をぱちん、と鳴らした。一見何の変哲もないが、アプリコットもチャットルームに魔力を繋ぐと、そこにリンディの姿もあった。もちろんリンドウとエル、そして。
「やぁ、アイーダ嬢。しばらくぶりだね」
今もパーカー姿のアイーダもいた。
「まぁ、今日もお若々しいですね。リンディ様…………ぉ」
彼女がきょとん、と首を傾げている。アプリコットはつられて、同じ方向に首を曲げた。
「その。リンディ様。若返られました?」
アイーダの問いを受け、アプリコット、リンドウ、エルがリンディを見る。確かに79とは思えないほど若い――むしろ自分より年下に見える――が、これがいつものリンディだ。
「化粧してないからねぇ」
「いえ、そうではなく」
しかし。
「お体が、幼くなられている、ような」
見えないモノを見る、魔法使いが。
微妙に不吉なことを、言い出した。




